怒涛のようの癒されてる最近
またひとつシェアするね












わたしの存在には価値がない



生まれてきたくなかった






この根深い思いも
癒されつつあるの
























わたしはほんっと

何の役にも立たないしさ

怒って泣いて落ち込んで病んで

お金も迷惑も手もかかるばかりだしさ

何のために生きてるんだろう

死んだ方がいいんじゃない

わたしだってこんな世界は嫌い

汚くてつまらない世界

なんでこんなとこに

生まれてきちゃったんだろう

生まれてくたくなかった






そんな
わたしの定番の思いが
改めてわーっと
湧いてきた






















そしてどーんと落ち込んでて







でもそんな時にしては珍しく



一人で過ごすより


夫と娘と休日を過ごすことを選んで

事もあろうに
人がいっぱいで人工的で
苦手な公園に一緒に行った






そしてなぜか




一緒に鬼ごっこして


だんだん元気になったw








落ち込むと心を閉ざして
一人になって
自分を守ろうとするパターンから


身近な家族と一緒にいて
心得許して
なんとなく癒される
そんな新しいパターンになってた































そうだ、



元気になっていったきっかけは

師匠本郷綜海さんの記事だったんだ





この記事









そうか



わたしの悲しみを
抱きしめよう


それはなんだろう
どこからきてるんだろうって
感じてたの







そしたら





まあ根拠のない妄想かもだけどね



わたしが感じたことを書くと

















わたしは前世で


愛する家族や友だち


愛する美しい自然、土地までも


一切失って


そのために奮闘したけど


救えなくて


絶望と


深い悲しみと


自分への怒りと


罪悪感を感じた





インディアンの歴史みたいな感じ




それで絶望して




自分は無力で
何もできない
何も成し遂げられないって思いが
根づいたし


自分を責める気持ち



大切なものを失った
深い傷と
奪った者への憎しみ
仲間のいない孤独




それが今も残ってるのかなと思った













しばらく胸が痛かった














それでいったいまた

何しに生まれてきたのか考えたけど




生まれてきたくなかった



そんな思いだけが浮かんだ




























真相はさておき

そんな気持ちを感じながら

抱きしめていたの
















それでだんだん




気持ちが変わっていって














孤独じゃない
仲間は周りにたくさんいる
家族や友人たちはみんな
あの時の仲間だって感じたり






わたしは今まで
文明やテクノロジーを
嫌って
古き良き昔を愛して
良しとして
懐かしんできたけど
本当にそうなのかな?
新しいものを
生み出したいんじゃないかな?
進化させていきたいんじゃないかな?
成長したいんじゃないかな?
個人として、人類として、
って思ったり
















いつか友人が
伝えてくれた言葉



「あなたにとってこの世界は
生きづらいかもしれないけど
いつか自由の女神となって
ただその存在で
人々を導くような
この世界に必要な人」




「あなたは天使なんだよ
そのままで素晴らしいんだよ」





ふと思い出した





























そうか











社会のために
社会に出て
何かをするのは
わたしの役割じゃない




わたしは社会的、実用的な
役に立つ人に
ならなくていい










妖精として

仙人として

アーティストとして

ヒーラーとして




自然の中で
好きな人と
生きたいように
生きていればいいんだ

そうしていいんだ













そんなわたしの存在にも

じゅうぶん価値がある




ここにいていい









遠慮も罪悪感もいらず



自分を幸せにしよう

喜ばせよう


生きたいように生きよう






それが大切なんだ















そんな風に思ったよ




またひとつ癒されて

またひとつ腑に落ちたよ