昨年末、九州の稜堡を歩いてみたい、と思うようになり、訪ねてみました。

角田覚さんの論文の中にその記載があったのがすべての始まりです。

 

佐伯市と宮崎県の延岡市との境にある稜堡塁。
北から侵入か、南からか。
もともとルートがないため悩みました。写真の場所をまっすぐ行くと林業会社と思われる敷地のため、厳しいなとなり、北の中の原から入りました。
とにかく、藪。ヤブ。誰も数年通った形跡がありません。
距離は短いはずですが一時間位格闘。
 
進んだ先に違和感ある場所に付きました。
両側に土の盛り上がり。これがまさに官軍側の稜堡でした。
 
汚いログですが一番北の場所になります。ここから南に下ります。

ここからはひたすら尾根。
ただ、なにか不思議な空気に包まれていました。
手つかずそのままの尾根、いや街道跡。
国道10号が昭和に入り整備開通するまでは生活道として大分→宮崎延岡への道として使われていたようです。



ひたすら最後まで続きました。

やがて南にしか向いていない稜堡につきました。
もしかするとここから南側は薩軍エリアだったのでしょうか。


わかりにくいかもしれませんが手前のうねりから奥に向けて高低差の違いがあるかと思います。
土塁がはられていました。

やがて、広くなだらかな丘に出ました。



畝らしいのもあります。
勝手な妄想ですが寝そべって身を隠すにはいい場所なのかもしれません。
ここで銃撃、白兵戦があったのでしょうか。
ここから南方に数百m進むと、動画で紹介しました四稜郭、X台場、多段台場(勝手に私が命名してます)が姿を表します。

いくつかの木がチェンソーによって伐採されていました。もしかしたら延岡側のほうが登ってきやすいルートがあるのかもしれません。

佐伯市と延岡市の境。
重岡の静かな静かな山中に、今も稜堡はひっそりと残り続けています。