「代償運動」って本当に悪い?(最終回)

目安時間:約 6分

「代償運動」って本当に悪い?(最終回)


 さて、ここまでで「代償運動」という言葉は人の運動システムの作動を表すには相応しくないということを述べてきた。代わりに「問題解決スキル」という言葉を使えば、人の運動システムの作動の特徴をよく理解できる。


 しかし問題解決スキルとは言っても急場しのぎの問題解決となって、新たな問題が生じる偽解決に陥ることもある。


 いったん偽解決の状態に陥ると、患者さん一人でその状態から抜け出すことはできないので、セラピストはまず偽解決の状態を変化させる必要がある。常に偽解決の状態を評価しながら、それを修正しなければならない。


 同時にセラピストは他の運動リソースも改善し、その利用方法である運動スキルの多様化のための日常生活課題の目標と手段の計画を立てて、患者さんの生活課題達成力を改善しなくてはならない、というのがここまでのまとめである。


 さて、CAMRでは患者さんの問題解決スキルは以下の6種類に分類される。


①探索利用スキル


②外骨格系問題解決


③不使用の問題解決


④骨靱帯性問題解決


⑤健康時の問題解決


⑥安心確保の問題解決


 今シリーズでは、そのうち②外骨格系問題解決と③不使用の問題解決の二つを紹介したが、ここではもう一つ、探索利用スキルを紹介したい。臨床あるいは日常で一番多く出会うものだ。


 探索利用スキルは健常者・障害者にかかわらず誰もが一般的によく行っている問題解決スキルだ。人は運動課題達成に何か問題があると、利用可能な運動リソースを身体の内外に探索し、課題達成のためにその運動リソース利用のための運動スキルを生み出す。


 子どもが棚の上のお菓子に手が届かないときは、周りを見渡して漫画雑誌を見つけ、数冊積んで踏み台にして上がり、手を伸ばしてお菓子を取ったりするのはまさにこの「探索利用スキル」である。両手でごちそうの載ったお盆を抱えたまま「あ、電灯のスイッチを消し忘れた」と思うが、壁に近づき頭や顎でスイッチを押して消すのもそうである。


 壁のスイッチは通常指先で押すが、肘や頭でも押せる。指先や肘や頭などの運動リソースは様々なものに置き換えが可能である。この同じ課題達成に様々な運動リソースが置き換え可能であるということが、人の運動システムの状況適応性を生み出している。そしてこれを可能にしているのが、課題達成のために運動リソースを探索・利用するための運動スキルを無限に生み出す人の「課題達成能力」である。


 これまで説明しなかったが、「分回し歩行」もこの探索利用スキルである。麻痺側下肢が動かなくなったので、身体の内部に利用可能な運動リソース(健側下肢や体幹の筋力などの身体リソース)を探し、それを利用して患側下肢を生み出す分回しの運動スキルが生まれたのである。更に杖という環境リソースを利用して、健側への重心移動をより安定して大きくすると、麻痺は重くてもより大きく患側下肢を前方へ振り出すことが可能になる。


 どうでしょう?分回し歩行を「代償運動」と呼んでしまうと、「悪い運動、修正するべき運動」と思うものの麻痺は治せず、患者さんもセラピストも苦しんでしまう。でも「問題解決スキル」と呼ぶと、人の運動能力の素晴らしさに感謝したくなるのではあるまいか!(終わり)


(問題解決スキルの全貌は「リハビリのシステム論-生活課題達成力の改善(前・後編)」西尾幸敏を参考にしてほしい)


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