「露と落ち露と消えにしわが身かな」豊臣秀吉の辞世から古文書を読んでみよう

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「露と落ち露と消えにしわが身かな」豊臣秀吉の辞世から古文書を読んでみよう
らいそくちゃん
らいそくちゃん

「今回は豊臣秀吉の辞世を題材にして古文書を解読してみましょう。
辞世とはこの世に別れを告げる際に残す和歌のことです。

「露と落ち露と消えにしわが身かななにわのことも夢のまた夢」
誰もが聞いたことのあるこの歌を、秀吉直筆の和歌詠草から解説します。

仮名文字と変体仮名

 豊臣秀吉ははじめ織田信長に仕えていました。
山崎の戦いで明智光秀を破り、関白職を賜り、日本を統一した人物として有名です。

豊臣秀吉肖像(高台寺所蔵)

豊臣秀吉肖像(高台寺所蔵)

 今回読む文字はわずか30字足らず。
重複する文字も多くあります。

しかしながら、いわゆる変体仮名へんたいがなで記されたものもいくつかあり、秀吉の決して達筆とは言えない筆づかいであることも考えると、古文書の知識がある程度ないと判読するのが難しいかもしれません。

以下の表は基本的な仮名文字・変体仮名を五十音順にしたものです。

な行 た行 さ行 か行 あ行
奈・那 太・多・堂 左・佐 加・可 安・阿
仁・爾(尓)・丹・耳 知・千・遅 之・志 畿・起 以・伊
奴・怒 川・徒・津 寸・春・須・寿 久・具
年・祢 天・帝・亭 世・勢 計・介(个)・希・遣・気 江・衣
乃・農・能 止・登 曽・楚 己・古
わ~ん ら行 や行 ま行 は行
和・王 良・羅 也・屋 末・満・万 波・八・者・盤
為・井 利・里・梨 美・見 比・飛
恵・衛 留・流・類・累 由・遊 武・無・尤 不・婦・布
遠・越 禮・連・礼 免・女 部・遍
呂・路 与・餘 毛・裳 保・本

現在、私たちはひらがな・カタカナをそれぞれ1種類ずつ使っていますね。
しかし、昔の人たちはそうではありませんでした。
例えば「す」を現す文字は、このようにたくさんバリエーションがあります。

「す」の文字いろいろ

「す」の文字いろいろ

ひらがなの「す」の字母は「寸」です。
カタカナの「ス」の字母は「須」です。
このように、漢字を元にしてできた字の事を仮名文字(かなもじ)といいます。
これらの字は、相手に理解さえされればどの字を使おうと自由でした。

時代は流れ、明治に入ると新政府の下、たびたび教育改正が行われます。
その結果、現在のひらがな1種類、カタカナ1種類と定められました。
こうして上図の「春」「寿」のように、現在は使われなくなった仮名のことを「変体仮名(へんたいがな)」といいます。

現在を生きる私たちには、変体仮名は馴染みのないものですが、豊臣秀吉の時代には普通に使われていたのです。

我々の生活に馴染みのないものを、新しく覚えないといけないのは大変ですよね。
とはいえ、今日でもその名残はあります。

寿司屋 のれん

寿司屋です。
ひらがなの字母で書けば「寸之(すし)」となります。
このように、相手に伝わるのならば「春志」にしようが「須之」にしようがなんでもよかったのです。

次項の豊臣秀吉直筆の辞世詠草も、こうしたことを意識して読んでみましょう。

豊臣秀吉直筆の和歌

 「露と落ち 露と消えにし わが身かな なにわのことも 夢のまた夢」
これはいわゆる短歌ですので、5・7・5・7・7のリズムで詠まれています。

豊臣秀吉和歌詠草

豊臣秀吉直筆和歌詠草(大阪城天守閣所蔵)

ここでは一文節ずつ解説いたします。
上図の五十音順に記した仮名文字表を参照するとわかりやすいかもしれません。

露と落ち

豊臣秀吉和歌詠草1

 1文字目からいきなり「露」とも「つ」とも違いそうな文字が出てきましたね。
これは「」です。
昔は仮名文字として、この字も”つ”と読みました。
他にも”川”、”州”、”津”、”都”を使うパターンがあります。
このうち、ひらがなである「つ」の字母となっているのは”州”です。
手のひらに続け字でなぞってみるとわかりやすいかもしれませんね。

「徒」のように、現在のひらがな・カタカナで使われなくなった仮名のことを変体仮名と呼びます。

2文字目はひらがなの「」です。
もとの字は「由」でしたが、この字がくずされてひらがなの「ゆ」が生まれました。

3文字目の「」はわかりやすいですね。
もとの字は「止」でしたが、くずされてひらがなが生まれました。
余談ですが、少し古風な焼き鳥屋さんに行くと、このような看板を見たことがないでしょうか。

鳥屋 のれん

焼き鳥屋の暖簾イメージ

これは「登りや」と書いています。
昔は仮名文字・変体仮名の区別がなかったため、読めれば何でもよかったのです。

4文字目は「お」でしょうか。
それとも「落」でしょうか。
答えはどちらでもありません。
これは、「」のくずし字で”を”と読みます。
現在ひらがなとして用いられる「を」は、この字をくずしてできたものです。

「遠」・「越」・「於」・「落」のくずし

「遠」・「越」・「於」・「落」のくずし

上の図左から2番目の「越」も”を”をあらわす仮名文字のひとつです。
かつては「遠」と同じように用いられていましたが、現在はひらがなでもカタカナでもありません。
従って、こちらは変体仮名となります。

5文字目は難読ですね。
これは「」と記されていて、ひらがな「ち」の字母です。
このように崩していくと理解しやすいかもしれません。
しかしながら、実際の史料でも、ここまでくずされるのは稀かもしれません。

「知」のくずし字

「知」のくずし字

従って最初の五文字である「露と落ち」の部分は「徒ゆとをち」と記されています。

露と消えにし

豊臣秀吉和歌詠草2

 1~4文字目はそのまま読めますね。
2文字目の「ゆ」が「由」に似ているのは、先ほど説明した通りです。

5文字目の「く」に似た字は「え」ではなく、「」です。
前の文字の流れからそのまま続けて書かれているので大変ややこしいですね。

もう少し詳しく解説しますと、ひらがな「へ」の字母は「部」です。
頻出する字だからなのか、大きく省略されてつくりの部分のみを記した史料もあります。
そこからひらがなの「へ」が生まれました。

部のくずし方

部のくずし字

関連記事:【古文書独学】くずし字を部首で覚えてみよう!「旁」の部

5文字目と6文字目は「」「」です。
「し」が”候”や”之”にも見えてややこしいですね。

従って2文節目である「露と消えにし」の部分は「つゆときへにし」と記されています。

わが身かな

豊臣秀吉和歌詠草3

 ここは全体的に読みづらいですね。
1文字目はアルファベットの「m」のように見えます。
ここでは、5文字一気に解説することにしましょう。

豊臣秀吉和歌詠草3

こちらは原文を透過加工して色をつけたものです。
これでもまだ分かりにくいでしょうが、理屈はお分かりいただけるかと思います。

1文字目は「」と記されています。
この字の字母は「和」です。

2文字目と4文字目は「」と記されています。
変体仮名ですので馴染みがないかもしれませんが、かつては「加(か)」よりも使われていたように思えます。

可のくずし字

よく出るのは左から2番目のパターンですが、究極にくずされる場合もあります。

5文字目は奈良の「」ですが、この字がくずされてひらがなの「な」が生まれました。
豊臣秀吉の字はお世辞にも達筆とは言えませんね(汗)

なにわのことも

豊臣秀吉和歌詠草4

 1文字目は一つ前の文字と同じで、奈良の「」です。
頻出する文字のためか、大きくくずされていますね。
しかし、これが「奈」の典型的なくずし方です。

2文字目は「」です。
“に”と読みます。
なんだか中国語みたいで馴染みがないかもしれませんが、かつては非常によく使われた文字でした。

「に」の文字いろいろ

「に」の文字いろいろ

3文字目は”さ”でも”わ”でもありません。
こちらは「」です。
“は”と読みます。

「は」の文字いろいろ

「は」の文字いろいろ

このように”は”をあらわす仮名文字は複数ありました。
ひらがな「は」の字母は「波」なのですが、「者」も非常によく使われた文字でした。
一つ前の「尓」と同じように、”~は”といった助詞としても頻出します。

向後者、兼存其旨

助詞としても頻出する「者」

4文字目はひらがなの「」です。
あとで別パターンの「の」も登場するので、詳しくはそちらで説明いたします。

5文字目は仮名文字ではありません。
これは「」と漢字で記されています。

仍其表事、万事無心元候

「事」のくずし字

このようにひらがなの「る」に似たくずしになる傾向にあります。

6文字目は字が掠れて読みづらいかもしれませんが、ひらがなの「」です。
これは漢字の「毛」をくずしたものです。

従って4文節目である「なにわのことも」の部分は「奈尓者の事も」と記されています。

夢のまた夢

 いよいよ最後の文節です。

豊臣秀吉和歌詠草5

 1文字目はこれまで2回登場した「」です。
しかし、これが最も字母に近い形(由)をしています。

2文字目はひらがなの「」です。
字母は「女」です。
ちなみに「如」という漢字もこれとほぼ同じくずしをしています。

不可有相違之状如件

「如」と「女」は文脈から判断するしかない

3文字目はひらがなの「み」に見えますが、そうではありません。
これは仮名文字の「」です。
“の”と読みます。

私たちがひらがなで使っている「の」は、「乃」が字母となっています。

「の」の文字いろいろ

「の」の仮名文字・変体仮名

しかし「能」も「乃」と同じくらいの頻度で登場するので、優先して覚えた方が便利です。

能あふり、能干申候ハゝ

『永禄二年六月二十九日付鉄砲薬之方並びに調合次第』より抜粋

4~6文字目は「」・「ゆ(由)」・「め(女)」です。
なんとなく読めたでしょうか。

最後の「」というのは、豊臣秀吉の雅号です。
のちに豊臣秀頼も同じ雅号を使っています。

従って、最後の文節である「夢のまた夢」の部分は「ゆめ能又ゆめ 松」と記されています。

まとめ

 以上が豊臣秀吉辞世詠草でした。
始めからまとめますと

ゆとをち
つゆときへにし

尓者の事も
ゆめ又ゆめ 松

と記されています。
青色にした部分がいわゆる変体仮名です。

秀吉は何を思ってこの歌を詠んだのか。
およそ天下人の胸のうちなど私には知るべくもありませんが、邪推をすると
「波乱万丈の生涯であったが、人の一生などあっけないものだ。難波(大坂)で見たもの、してきたことも、全てが夢うつつのようだ・・・」といったニュアンスになるでしょうか。

古文書の学習に終わりはありません。

今回のような仮名文字形式の史料は、江戸時代の大衆向けの小説に多く登場します。
初学者であれば、仮名文字から学習することをおすすめします。

関連記事:【初級】古文書解読 はじめの一歩は「かな文字」から

石山軍記24

『絵本石山軍記より抜粋』

これは明治時代初期に記された演劇の脚本のようなものですが、仮名文字をある程度覚えれば、ほぼ完全に読むことができるはずです。

しかしながら、そう簡単にはいかないのも古文書というものです。
下の史料は、豊臣秀吉の正室である北政所きたのまんどころ(高台院)が記した消息で、これもほぼ仮名文字です。

高台院消息

『八日付北政所消息(大阪城天守閣所蔵文書)』

これは上下二つ折りの折紙形式となっていますので、中央を境に読む向きが逆になっています。
スマートフォンでご覧の方は逆さまにしてみると便利でしょう。

らいそくちゃん
らいそくちゃん

ご覧いただきありがとうございました!
最後の史料は難易度MAXですね(笑)
これは私も解説書なしではまだ難しいです。
まだまだ勉強が必要です。

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実際に解読した古文書の記事集

参考文献:
藤本篤(1979)『古文書への招待』柏書房
梅亭鵞叟(1884)『絵本石山軍記』中村芳松
鈴木正人(2019)『戦国古文書用語辞典』東京堂出版
林英夫(1999)『音訓引 古文書大字叢』柏書房
加藤友康, 由井正臣(2000)『日本史文献解題辞典』吉川弘文館
渡邊大門(2019)『戦国古文書入門』東京堂出版
など

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