どうながの映画読書ブログ

~自由気ままに好きなものを語る~

「ローズ・マダー」…傑作?迷作?キングのロマンス小説風サスペンス

高校卒業後に結婚、14年間夫の暴力に耐え続けてきたローズはある日突然家を飛び出した。
偶然駆け込んだDVシェルターにて心身ともに回復し幸せな日々を手に入れた彼女だったが、警察官の夫が追跡を開始する。
しかし逃亡先の街で出会った不思議な絵がローズに力を与え、絵の中で夫と対決することとなる…

95年出版のスティーヴン・キング長編ですが、サスペンスなのかホラーファンタジーなのかハッキリしない一見チープなストーリー。

知略ゼロで暴力一辺倒のDV夫が悪役としては大きく魅力に欠け、話もボンヤリしててかなり好みが分かれそうですが、所々ロマンス小説仕立てになっていたり遊び心に溢れていてなぜか好きな作品でした。

 

キングだし上巻の半分位はDVの描写が延々と続くんだろうなーと構えてたらめちゃくちゃテンポよく開始40ページ足らずで外に飛び出す主人公。

長いこと引き篭ってたからバス1本乗るのにもフラフラ…序盤のこの場面は物凄い臨場感で一気に引き込まれます。

その後DVシェルターに辿り着いてからは施設の援助を受けて自立、若くハンサムな男性と恋に落ち「声が良い」と褒められていきなりボイスアクターにスカウトされる…とまるでロマンス小説さながらのありえんてぃーな展開を辿っていきます。

そんな彼女が偶然骨董品屋で見つけた絵が「ローズマダー」という作品…決して高価な絵ではなく構図もタッチも稚拙ながらなぜか人を惹きつけるものがあるゴシック調の絵の中にトリップし、そこで暴力夫ノーマンを倒すローズ…

一見「虚構がヒロインに勇気と力を与えて悪を倒した!」的な浅い(けれど楽しい)ストーリーにみえる本作。

しかしこのふざけたような話の裏で「壮絶な暴力を受けた人の心の破壊と再生」のドラマがみっちりと描かれているようでした。

絵の中の女性・ローズマダーはもう1人のローズらしいことが示唆されつつ、暴力的で性に貪欲な人物であることが仄めかされていました。
ローズマダーは長い間抑圧されたローズの負の感情の化身ではないかと思われます。

最初にローズが絵の中にトリップしたのは、ローズが「自分を保護施設にまで導いてくれた善意の男性が自分の夫らしい男に惨殺された」という知らせを聞いた直後でした。

きっとローズの罪悪感は半端なく、それが過去の流産体験を思い出させ「助けられなかった赤ちゃんを助ける」夢をみたのではないでしょうか。
夢の世界ではノーマンに殺された黒人女性も赤ちゃんも皆無事です…しかし目覚めたあとにはローズの全身に痛みが走っていました。

「被虐待女性は自分に全て責任があると言い出して自分を殴ったりする」…というアンナとの会話が前の場面では繰り広げられており、このときローズは自傷行為に走っていたのではないでしょうか。

再びのトリップはノーマンがローズの新しい恋人を傷つけてピンチに陥ったとき…怒り爆発のローズはノーマンを絵の中に引きずり込み彼を倒します(殺します)。

ノーマンに勝利したあとローズは自分の過去を疎ましく思って絵を処分してしまいますが、その後激しい癇癪の嵐に襲われてしまいます…

自分が怒っていた対象がいなくなっても怒りの感情だけは残りつづけて、ふとしたきっかけでそれを他の場所や自分より弱い人にぶつけそうになってしまう…かつてのノーマンそっくりな暴言がヒロインの口からこぼれ出す様子は虐待の連鎖をみているようです。

現実はおとぎ話のようには行かず心の傷はそう簡単に癒えるものではない…これまで軽やかに進行していた虚構と物凄い落差でもって厳しい現実が突きつけられます。

ローズは絵の中の女性の忠告「あの木を忘れるな」という言葉を何度も思い起こし、癇癪の波と戦い続けます。
木とはローズの怒りのことを指しているようです。

ローズが嫌だった過去を忘れてしまおう、過去をなかったことにしようとするとなぜか暴力衝動は強まります。

こういう壮絶な体験をサバイバルした人の心の内は簡単に想像できませんが、無意識的に何かに憎悪や嫌悪を抱いてることって自分にもあって、負の感情に自覚的になることで冷静になれる…っていうのは何だか分かるような気がします。

ローズの抱え込んだ感情は莫大で、ノーマンの残した傷跡(巻き込まれて犠牲になった保護施設の親切な人たち)による罪悪感も並大抵のものではなかったでしょう。

最後の最後には年月を経て自分で自身の感情をコントロールできるようになったローズが現れホッとさせられます。

受けた心の傷が全く無くなることは今後もないのだろうけど、負の感情と共存しながら人生を歩む年老い始めた主人公の姿になんとも言えぬ寂寞感と解放感があり、小説「ミザリー」のラストのポールの姿と共通するものも感じました。

 


ローズを主人公としつつ、本作ではアンナという保護施設のリーダーの女性が印象的な人物として描かれていたように思います。

富豪の両親が設立した"女性のための組織〟を継いで運営し弱者への援助を惜しまない善意の人。

その一方ローズから「その態度はどこか傲慢で尊大」と評されており、TIME紙の表紙を飾る姿を密かに夢想し、施設の女性たちが自分の執務室のコピー機を使うことすら内心では厭わしく思っている…など意外に俗物な一面も覗かせます。

キング作品では度々地名や人名がリンクをみせることがありますが、このアンナが密かにポール・シェルダンの「ミザリー」シリーズを愉しみにしていることが明かされます。

同時に”嗜好品として楽しむのはいいけどあんなのはただの紙屑〟とバッサリ切り捨てるアンナ。

小説の世界では「この登場人物はこういう理由でこういう行動をとる」(過去に虐待された女性だから虐待女性を助けるなど)そんなセオリーがありがちだけど、実際にはそんな理由なんてなかったりするもんだよ、と言うんですね。

ミザリー」のアニーの断片的な過去のスクラップブックをみても、元からそういう人だったというだけなのか、そこに至るのに決定的な何かがあってどこかで引き返せたのかは考えても分からないところで、人間が簡単に推し測ることのできない善意や悪意がある…というアンナの考えには納得させられるものがあります。

一方主人公のローズも暴力を受けていた過去の生活の中で、ロマンス小説「ミザリー」を数少ない楽しみとしていたことが冒頭で明かされています。

ローズのような弱者にとっては善人が報われるような優しい虚構の世界が例えまやかしでも縋りつきたい世界だったのでしょう。

勧善懲悪な娯楽作品、因果応報の分かりやすい物語がくれるカタルシスって心が弱っているときや現実がしんどい人には紙屑以上の値打ちがあるというのにも納得させられます。

結局アンナはノーマンという「全く理不尽な暴力」に鉢合わせて殺されてしまい、そして嫌悪感しか湧かないような暴力男のノーマンにも実は父親から虐待を受けていた悲惨な過去があった…という皮肉な因果が明かされます。

ローズのような女性たちが救われてきたのは何の因果もなく善意をみせたアンナのような人がいたから…という確固たる事実をみせつつ、元を辿れば実は被害者でもあったノーマンのような人間の存在や、ロマンス小説を必要とするローズのような弱者の気持ちを理解できなかったアンナは処刑されてしまう…

なんともキビしいですが、このあたりがキングらしいというかホラーらしい、そんな感じもして面白いと思ったところでした。

 

全体に漂うチープさもあえて意図して作ったものなのでしょうが、個人的には「絵はローズの精神世界だった」ともっと分かりやすく話をまとめて欲しかったような気がします。

新しい彼氏も一緒に絵の世界に行く展開と、結局ノーマンが最後どうなったのか…??がスッキリせず、ローズがノーマンを殺したということに関してはもっと現実寄りの描写があってもよかったんじゃないかと思いました。

ロマンス小説からB級映画やって最後にシリアスドラマ持ってくる乱高下は凄まじく、なのにラストはしんみりさせる…傑作なのか名作なのかよく分からないけどなんか好きなキング。

ローズは絵の中の世界では全裸らしく、トム・クルーズと離婚した後のニコール・キッドマンを想像しながら読んだのですが(声が可愛い&よく脱いでくれる)、「ビッグアイズ」のときのエイミー・アダムスもいいですねー。

あまり人気がないから映像化されてないのでしょうが、そもそもボンヤリしすぎてて脚色が難しそうな作品ではあります。

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文庫版の血の滲みがついたゴシック風の表紙が雰囲気あってすごく好きでした。