◆メモ
刑法と刑罰の仕組、その基盤となっている考え方・刑法学についてまとめられている。
ただし、日本の司法運用にまつわる問題は特に取り上げていない。このため、本書だけを見ると非常に理路整然としたきれいなシステムであるかのような印象を受ける。
逮捕後の勾留期間や、有罪率、裁判員制度、また尋問に関する問題などは別の本で調べる必要がある。
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1 犯罪と刑罰とは何なのか
犯罪とは法律で禁止された行為であり、その違反に対する措置として刑罰が科されるものをいう。
憲法では「残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」とされている。
司法は死刑をどう考えているのだろうか。
1948年の最高裁見解は「火あぶり、磔、かまゆで、晒し首などは残虐だが、死刑自体は残虐ではない(よって死刑は合憲)」というものである。
自由刑……懲役と禁錮の違いは労務作業の有無だが、現在はほぼ同一化している。拘留は30日未満の短期自由刑である。
三年以下の懲役・禁錮の場合、五年以下の執行猶予が与えられることがある。
仮釈放の時期は累犯者・非累犯者とで異なる。無期懲役者は現在では20年以上経過した後仮釈放が一般的である。
罰金刑(罰金・科料・没収)を払えない者のために労役場留置がある。
刑罰は「法的な非難という特別の意味がこめられた苦痛を内容とする」。
刑罰に対する考え方は、正義の理念に基づく応報であるというもの、犯罪を抑止・防止する手段であるというものに大別される。
・刑事手続きは大体以下のとおり……捜査→検察官送致→訴追
検察官が起訴した数のうち公判請求するのは6パーセント強である。
・犯罪の意味については、かつては倫理違反(倫理に反する行為を国家として処罰する)説が主流だったが、現在は利益侵害(他人の利益を侵害する行為を処罰する)と考える。
これは、国家が特定の倫理を国民に押し付けるのをよしとしないためである。
このため、わいせつ写真の販売は、国民の精神を堕落させるから犯罪なのではなく、見たくない者を保護すること、判断力の弱い未成年を保護することに焦点をあてる。
・刑法が守る法益は、刑罰が峻厳であることから、ごく一部に限られる。刑罰による法益保護は最終手段である。
・利益侵害の観点からは、自分の利益を害する行為は一般的に犯罪ではない(自傷、自損、自殺)。
例外として、判断力のない者・未成年へのわいせつ物販売や、自殺ほう助・嘱託殺人・同意殺人(本人から依頼を受けて殺害すること)は、犯罪となる。
薬物の利用は、容認することで広く保健衛生上の危機を与えるおそれがあるため犯罪となる。
・国家による刑罰はどのように正当化されるのか
相対主義:何らかの望ましい目的達成のために刑罰は正当化される
絶対主義:刑罰はそれ自体正当化される
目的刑論:犯罪予防といった目的の追求・達成により刑罰は正当化される
応報刑論:刑罰は犯罪の副作用でありそれ自体で正当化される
・応報刑と目的刑の続き……
応報刑論……犯罪は法の否定であり、刑罰は否定の否定である(カント、ヘーゲル)。同害報復の原理(目には目を)により、国歌の刑罰権を限定する意味では自由主義的である。
問題点は、正義の実現が果たして国家の任務かどうか、正義の押し付けではないかというものがある。
目的刑論……国民の利益を保護するという目的で刑罰を正当化する。
特別予防は個人の再犯を予防することをいうが、例えば賄賂を受け取った公務員はもう失職したから再犯できない、すなわち罰する必要はないのかという疑問がある。
一般予防は、社会一般に対する犯罪抑止の観点から刑罰を正当化する考えである。一般予防自体には個人の自由保障という観念がないので、威嚇のためであればどんな重罪でも正当化されてしまう。
・「処罰の必要があるから処罰が正当化される」という理論だけでは、際限のない重罰化を止めることができない。
犯罪を行ったことを、国家が刑罰をもって非難できる状態とはどういうことか。すなわち、犯罪を犯さずとも済んだことを前提としている(他行為可能性)。
そして、非難による正当性と関わりなく、犯人の危険性に対処するための処分(保安処分)は日本では認められていない。
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2 犯罪は法律で作られる
日本では、罪刑法定主義は憲法31条および39条において規定されている……法律主義、遡及処罰の禁止の原則。
法律主義:何が犯罪であるかは、民主主義に基づき国民=国会が決める。
遡及処罰の禁止:国民の予測可能性や行動の自由を確保するという自由主義の理念に基づく。
・法律主義では、刑罰を定めるのは法律であり、行政府による命令が罰則を定められるのは法律による「特定委任」がなされている場合に限る。これは国民が刑罰をコントロールできなければならないからである。
条例は自治体独自の罰則を科すことがあるが、「命令には認められていない罰則の一般的・包括的な委任を地方自治法は条例に認めているように」みえる。これは、地方議会が民主主義的コントロールを果たしているとみなされるためだろう。
裁判所による罰則適用……拡張解釈はいいが、類推解釈は許されない。つまり、「問題の事例は罰則が禁止した対象に含まれる」とする解釈であれば許される。
・遡及処罰について
売春防止法では、売春行為は禁止されているが罰則はない。これは国家が個人の寝室にまで介入するのを防止するためである。例えば、事後的に売春行為に刑罰がついたとしても遡って処罰することはできない。
同様に、刑の加重(後から、より重い刑に改正すること)も遡及不可である。
最高裁判例も、解釈を確立させるという点で、法改正と同様の効力を持つ。したがって学説では、最高裁判例の解釈変更は、将来に向かってのみ適用されるとする(判例の不遡及的変更)。 ただし最高裁はこの学説を認めていない。
・無害な行為は原則として処罰できない。
・何が犯罪か、また刑罰は明確でなければならない(明確性の原則)。
しかし、最高裁での「淫行」の解釈などは一般人の理解不能なものである等議論がある。
・尊属殺(死刑か無期懲役)、尊属傷害致死の規定は、刑罰が不当に重すぎるとして削除された。
また、「法の下の平等」に反しているという意見もあった。
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[つづく]