アニ録ブログ

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TVアニメ『ダンジョン飯』(2024年春)第17話の演出について[考察・感想]

*この記事は『ダンジョン飯』第17話「ハーピー/キメラ」のネタバレを含みます。

第17話「ハーピー/キメラ」より引用 ©︎九井諒子・KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

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九井諒子原作/宮島善博監督『ダンジョン飯』各話レビュー第3弾として,今回は金子祥之が絵コンテ,古川晟が演出を手がけた第17話「ハーピー/キメラ」を取り上げる。普段はぽわっとしたキャラのファリンを,兄ライオスをも唸らせるほどかっこいい「キメラ」に仕立て上げた話数。原作の作画に則りながらも,ファリンの「かっこよさ」が程よくアンプリファイされており,大変見応えがある。

 

奇行種ライオス

ドン・キホーテ,正木敬之,涼宮ハルヒ,岡部倫太郎,浅草みどり。古来,常識外れで傍若無人な“奇行”が物語の駆動力となった例は枚挙にいとまがない。彼らは周囲を巻き込み翻弄し,まっしぐらに猛進することで魅力的な物語を生み出す。僕らはそんな彼らの“奇行”に呆れ返り,笑い,そして大いに共感する。

『ダンジョン飯』で言えば,主人公ライオスの尋常ならざる魔物愛がーーファリンへの兄妹愛と絶妙な配合で混淆しながらーー「ダンジョン」と「飯」という類稀なる取り合わせの物語を紡ぎ出していく。とりわけ第17話「ハーピー/キメラ」では,“常識人”シュローとの対立が描かれることで,ライオスの奇癖がいっそう際立っていたのが面白い。

第17話「ハーピー/キメラ」より引用 ©︎九井諒子・KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

上図はAパートのカットだ。飲まず食わずでダンジョン探索を敢行してきたシュロー。無精髭が生えた頰はこけ,顔には常に濃い影が差している。対して,よく食い,よく眠り,よく運動してきたライオスは,肌ツヤもよさげで健康的な面持ちだ。2人の内面的なコントラストがうまく作画に落とし込まれている。

魔物食や黒魔術使用に対して無神経なライオスの“奇行”と,生真面目で神経質なシュローの“常識”が対立する。あっけらかんと愚行を語るライオスのゆるい作画を,シュローが顔面で押しつぶすカットが面白い(上図左下は原作にもあるが,右下のシュローがライオスを押しつぶすカットはアニメオリジナル)。

しかしそんなライオスの奇行・愚行に,僕らはいつの間にか共感するようになっていることに気づく。彼と一緒にここまでダンジョンを探索してきた僕らは,ライオスの価値観が“標準”であるかのように感覚をチューニングされてしまっている。だから彼らの前にファリゴン(キメラ化したファリン)が姿を現した時,僕らはライオスと声を合わせてこう呟いてしまうのだ。

すごくかっこいい…

 

すごくかっこいい

永井豪『デビルマン』に登場する「妖鳥シレーヌ」は,不動明=デビルマンをして「美しい…」と言わしめるほど完成された造形である。頭部に生えた白い翼は天使のようでもあるが,その鋭い爪は猛禽類の特徴を取り込んだことを示唆している。デビルマンを打倒すべく仲間のカイムと合体した姿は,まるでケンタウロスのように神秘的な魅力を放っている。

Aパートに登場するファリゴンの完成された美は,おそらくこの妖鳥シレーヌのそれに匹敵する。最大のチャームポイントはやはり白い翼だろう。純白の羽はほとんど高貴とも言えるほど優美だが,それを打ち消すように不気味に生え出た真紅の手足黒い鉤爪が強い印象を放っている。

そしてこの絶妙な取り合わせを捉えるカメラワークも優れている。

第17話「ハーピー/キメラ」より引用 ©︎九井諒子・KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

カメラは一度遠景でファリゴンの全身を写した後,ぐっと接近して翼と手足の鉤爪の動きを捉える。足の鉤爪が苛立たしげに屋根瓦をカンカンと叩く。それはもはや優しい少女の所作ではなく,完全に魔物のそれである。しかし魔物の所作としてこの上なく完成されている。ファリゴンの表情からはかつての柔和な面影が消え失せ,理性を失った目がライオス一行を睥睨する。この一連のシーンにおける鉤爪のカットは原作にないアニメオリジナルだが,非常にセンスのよい作画だ。誰よりもぽやっとしたキャラのファリンが,最高にかっこいい魔物になってしまうという非常事態をよく伝えたカットである。

カメラはマルシル,シュロー,カブルー,ライオスらの驚愕の表情を写し出す。ライオス主観のカメラが加わり,再度ファリゴンの全身を舐めるように捉えていく。

第17話「ハーピー/キメラ」より引用 ©︎九井諒子・KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会
第17話「ハーピー/キメラ」より引用 ©︎九井諒子・KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

この時,変わり果てた妹の姿を見たライオスが口にしたのは,「美しい…」ではなく「すごくかっこいい…」である。マルシルらと同様に恐怖と絶望に慄いているかと思いきや,ライオスは一人妹の変貌に痛く感動している。翼と羽毛と鱗を完備したその姿を「でもちょっと欲張りすぎじゃないか…」と評する始末である。しかし先述したように,このシーンを観る僕らは完全に“ライオス側”だ。おそらく少なからぬ視聴者がファリゴンのスケールフィギュア化を望んだことだろう。「かっこいい」というセリフの俗っぽさがこの話数の決め手である。

第17話「ハーピー/キメラ」より引用 ©︎九井諒子・KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

屋根から舞い降りてマイヅルを圧殺するファリゴン。この作画自体は原作通りだが,マイヅルの血糊はやや強調されている。手練れの式神使いをこともなげに踏み潰す残忍な“重さ”と,天使のように優美な“軽やかさ”。ファリンが混入したことによって多重化したモンスターの性質が実によく表されている。

第17話「ハーピー/キメラ」より引用 ©︎九井諒子・KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

上図左上はイヌタデに襲いかかるカット。ファリンの戦闘姿勢と画面を斜めに走る尾の関係性が素晴らしい。右上はマリリエ(ホルムの操るウンディーネ)に向かって魔法を詠唱するカット。魔法の光の撮影処理と,それによって生じる顔の影の作り方が上手い。左下はカブルーに襲いかかるカット。ファリン自身の腕と魔物としての腕が連動して動く様子が「すごくかっこいい」。

これらのカットは基本的には原作通りである。しかし,多数のコマのうちの1つとしてではなく,独立したカットとして描かれることで,一枚絵として完成された構図に仕上がっている。普段のファリンからは想像もつかない,ファリゴンの凄みのある美を的確に伝えた作画だ。しかしそんな中にも,マリリエを不思議そうに見やるカット(上図右下)のように,ファリン持ち前のぽやっとした表情が挿入される(これも原作通りである)。ファリゴンの多義的な存在感がとても面白い。

第17話「ハーピー/キメラ」より引用 ©︎九井諒子・KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

カブルーに“急所”を刺されるファリゴン。致命傷を与えたかと思いきや,攻撃はほとんど効いていない。喀血した後に目がグリンと上に向くカット(上図右)は,不死身の人外としてのファリゴンの恐ろしさをよく表している。

第17話「ハーピー/キメラ」より引用 ©︎九井諒子・KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

カブルーの攻撃に憤慨し,叫声を上げながら胸をはだけるファリゴン(上図左。これも原作通り)。この辺りも普段のファリンのキャラと好対照で面白い。針の筵のような魔法を唱えた後で逃げ去る直前のカット(上図右)は,顔を覆う手の隙間から覗く片目が「すごくかっこいい」(原作では手で顔を覆っていない)。

「かっこいい」9割,「ぽやっと」1割。このようなキャラの配合は,「戦闘美少女」*1 のキャラ伝統を持つ日本のマンガ・アニメ文化に特有のものと言えるかもしれない。中でも『Fate/stay night』「Heaven's Feel」における間桐桜などは,ファリゴンのキャラ成分と似た多重性を備えていると言える。要するに,僕らはファリゴンや間桐桜のような多義的なキャラに反応するように条件付けられているのだ。その意味では,ライオスの方が“僕らの側”にいると言っていいのかもしれない。僕らはすでに“文化的奇行種”なのである。

 

ファリンと芋虫

最後に,Bパートに仕掛けられた“アニオリ”を見てみよう。

ひとしきりライオスといがみあった後,シュローはファリンに惹かれた経緯を語る。

第17話「ハーピー/キメラ」より引用 ©︎九井諒子・KADOKAWA刊/「ダンジョン飯」製作委員会

ダンジョン探索の際の野宿の折,夜中にシュローが目を覚ますと,なぜかファリンが芋虫を手に乗せている。このシーンの後,シュローは「あれほど魅力的な女性は他にいない。彼女の声が,考え方が,笑顔が好きだった」と告白する。

実は原作では,このシーンで以下のようなシュローのモノローグが挿入されている。

ある日の野宿中,ふと目が覚めると,見張り中の彼女が指先の何かを眺めていて,何かと思えば変な色の芋虫だった。普通の女性なら眉をしかめたり悲鳴をあげたりするだろ…でも彼女はまるで宝石か何かを見るようにうっとりとそれを眺めてた。その横顔に一発で恋に落ちた。 *2

また上図右のカットでは,ファリンの横に「おっメスだな」という手書きセリフが添えられている。

しかしアニメではこの箇所のシュローのセリフと手書きセリフがオミットされ,「ファリンと芋虫」という視覚情報しか提示されていない。シュローの「うっとりとそれを眺めてた」という“説明”がなければ,上図左のカットのファリンの表情などは少々曖昧でわかりづらい。先行するファリゴンの残虐性を目にした後では,やや不気味なものすら感じさせてしまう可能性もあるだろう。

しかしこれまでの物語,とりわけ第8話「木苺/焼き肉」におけるマルシルの回想によって,ファリンの“奇行キャラ”は視聴者にインプットされている。「ファリンと芋虫」という取り合わせだけで,彼女独自の自然物との関わり方が想起され,かつそこにシュローが惹かれたのだろうと想像される。ここまでで蓄積されてきたファリンのキャラの“強度”を信じ,あえて説明セリフを入れず,画だけでファリンのキャラとシュローの心理を伝える。賛否もあるだろうが,個人的には,映像表現であるアニメ画の力を信じ,視聴者の想像力に委ねた脚本の英断として評価したい。

この素晴らしい話数に参加されたすべての制作者に拍手を。

 

 

作品データ

*リンクはWikipedia,@wiki,企業HP,Twitterアカウントなど

【スタッフ】
原作:九井諒子/監督:宮島善博/シリーズ構成:うえのきみこ/キャラクターデザイン:竹田直樹/モンスターデザイン:金子雄人/コンセプトアート:嶋田清香/料理デザイン:もみじ真魚/副監督:佐竹秀幸/美術監督:西口早智子錦見佑亮(インスパイア―ド)/美術監修:増山修(インスパイア―ド)/色彩設計:武田仁基/撮影監督:志良堂勝規(グラフィニカ)/編集:吉武将人/音楽:光田康典/音楽制作:KADOKAWA/音響監督:吉田光平/音響効果:小山健二(サウンドボックス)/録音調整:八巻大樹(クラングクラン)/アニメーションプロデューサー:志太駿介/アニメーション制作:TRIGGER

【キャスト】
ライオス:
熊谷健太郎/マルシル:千本木彩花/チルチャック:泊明日菜/センシ:中博史/ファリン:早見沙織/ナマリ:三木晶/シュロー:川田紳司/カブルー:加藤渉/リンシャ:高橋李依/ミックベル:富田美憂/クロ:奈良徹/ホルム:広瀬裕也/ダイア:河村螢/シスル:小林ゆう

【第17話「ハーピー/キメラ」スタッフ】
脚本
樋口七海/絵コンテ:金子祥之/演出:古川晟/総作画監督:竹田直樹/作画監督:大井翔千田崇史佐藤皓宏真野佳孝作画監督補佐:芳垣祐介半田修平/制作進行:加藤凪紗

原画:小松和映大成麻子三宮哲太牧野秀則児玉莉乃堀裕津雨宮哲米田温黒崎知栄実新美茜音川窪達郎真野佳孝岩渕いづみ関みなみ小林優子千田崇史よーとすしお島本男太岩﨑洋子徳田靖はるき山口美衣橘晶内田百香蔡孟書曾品喬范言新蔣平翊碓井遥仁大谷彩絵井川典恵

 

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商品情報

 

 

*1:「戦う美少女」の系譜とその「精神分析」については,斎藤環『戦闘美少女の精神分析』,ちくま文庫,2006年を参照。

*2:丸井諒子『ダンジョン飯 6』,pp.86-87,KADOKAWA,2018年。