3回めの妊娠(12)生まれました!&不育症の出産、どうなった

6/13現在、2020年3月以前の日記の画像が表示されなくなっています。復旧をしばしお待ち下さい。

無事生まれました!

安産で、女の子を出産しました

ブログ更新が遅くなってしまいましたが、先日無事に赤ちゃんと対面することができました。母子ともに元気です!

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ひとまずはここまで来れたことが嬉しく、そしてここまで来るのにいろいろあったなあ〜としみじみ……。

この「3度めの正直」はその「いろいろ」を記録したブログですが、夫、赤ちゃん、そしてわたしの3人でいろいろを乗り越えていって、ようやく会えたね!! という喜びでいっぱいです。

もちろんまだまだ何が起こるかわかりませんが、不育症の治療、という点では最高の「めでたしめでたし」を迎えられました。

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ただお産自体は安産だったものの、進みが急激だったせいか会陰裂傷がひどくて我が子を腕に抱くたびに喜びの涙と共に「し、しりが裂けてしまう……」という別の涙も出てきてます。

そんな出産レポはメインブログのほうでいずれ詳しく書くとして、こちらでは今までブログで綴ってきた不安要素がどうなったかや、不育症関連の話題をもう少し書き続けていこうと思います。

 

甲状腺機能低下あれこれ

まず不育症リスクの甲状腺機能低下について。

分娩時に何がどうということはありませんでしたが、赤ちゃんは「橋本病母体からの出生児」ということで生まれてすぐGCUに1泊入って管理&診察となりました。赤ちゃんの甲状腺ホルモンの検査結果は特に問題なかったです。

わたしはTPO抗体があるのみでまだ橋本病ではないですが、そのあたりは病院の方針でGCUに入ったのか、バースプランに「すぐ赤ちゃんの甲状腺機能の検査をしてください」と書いておいたから検査してくれたのか……。しまった、確認するのを忘れた。

※入院中に行う「先天性代謝異常検査」でも先天性甲状腺機能低下症の検査がありました。

 

わたしの体調のほうは、今のところ特に悪くなったとか自覚症状はありません。

ただ産後は甲状腺機能が変化しやすく、無痛性甲状腺炎になりやすいというリスクを内分泌科の先生から産前に説明を受けていたので、しばらく定期的な通院は続きそうです。

産後もチラージンは飲み続けていますが、こちらは母乳や赤ちゃんに影響はないとのこと。 

(追記:産後1ヶ月めに受けた検査でも、チラージンを飲んでいたおかげかホルモン値は特に問題なしでした)

あと甲状腺疾患は母乳の出に関わるとどこかでチラ見して心配してましたが、産院では「分泌良好」との評価でした。

いまはせっせと赤ちゃんに免疫や抗体を渡すべく母乳をあげていますが、いらん抗体やら不育症リスクも渡しちゃってるんだろうなあ(遺伝性なので)、と思うと娘には申し訳ない。

でもまあそういうリスクを乗り越えて人類発生から脈々と続いてきた生命力の強い一族なのかもしれないし……。あまり考えてもしょうがないですね。

ちなみにわたしは亜鉛も欠乏してるし自分の作る栄養分に自信がないので、今のところは赤ちゃんにはミルクも足して混合にしてます。現在の自分の亜鉛の値がどうなっているか気になる。

血液凝固異常あれこれ

もうひとつの不育症リスクの血液凝固異常について。

バイアスピリンの服用中も、採血で血が止まりにくいだったりそういうことはよほど血が固まりやすいのかありませんでした。

35週6日で服薬をやめて、出産したのは39週6日だったので服薬中止から4週空きました。

母子手帳を見てみると、「出血量」は「多量」に丸がしてありました。

裂傷のせいか出血量は羊水込みで1000mlちょっとでしたが、特に輸血が必要だったり、あと産後も出血が止まらなかったり貧血になるようなことはなかったです。

そしてお医者さんに言われたのは、第2子を考えるならまたバイアスピリンが必要かどうか、いずれ不育症外来に行って検査が必要とのこと。

今はまだ何も考えられない……笑。

 

GBSやら

最後の壁として心配していたGBS(B群溶連菌)は、お産当日は不規則な陣痛らしきものが1日じゅうあったので「まだ生まれないと思うけど、念のためNSTやってもらって内診でいっちょグリグリしてもらうか〜」と病院へ行き、「子宮口が開いているから今日明日にも産まれるかも」ということで入院が決まって即点滴となり、万全の状態でお産に挑むことができました。

病院についた頃はまだ全然「陣痛」ってかんじの痛みではなかったにもかかわらず、その3時間後には分娩台にいたので、虫の知らせじゃないですが早めに病院に行っておいてよかったです。

おかげで少なくとも早発性の感染症は免れ、ブログに書いていた乳酸菌作戦も入院中はコンビニの乳酸菌飲料全種制覇をやって腸内フローラを耕しました笑。赤ちゃんに届いていておくれー。

退院後も赤ちゃんに触る前は手指の消毒をして気をつけています。 

しかし、臨月最後の壁はGBSよりむしろこれ↓だったんですけどね……。

詳しくはメインブログのほうにて笑。

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こちらは産後2週間くらいでだいたい良くなりました。でもまだ油断はできない。

 

お産のまとめ

あとお産に関して言えば、これはたまたま今回のケースだけかもしれませんが、はっきり言ってお産より1回めの妊娠で6週で自然流産したときの痛みのほうが、何時間も苦しくて痛くてつらかったです。

 

 ▼このとき

陣痛のときは流産のとき以上の痛みを想定していたので「まだまだ陣痛はこんなものじゃないぞ」と呼吸を整えていたら突然ドーンと赤ちゃんが出てき始めて、慌てる羽目になりました(そして「ここで産んじゃだめ!」と言われながら陣痛室から分娩台へ直行でした)。

もしかしたら「まだまだ!」と思っていたせいで陣痛が進んでいるのに気が付かなくてお尻ビリビリになった説もあるので、ナースコールはこまめにしたほうがいいのかもしれない、というのが今回のお産の最大の反省点だったかもしれません。

 

また、今回の分娩先は奇しくもその自然流産のときに「お産が立て込んでるから」と救急外来に行けなくて、お腹の痛みと悲しみに耐えながら「わたしのぶんまで、いまいきんでる妊婦さんがんばれー」と家で念じていた先の病院でした。

なんと自分の分娩当日も「お産が立て込んでる」ということで、あの日と同じ状況笑。

時間も同じく深夜だったので、なんだかSFのような話ですがあの日の自分にリアルタイムで応援されているような気持ちになり、それに応えようと気合を入れて分娩に臨めて、がんばれました。うまく言えませんが、いろんなことが腑に落ちたような感覚がありました。

 

2018年に2回続けての流産をして、不育症とわかって。

そしてやっとたどり着いた、赤ちゃん誕生の瞬間。

赤ちゃんの顔を見るまでは絶対泣かないと決めていましたが、分娩台で「おぎゃー」という産声をきいて、小さな足をばたつかせているのを見て、そして立ち会っている夫が目を赤くしているのを見上げて、ようやく今までずっと我慢していた涙が出そうになりました。

「やっと会えた!」

そう思って涙をこぼそうとした瞬間、会陰裂傷の縫合の針がブッスー!!と刺さって(お医者さんの「深い!ひどい!」の声と共に)「いでぇー!!」と叫び、そのままカンガルーケアもさせてもらえず、泣くタイミングを完全に逃しました笑。

翌朝ようやく赤ちゃんを初めて抱っこできて、そこで隠れてちょっと泣きました……笑。

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いろいろありましたが、無事に赤ちゃんに会えてよかった。

夫もわたしもがんばった!

もちろん一番がんばってくれたのは、チャレンジしてくれた赤ちゃんです。

ありがとう娘!

まだまだ手探りの毎日ではありますが、これからは夫婦で力を合わせて大事な大事な娘の命を守っていくのを使命としていきます。

 

▼ブログをもっと書きたいけど、まだまだてんやわんやだなあ……

▼出産レポートを書きました