空華 ー 日はまた昇る

小説の創作が好きである。私のブログFC2[永遠平和とアートを夢見る」と「猫のさまよう宝塔の道」もよろしく。

青春の挑戦  10

2021-06-12 09:38:08 | 文化
10

五人の若者は発言したわけたが、 ミニロポットをつくるという動機はみな多少の相違があって どのように調節したら良いか、考える所 が誰しもあって五人の発言のあとしばらく沈黙が支配した。
それは重くるしいというような沈黙ではなく、むしろこの五人でやれそうだという了解を各自の胸にしみこますための時間のようでもあった。そして、この沈黙を破ったのは林原憲一だった。「みなさん、ウイスキイーでも酒でも飲んで下さい。 私は、あなたがたがいらっしやる前から一人で飲んでいたんですよ。
          
昼間飲むからといって焼け酒だなんて思わないで下さい。会社をやめてからデザインの勉強しているんですが、 デザインのアイデアは少々のアルコールが身体に人っていたほうがわいてくるんですね。 あまり飲みすぎてはいけないんですけど、 ほろ酔い程度ですといい着想がわいて くるんです。
どうです?みなさん。ミニロポットつくり、平和を世界にアピールするという良いア イデアをねるためにも、少々アルコールをいれましようよ。 もっともビールや酒の方がいい方もいるでしようね。酔わなくちゃ、平和産業なんていう夢が語れないじゃないですか」

林原はそう言って客につまみは何が良いか聞きだすと、 立ちあがって奥の台所の方に行った。残った四人 は応接室に飾ってあったモネの絵を見て、 たわいのない感想をのべあ っていた。 それは サン=タトレスのテラスといって港の見えるテラスを描いてある風景画だった。 モネの絵の中では写真に近いような描き方をしている作品だった。
「これがモネの絵なのかい。 モネって、 もっと、ほんやりした色を使ってい なかったかな」
飯田がちょっと不満そうな口調で、 モネの絵だと 言って、いやに感心していた遠藤に語りかけるよう に言った。遠藤はたいして詳しくもない絵画の知識を総動員してモネの絵について講釈した。そのうちに林原がビールとおかんのついた酒につまみを持ってきた。
「世界平和を作るには今の人間の価値観を変えなくてはね」
飯田は、遠藤のモネの講釈が終わりきらないのにモネにはまるで関心がないかのように別の角度から、ロボットの話にもどしてしゃべりはじめた。
「価値観とは」
「金儲けの価値観が世界中をおおっているじゃありませんか」
「マルクス主義を出すつもりなのかい」
「金銭至上主義が限界にきていることは確かだ」
「でも、ソ連はうまくいかなかったよね」
「あれだって、米ソ冷戦で、ソ連が核兵器などの兵器に金を掛けすぎたという意見を聞いたことがある」
「やはり、核兵器は莫大な金がかかる。世界中から、そんなもの、なくしてしまえば格差社会もなくなり、多くの文化を享受できる生活を営めるようになる。」
「どちらにしても、今は中国。
もうアメリカとの軍拡競争が始まっている。日本にとっては、北朝鮮が核兵器の開発をしていることが不気味だ。核兵器廃棄という夢のような挑戦に方向づけするには、並みの才覚では無理だな。
まさに、平和産業のミニロボットをこれらの国に輸出して、民衆の中に、核兵器廃止による福祉の増大がいかにお互いの国の利益と幸福になるか説かなくてはね」

窓側の机の上にあった一輪の花が窓から入ってきた風に花が揺れた。花が揺れ自然が揺れ、その内に松尾優紀の心が揺れて、突然、島村アリサ のことを思い出した。そして彼の心の中では、断古とした調子で島村アリサがこの平和産業のリーダーとして会社の成立に参加すべきだという考えが支配したのだった。随分、長いこと忘れていた島村アリサのことを、この時になって思い出したことにより彼は、あるなっかしさで胸かいつばいになった。
彼は酒を飲んでいたこともあり、 しばらくの間目をつぶり彼女の顔がまぶたに浮かぶのを楽しんでいた。中学時代に知りあって以来、彼の心の先生でもあった彼女、そしてその知恵の泉としての彼女と、ある心の接触を持った頃からもっと人間的な深いコミニケーションがはかられ ていたことを、彼はぼんやりと思い出した。
会社に入るようになってから会わなくなっ てしまった。それは彼女がすでに結婚しているというための遠慮もあった。それと会社という広い世界に接触し、忙しさの中で働いていくうちに彼女と接触するのは広島の原爆の映像詩をつくる時の音楽のアドバイス
を受ける時だけだった。それも、電話や郵便と日本で始まったばかりのネットだけの接触だった。彼は目をあけると、平和産業という会社設立のことで会話が進行している間に入って突然言った。
「今度の広島の映像詩で、音楽の方を助けてくれた平和産業の映像詩部門にふさわしい方がいるのですがね。そういうすばらしい女性がいるので、平和産業に入ってもらえるよう頼んでみようかと思っているのですが、どうかね」
熊野は目を丸くして松尾を見た。「そりや、大歓迎。女性の感性が必要な所は山ほどある。」
「旦那は弁護士。親父さんは寺の住職だけれど、我々の考えに近い」
近いというよりは、かって松尾の少年時代に向こうから、ある思想の流れが入ってきて、平和産業の方向が結実したこと思えば、源流は向こうのお寺にあったというべきか。
「中に入らなくても、平和産業の御意見番、旦那が弁護士だから、顧問弁護士を依頼し、間接的に彼女の協力を得るという方法もある。」

「 しつかりした女性か。 それなら大賛成。 おれ にも心あたりがいる。これも女性だ。ちょっと変わった女だが頭の切れる女性だ。まだ独身だが金もある。どうだい、」と林原が言った。
「熊野さん。あと残りの推薦社員二人は女性ということで。そうすりや、わが平和産業も、はなやいだ活気のある雰囲気になる。」林原はそう言って笑った。
「私の推薦する女性は禅宗やヨガに興味を持っていて、そうした宗教的世界をコンピューターを使って、絵画にしているんですよ。

もっとも彼女の考えによると、禅宗やヨガは宗教ではなく現実をより正しく見、より正しく生きる方法だなんて言っていますけどね。 ともかく、 おもしろい女性ですよ。
遠藤さんも一度話してもらえば気にいっていただけますよ。女としてでなく人間としてつきあえる数少ない女性ですよ。」
「へえー。 コン ピューターアートですか?それはおもしろいですね」
「彼女の場合は絵を描くのだよ」
「 わが平和産業にもその才能をいかしてもらえそう じゃありませんか。 ロポットのデザインは彼女にまかせましようや。」
飯田はそう言ってから、コーヒー茶碗を口にくわえ、視線を松尾の目に合わした。
松尾優紀は、電話を貸してもらい島村アリサに、映像詩プラスロボットとミニロボットのアイデアに関心を持つように話を進めてみた。ところが、電話にでてきた彼女は会社をつくるならば、ロポットよりも今まで彼女か構想をねりつづけ少しずつやり始めて いる映像詩の方か将来性が高いと いうことを言いだした。
「平和産業って、あたし初めて聞いたのよ。今の説明で少し分かってきたけれど、私はあたしで、すでに、NPO法人映像詩を立ち上げているのよ。それに、あなたも映像詩で広島原爆の悲惨さにそった映像をつくっていたじゃないの。それを発展させるというのは分かるけど、ロボットは私の頭の中になかったわ」
松尾は彼女にロボットの話をしていなかったのだ。
アリサは言った。「今あたしが考えている構想は、 それはすばらしいものよ。 あたしの考えている芸術はね、以前のと、ちょっとちがっているのよ。 つまりパソコンをつかって絵画をつくるのね。 そしてその絵画をつなぎきあわせ一つの物語をつくりあげていくの。 わかりやすくいえば、パソコンをつかってアニメ映画をつくるのよ。 アニメはこれからの芸術よ。 もう少し具体的に言いますとね、たとえばチェホフの短編をパソコンソフトを使ってアニメ風に表現するのよ。 それぞれの情景はチエホフの世界を表現し芸術作品として鑑賞にたえるものとし、 そして又、その情景にチエホフの文章を韻文化してその詩作品を画面に映し朗読するの。 そうね、 近松門左衛門の人形浄るりを思い出してもらえばいいわ。 そうあの人形浄瑠璃のような芸術作品をパソコンを使って作品化するの。
どう?おもしろいアイデアでしよう。 つまり総合芸術よ。
それに、 あなた方の平和産業は企業でしょう。私のはNPOよ。こういう仕事はNPOが向いていると、思うけど、ロボットはやはり大企業の応援がないとね。あなたは平和産業で頑張れば」
彼女はこんな風に話したあと、今からそちらに行っても良いかと松尾にたすねてきた。 彼は大変とまどったけれど、 口では彼女を歓迎すると答えたのだった。 ,彼は電話を切ったあと、 その内容をみんなに告げ、そして自分の感想もつけ加えた。
林原憲 一は、 あいかわらすウイスキイーの水わりをのんでいたが急に大声を出した。
「松尾君、 ねえ君、 その島村アリサさんという女の人はおもしろい人だね。 実におもしろい所に目をつけたね。 僕は美大でデザインを勉強した人間だから、 そういう話のすばらしさは直感的にわかるよ。そうだ。 アニメ風 にチェホフの小説を視聴覚芸術につくりあげる。 発想がおもしろいよ。 近松門左衛門の人形浄るりをイメージとする所などもおもしろい。 まさにそうなんだ。 映像詩こそ新しい総合芸術なんだ。 」
遠藤洋介は、 ちょっと遠慮がちに低い声で林原の方をむいて言った。
「 もうすぐここに島村アリサさんがいらっしやるのでしよう。ともかくアリサさんの話を聞いてみたいよ。そうだ、 島村さんが来るならついでに林原さんの知っておられる女性も来てもらえるといいね。 もちろん急ですから、 これるとはかぎりませんが一応、電話をかけてみる価値はあるのではないですか。 」
林原はそれを聞くと同時に立ちあがって言った。
「うん、 そうだね。 君川香奈枝さんと、今電話してみますよ。」
彼は電話のある玄関の方に出ていった。みんなは、 酒やビールをのみながら互いの顔を見あった。井口は、 ステレオに近づいて引きだしをあけ、レコードを取り出した。
「何かいいの、 あるのかい?」 熊野が声をかけた。 「ビゼーなんかどうだい。 酒のんでいるから、けいきの良いのがいいだろう。 」
ビゼーの音楽が部屋にひびきわたった。 しばらくして林原が入ってきて言った。
「すぐ来るって。 おもしろいぞ。 二人の女性が我々の仲間に人って芸術論や世界平和を訴える良い方法。こういうことついてのアイデアがとびかうことになる。 お、 ビゼーの音楽か。 今晩は宴会花ざかりとなりそうですな。」
松尾優紀は、 酒を少しずつロにいれながら、 島村アリサの顔を思い浮かべていた。 初恋の女性。 そして、 長いつきあいの間に色々なことがあった。 ,彼は今も彼女を愛していると思った。 しかしその愛は、 かってのように燃えるような激しいものでなく、 山の中でひそかにわいてくる小さな清水のように静かでささやかなものであった。 そして今、 ビゼーの明るく魂を高揚させる音楽に耳を傾けていると、再びかっての美しい乙女の姿をしたアリサが、 ろうそくの炎がそよ風にふかれて炎がゆれるように彼の脳裏の中で、あざやかな肖像画となったり消えたり時には波のようにゆれていた。松尾優紀は、酒のはいったコップを手に持ちながら急に立ちあがりながら言った。 「みなさん、今晩はすばらしい。 素晴らしい女性をゲストにむかえて、我々は談論に花をさかせることができる。昔、中国の詩人李白が言ったように、このように期待にあふれた青春の楽しい時を過ごせる日がそうあるわけではない。人生は短かい。 おおいに楽しもう。僕は李白のような形で人生の賛美をしようとは思わないが、 人生が生きるに値する素晴らしいものであることを知っているがゆえに、我々は酒をのみしばしの間夢を語る。青春の夢をかたる。 しかし、 これは単に夢に終わらない。夢はふくらみ、やがて現実の花となる 。どうですか、 みなさん。 二人の女性が来るまで、 しばらく時間があるでしようから、何かみんなで歌でもうたっていませんか。」
「それは良い、 歌おう。」熊野が拍手して大きな声でそう言った。 そして、彼は一人でナポリ民謡の 「帰れソレントへ」を歌い出した。 ビゼーの音楽はすでに終わっていたから、熊野の美声が部屋を支配した。
セミプロ級だと松尾は思った。 この歌は優紀の気持に ピッタリ来たから彼は感動した。目から激しい涙があふれてきたので、彼は半分ほ どはいっている酒をいっきに飲みほした。そして、すわりワイシャツのポケットからハンケチを取り出し目をふいた。
熊野は歌いおわると、松尾を指名し、 何か一曲歌うように言った。松尾は感動に震えている自分の魂の鼓動を他人に感づかれるのが恥ずかしかったので、感動を押さえるためにいさましい歌をうたおうと思った。彼がソーラン節をうたうと、 みんなも声を出し、ますます宴会の雰囲気になってきた。その時、呼びリ ンがなった。 島村アリサだった。車で来たのであろう。予想しなかったことに、横に旦那がいる。。予想以上にはやく来た。松尾は心臓がどきどきした。彼女は目がねをかけ、地味なプルーのスーツに身を包んでいたため、 ちょっとした学者風の女に見え、かっての花のような乙女の雰囲気は感じられなかった。林原と松尾が玄関で出迎えたのだが、彼女は愛想の よい微笑を浮かべ 「今晩は」と言った。
「主人を連れてきたわ。一人で来るつもりだったのですけど。主人も平和産業に興味があるみたいよ」
旦那は軽く「今晩は」といったきり、あとは殆ど沈黙していた。ただ、存在感はかなりある人だった。まるで護衛のようだと、松尾は思った。
彼女が部屋の中に入ってくるといつべんに雰囲気が変わった。今までの宴会ムードは急にしぼみクリスマスパーティのような清潔で明るい ムードが、部屋の中に立ち昇ったような気が松尾にはしたのだった。松尾は島村アリサをみんなに紹介した。彼女は一人一人に愛想のよい微笑と、てぎわのよい挨拶の言葉をかけ、なごやかな美しい夜につくりかえていくので あった。 まるで外交官のようだと松尾優紀は思った。 旦那は殆ど沈黙していた。ただ、目をきらりとさせると、目の底に知性を感じさせた。

彼女は、 ひととおりの挨拶が終わるとしゃべり始めた。
「みなさん、お楽しみの所を急におじゃましてすみません。 でも、あたしもぜひみなさんの楽しいお仲間にいれてもらいたしと願って飛んでまいりましたの。平和産業とNPO映像詩と手を組んで、平和のために、立ち上がる。
ここにいらっしやる松尾さんとは長いおっきあいで、 色々わたくしも彼のすばらしい芸術的感性から学ぶ所があったのです。 そこで今日、 久しぶりに彼からお電話をいたたき、 平和産業をつくるから参加しないかというありがたいみなさんのお言葉をうけたまわり、 はたと困ってしまいました。 と申しますのは、 そんな素晴らしいみなさんのつどいに参加できる喜びが深ければ深いほど、 今まで私が考え少しずっ始めている映像詩を 一層深めたいという欲望がふくらんでまいったからです。
それに、NPO法人は設立して今、まさに始まろうとしている所です。ですから、あたしの方が松尾さんをNPOに来て、あなたの広島映像詩をやってもらいたいと、誘惑してしまいましたけれど、皆さんを見ていると、平和産業を出発するほうが、松尾さんのために良いのではないかと思うようになりました。
それで松尾さんにロボットやミニロボ ット よりも映像詩のほうが、 将来性あるなどと申したのでございます。 今から考えると、 せつかくみなさまが真剣に取り決め実行しようと協議なさっていることに水をさすような発言で、大変申しわけなかったと思っております。 しかし、 考えは変わっておりません。やはり、 ミニロポットを成功させるには大変な資金がいると思います。やはり、平和産業はルミカーム工業のような大会社がバッグにありますからね。そんなユニークな平和産業なんていう会社が作れるのですよ。
それに比べNPO映像詩の方は少ない資金で始めています。
金がかからず芸術的にも新しい分野であるという思いで出発しました。平和産業が応援してくれると、嬉しいですね。
いかがです、 みなさん。 これから新しい会社をつくるというお考えならば、 今わたくしのやっている仕事をさらに大きくすることに力をかしていただけないでしようか。たしかに突然おじゃまして、 こんな話を持ち出すなんて虫の良い女とお思いかもしれませんが、 今の私はこの映像詩に熱中しておりますので、 私財をかなり投資してもみなさんに協力する覚悟ですが。 」
「平和産業とNpo法人で協力して世界の平和のために、立ち上がる。これはどうでしょう。」と林原が言った。 そして、ちょっと軽い徴笑をして彼はアリスに握手を求めた。 酔っているためとはいえ、 初対面の女性に握手を求める彼に、 松尾はいらだたし い嫉妬を感じた。旦那は微笑していた。 彼女は微笑して、 こころよく林原の手をにぎつた。 林原は得意そうな表情になって言い始めた。
「島村アリサさ んのおっしやるとおりですよ。 私は大賛成です。 ミニロボットよりも映像詩の方がはるかに良いです。これは間違いありません。 ミニロボットは島村アリサさんのおっし やるとおり、 大手の会社でないと、出来ません。平和産業はルミカーム工業という大会社がバックにいるのです。平和のために、こういう会社が応援することは珍しいことです。
そ こへいくと映像詩は、小資本でもすぐれた芸術性のある作品を生みだせますから、 充分大 資本と競争できます。 島村アリサさ ん、 あなたが来られたおかげで我々のグループもより良い見通しができるようになった。結論として、平和産業とNPO法人映像詩が協力して世界平和のために立ちあがりましょう」
島村アリサは笑顔でうなずいた。旦那はやはり微笑してはいたが、長い沈黙を破ることはしなかった。。
林原は君川香奈枝が急用で来れないという連絡を受けると、外食の寿司を注文した。食べている時は、先ほどの賑やかな話は少し静まり、ゆるやかな会話が続いた・

【 つづく 】






【久里山不識 】
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