父の無念を晴らすため、訴訟から和解するまでを記録する。弁護士から本人訴訟に変更する体験を語る。
※過去に訴訟で起きた出来事を思い出して記事にしています。大阪府北部地震で母の家が半壊してしまいました。父の部屋が大きな被害を受けました。母の家は修理する間もなく、西日本豪雨が来ましたので、雨漏りにより被害が拡大しました。続けて、台風21号も来ましたので、被害箇所も増えてしまい、甚大な被害を受けました。母は家が半壊しているのに修理を頑なに拒否しました。母:「この部屋はお父さんがいるような気がするんよ。 それに、裁判が終わるまではお父さんの部屋は修理したくないんよ。 もし、修理した時にお父さんの遺品が無くなってしまったらと思うと怖いんよ。」父の部屋は内壁の修理を諦め、外壁のみ修理することにしました。母から家の修理の承諾を受けましたので、さっそく修理業者を探すことにしました。業者は30社くらい問い合わせましたが、どこも1年待ちとの回答があり、見積もりさえしてくれない状況でした。仕方なく順番待ちをすることにしました。修理費の概算が知りたかったので、知り合いの業者に見積もりだけお願いしたら、建て替えを強く勧められてしまいました。応急処置で300万~400万くらいのとことでした。。。がんで闘病している母に心配ごとを増やしてしまうので、どう伝えようかをとても悩みました。しかし、家の修理は隠しようがないので、高額な修理費用が発生することを伝えたところ、母は父の部屋を1年くらい修理できないことを知って、母は裁判終わるまで家を修理しなくて良さそうだととても喜んでました。母の裁判への強い執念を感じました。家の修理は二の次で良いと思っていたみたいでした。私は父には悪いが、母の生活環境を優先させたかったのですが。。。修理業者はいないし、応急処置のお金はないし、市の支援は5万円(一部損壊判定のため)だったので、どうしてよいか途方にくれてました。とりあえず、修理業者の順番が来るまでに400万を用意すれば良いことがわかりましたので、国の支援の追加発表を期待することにしました。。。母の心配ごとは増えなかったのですが、私の心配ごとが増えました。こんなことになるなら、自分で裁判せずに弁護士にお願いしておけば良かったと後悔しました。
※過去に訴訟で起きた出来事を思い出して記事にしています。法務局から連絡待ちしていた時、法務局から”訴訟代理権消滅通知書”が届きました。訴訟代理権消滅通知書というのは法務局の担当者が代わるというお知らせです。この通知書を受け取ると、法務局と地方裁判所に受取の連絡が必要になります。法務局の担当者が代わるだけの連絡なので、あまり気にする必要はありませんが、この通知書が届くと、以下の作業が必要になってしまいました。①法務局から簡易書留で封筒が届くが、不在で受け取れず(仕事で受け取れないため) → ようやく和解の連絡が来たのかと思う②簡易書留を郵便局に受け取りに行く③郵便局で中身を確認する → ”訴訟代理権消滅通知書”でガッカリする。。。④法務局と地方裁判所に受取の連絡をFAXで送る ※通知書の受取の連絡が遅れると、法務局の担当者が作業できないかと思い、 最優先で連絡を送るようにしてました。訴訟代理権消滅通知書は1年で合計3回も届きました。。。法務局の担当者の入れ替わりが激しいので、父の裁判は引継ぎを繰り返すだけで進んでないのではないかと思い、とても不安になりました。そして、通知書が届くたびに、まだ証拠書類を確認してないのかと落ち込んでました。。。
※過去に訴訟で起きた出来事を思い出して記事にしています。裁判については全くの素人なので、自分で裁判するのに必要な知識を考えました。 ・裁判の知識 ・証拠書類の知識 ・B型肝炎の知識裁判所、法務局、厚労省のサイトを確認すれば、裁判の概要を把握することができました。地方裁判所の担当者と会話が成立するレベルで”良し”としました。次に、困った時に相談するところを考えました。 ・厚生労働省 電話相談窓口 ・弁護士ドットコム※上記のアドレスはブックマークしてます。念のため、自分で解決できなかった場合も考えました。 ・法律事務所の弁護士に相談する ・法律事務所の弁護士に委任する ※裁判中でも契約できることは確認済み確認結果から、弁護士を立てずに自分で裁判することは可能であると判断しました。理由は、この裁判は”基本合意”しており、国と争う必要はありませんでした。証拠書類を論理的に説明する自信がありましたので、必ず和解できると思いました。母に、自分で裁判すること を伝えると、とても怒らせてしまいましたが、”困ったら弁護士に委任する”条件で承諾してくれました。母と話した後、母の頑張りを知っているだけに、とてつもないプレッシャーを感じました。母の承諾を得たので、地方裁判所と法務局に自分で裁判することを伝え、家族代表を母から私に変更を依頼しました。後は、A法律事務所に、契約解除後は”①自分で対応する”を選択したことを連絡して、預けていた資料の返却を依頼しました。後日、A法律事務所から資料が返却されました。中身は預けていた資料と提訴した証拠書類でした。残念ながら、A法律事務所は契約解除となりましたが、解除手続きを真摯に取り組んでくれたので、トラブルなく解除できました。
※過去に訴訟で起きた出来事を思い出して記事にしています。ニュースから1か月経った頃、A法律事務所から契約解除の連絡がありました。A法律事務所との契約解除後、裁判について以下の対処から選択する必要がありました。 ① 自分で対応する ② 別の法律事務所の弁護士に委任する ③ A法律事務所に所属する弁護士に個人として委任する※①、②の場合は資料を返却してくれる。③の場合は資料を引き継いでくれる。この時、母は訴訟で心身を酷使させたせいか、健康診断の精密検査で”がん”の疑いが見つかってしまいました。。。母は更なる精密検査を受けたくないって暴れてましたので、家族は裁判のことを考える余裕がありませんでした。当然、母も弁護士を探せる心境ではありませんでした。母にこれ以上の心配ごとを増やさないために、私が母から引き継いで裁判を進めることになりました。(母は納得してませんでしたが、ファミリーSTOPとなりました。)裁判は和解までに”追加資料の提出”、”国との協議”の可能性がありました。②の別の法律事務所を探すことが良いと考え、以下を満たす法律事務所を探しました。 ・敏速に裁判を終わらせる可能性がある ・直接弁護士に会って相談できる ※電話相談は無理と思っていたため ・弁護士費用を安く抑えれる ※母の医療費とA法律事務所の実費を確保するため ・医学的知識が豊富である ※追加資料、国との協議 対策のため条件を満たす3件の法律事務所に電話相談しました。確認結果はほぼ同じで以下の通りでした。 ・裁判中の契約でも弁護士費用は同じ (通常費用から割引なし) 但し、A法律事務所から請求があった場合は差額のみ請求する ※A法律事務所の費用精算の方針が不明だったので、上記のような条件となりました。 ・契約はいつでも可能 (特に契約期限なし) ・裁判は遅延がないように引継ぎをしてくれる弁護士費用の2重払いがないことを確認できたので、一番印象が良かったXXX法律事務所に契約しようと思いましたが、”いざ契約するぞ”って時にとても嫌な感じがしました。。。XXX法律事務所は、弁護士の印象が良く、CMや広告が多く、説明会を頻繁に開催しており、弁護士費用を抑えているので、人気があり多くの訴訟を抱えているだろうと思いました。父の訴訟は、医療記録(カルテ)が十分でなく、和解が難しいと思うので、後回しにされて和解まで時間がかかりそうな気がしました。。。そこで、敏速に裁判を終わらせるためには、自分で裁判するのが確実だと考え、①の自分で裁判することを検討することにしました。
※過去に訴訟で起きた出来事を思い出して記事にしています。提訴してから半年くらい経った頃、A法律事務所の業務停止により全ての契約は解除になるとニュースがありました。母は、このニュースを見て愕然として、裁判はどうなるのかと困惑しておりました。そこで、母の代わりに私が状況を確認することにしました。まずは、A法律事務所に状況を確認しようと思いましたが、電話は繋がりませんでした。次に、地方裁判所に裁判の状況を確認することにしました。地方裁判所はA法律事務所から連絡があったようで、状況を把握されてました。地方裁判所で以下の内容を確認しました。 ・裁判は中断されているのか。継続されているのか。 回答: 裁判は継続しています。 ・裁判所から連絡ある時は何処にするのか。 回答: 家族代表である母に連絡します。 ・いつまでに別の弁護士を立てる必要があるか。 弁護士を立てない場合はどうなるのか。 回答: 弁護士の期限はありません。弁護士を立てられたら連絡ください。 弁護士を立てるまでは本人訴訟となります。 ・証拠書類の進行状況はどうなっているのか。 回答: 法務局に問い合わせてください。その次に、法務局に証拠書類の進行状況を確認することにしました。法務局もA法律事務所から連絡があったようで、状況を把握されてました。法務局では以下の内容を確認しました。 ・証拠書類の進行状況はどうなっているのか。 回答: 厚生労働省の確認待ちとなります。提訴から1年くらいで結果が出ると思います。 ・法務局から連絡ある時は何処にするのか。 回答: 家族代表である母に連絡します。 ・いつまでに別の弁護士を立てる必要があるか。 弁護士を立てない場合はどうなるのか。 回答: 弁護士を立てる立てないは自由です。弁護士を立てられたら連絡ください。確認結果から、裁判は継続しておりましたので、厚生労働省の確認までに代わりの弁護士を立てれば良いことがわかりました。A法律事務所から提訴資料が返却されるまで、別の法律事務所に相談することができないと思い、A法律事務所と連絡取れるまで様子見することにしました。母に、裁判が継続していること、別の法律事務所を探すこと を伝えると安心しておりました。母はA法律事務所へ送った資料が返却されるのか心配で眠れなかったと言ってました。。。
※過去に訴訟で起きた出来事を思い出して記事にしています。”慢性肝炎”で提訴することを決めてから、数日後に思いがけない吉報がありました。母から家族に”肝がん”に変更して提訴することになったと連絡がありました。家族は、母が諦めきれず、医師に協力をお願いして、協力を得たんだと思いました。母に確認したところ、あれから医師に協力はお願いしてないとのことでした。母から家族に”肝がん”に変更になった経緯を説明してきました。母:「お父さんの夢を見たんよ。お父さんと話しかけても何も反応ないんよ。 そんで一方向をじっと見よるんよ。お父さん何を見てるんって聞いたところで夢が覚めた。」母:「目が覚めて、そん時思ったんよ。お父さんが何かを伝えようと出てきたんやと思って、 何気にお父さんのタンスを探っていたら、健康診断の精密検査結果の書類が出てきた。」母:「A法律事務所にその書類を確認してもらったら、証拠になるから”肝がん”で提訴できる と言われたから、”肝がん”での提訴をお願いしたんよ。」この話を聞いて、”奇跡”としか言いようがないことが起きたんだと思いました。父は医療記録を保管せずに、全て破棄してましたので、書類が残っていることに驚きました。おそらく、この書類は、父が感染していることがわかった時、家族に相談できず悩み、隠していた書類と思われます。なので、父がどうしても伝えたくて、母の夢に出てきたのかなっと思ってしまいそうでした。それから、2か月くらいして、A法律事務所から”肝がん”で提訴したと連絡がありました。母はようやく納得のいく提訴ができたことで、少し穏やかな顔になったように思いました。
※過去に訴訟で起きた出来事を思い出して記事にしています。A法律事務所から母に提訴について以下の連絡がありました。 「”肝がん”で提訴することはできないが、”慢性肝炎”なら提訴することはできます。 ”慢性肝炎”での提訴をご家族でご検討お願いします。」という内容でした。母から家族に”慢性肝炎”の提案を相談したいと連絡がありました。父は”肝臓がん”で亡くなっているのに、”慢性肝炎”で国と和解したとしても、父の無念を晴らし、家族の苦しみが和らぐことができるのかと困惑してしまいました。家族でこの提案に対して以下の対処から選択する必要がありました。・”慢性肝炎”の提訴を進める・”肝がん”で提訴できないかを他の法律事務所に相談する次に、他の法律事務所に変更した場合のリスクを考えました。・”肝がん”で提訴できるとは限らない・A法律事務所との解約金が発生する家族でいくら話てもまとまらなかったので、母に判断を委ねることになりました。母は家族に決断した考えを説明してきました。母:「お父さんには悪いけど、A法律事務所にはとても感謝しているので、 ”慢性肝炎”での提訴を受け入れようと思う。他の法律事務所に変更したら罰が当たる。」家族は一番辛い思いをしている母の決断に従うことにしました。母はすぐにA法律事務所に”慢性肝炎”での提訴を進めるように依頼しました。母のなんともやりきれない気持ちが伝わってきました。。。
※過去に訴訟で起きた出来事を思い出して記事にしています。母は体調が回復したので、A法律事務所に再開の連絡と考えてもらっていた”対策”を確認することにしました。A法律事務所の”対策”は”もう一度、医師に協力をお願いしよう”という内容でした。再度、母は A病院、B病院、C病院 で医師に協力のお願いするが断られてしまいました。母だけでなく、電話でA法律事務所から直接医師にお願いしても断られました。仕方なく、医療記録が残ってなかったA病院とC病院に破棄証明書を発行してもらい、全ての病院の医師の協力は諦めざる得ませんでした。この破棄証明書をA法律事務所に送りチェックをお願いしました。A法律事務所から全ての資料が揃ったので、提訴可能か否かを検討すると連絡がありました。母から家族に訴訟は絶望的な状況であると連絡がありました。これほどまでに医師から協力を拒まれるとは思ってなかったので、母はとても落ち込んでしまいました。家族は母の頑張りを見ていたので、母を励ますことしかできませんでした。この時は資料の収集を始めてから2年くらい経ってました。。。
※過去に訴訟で起きた出来事を思い出して記事にしています。A法律事務所から医療記録(カルテ)を集めてくださいと連絡がありました。母に確認したところ、父は、A病院、 B病院、 C病院 を利用していたことがわかりました。 ・A病院: かかりつけ医のいる病院 ・B病院: 肝臓がんを手術した病院 ・C病院: 手術後に闘病した病院B病院のみ医療記録が残ってましたので、B病院の医療記録を入手することができました。この医療記録を持ち帰り、A法律事務所に送りチェックをお願いいたしました。A法律事務所から、この医療記録では証明することができないので、医師に協力をお願いする必要があると連絡がありました。母は、A病院、 B病院、 C病院 で医師に協力をお願いしましたが、全ての病院で医師は”協力できない”と回答がありました。A法律事務所に医師の協力を得られないことを連絡し、対策を考えてもらうことになりました。母はA法律事務所から対策の連絡を待つことになりました。そんな時、救急病院から母が入院しているので、面会に来てくださいと連絡がありました。母は精神的疲労で体調を崩して倒れてしまいました、療養する必要があるとのことでした。母はA法律事務所に状況を説明して、療養が終わるまで収集を待ってもらうことになりました。この時から高齢の母の体が悲鳴を上げだしてきました。。。
※過去に訴訟で起きた出来事を思い出して記事にしています。A法律事務所から父が満7才までの戸籍と相続の戸籍を集めてくださいと連絡がありました。母に確認したところ、以下の資料を集める必要があるとのことでした。 ・戸籍の附表 ・除籍謄本 ・改正原戸籍父の本籍地は、母の家から新幹線で片道2時間かかり、市役所は平日しか業務してません。母は市役所に電話して書類を取り寄せようと考えてましたが、市役所の方に意図が伝わらなかったので、直接市役所に行って書類を集めることにしました。母は市役所で状況を説明して、”戸籍の附表”、”除籍謄本”、”改正原戸籍”を要求しましたが、”戸籍の附表”は破棄されているため、ありませんとのことでした。”除籍謄本”と”改正原戸籍”のみを持ち帰り、A法律事務所に送りチェックをお願いしました。A法律事務所から”戸籍の附表の破棄証明書”と”小学校の卒業証明書”を追加で集めてくださいと連絡がありました。再度、母は市役所に行き、”戸籍の附表の破棄証明書”を発行してもらいました。その後、小学校に行き、”卒業証明書”も発行してもらいました。この資料を持ち帰り、A法律事務所に送りチェックをお願いしました。再度、A法律事務所から”戸籍の附表の破棄証明書”の内容が期待していたものでないので、再度入手して送ってくださいと連絡がありました。再々度、母は市役所に行き、電話でA法律事務所から市役所に直接連絡して頂き、”戸籍の附表の破棄証明書”を発行してもらいました。戸籍に関する資料は、無事に揃えることができましたが、母は仕事を調整して休んで市役所に行ってましたので、6か月くらいかかりました。”戸籍の附表”に関してはA法律事務所の手際の悪さを感じました。”戸籍の附表”は破棄されていることを予測できたのに、破棄された場合の連絡がありませんでした。しかも、破棄証明書の期待する形式があるならば、事前に連絡ほしいものでした。母から順調に資料を収集できていると連絡がありました。資料の収集を始めて1年くらい経って、ようやく70%の資料を収集することができました。
※過去に訴訟で起きた出来事を思い出して記事にしています。突然、伯父から訴訟に協力すると申し出がありました。諦めない母の熱意がついに伯父に伝わったんだと思いました。母は夢を見てすぐの申し出だったので、父が伯父にお願いしてくれたのかなと言ってました。さっそく伯父にB型肝炎ウイルスの血液検査をお願いしました。後日、伯父から検査結果は”感染してない”と連絡がありました。この検査結果で父が”母子感染でないこと”を証明することができました。次に、父が”満7才までに集団予防接種を受けていること”を証明するためには、母子健康手帳 又は 市町村の予防接種台帳 で確認する必要がありました。どちらも残っておりませんでしたので、代わりに伯父の集団予防接種の痕と伯父の陳述書が証拠になるとのことでした。伯父に協力をお願いしたところ、伯父は快く引き受けて頂き、資料を作成して頂きました。この資料で父が”満7才までに集団予防接種を受けていること”を証明することができました。母は、伯父の協力が必要な資料が全て揃いましたので、伯父に感謝の気持ちを伝えました。資料の収集を始めて半年くらい経って、ようやく半分の資料を収集することができました。
※過去に訴訟で起きた出来事を思い出して記事にしています。父が”母子感染でないこと”を証明するためには、祖母がB型肝炎ウイルスに感染してないことを確認する必要がありました。祖母は20年以上前に亡くなっており、生前の血液検査結果も残ってませんでした。そこで、伯父は健在なので、伯父が血液検査で感染していないことを確認できれば、祖母が感染してない証拠になるとのことでした。伯父とは父が亡くなってから、付き合いが薄くなってましたが、伯父に協力をお願いする以外の方法はありませんでした。母は伯父に直接会って、訴訟の経緯の説明と資料収集の協力のお願いをしました。伯父の回答は”協力できない”とのことでした。母は訴訟を諦めることができなかったので、平日は仕事をしながら、A法律事務所の方と相談し、休日は伯父にお願いしに行く 生活をしてました。その生活が3か月過ぎたころに、母から私に弱い声で電話がありました。母:「伯父にどうしても協力してもらうことができない。」私:「私からも伯父に協力をお願いしようか?」母:「親戚付き合いしてないのに、困った時だけ頼っているお母さんが悪いんよ。」 「だから、お母さんが伯父さんに協力をお願いしないといけんのよ。」伯父の家は母の家から新幹線で片道2時間かかるので、母は休日に休めてないようでした。母は日を重ねるごとに疲れていっているように見えました。そんな時、母から父の夢を見たと連絡がありました。。。母は夢の中で 父は笑っていた と嬉しそうに話してました。母はその夢で元気を取り戻したように見えました。家族は頑張っている母をただ応援するしかありませんでした。
※過去に訴訟で起きた出来事を思い出して記事にしています。A法律事務所から家族代表である母に必要資料の説明資料が届きました。母に確認したところ、以下の資料を母が集める、A法律事務所はサポートするとのことでした。 ・母子健康手帳 ・戸籍に関する資料 ・医療記録(カルテ)この話を聞いた時、母子健康手帳はないし、戸籍、医療記録(カルテ)は保存期間が過ぎて破棄されてるので、何も収集するものがないと思いました。これは間違いで、母子健康手帳は代わりの証拠、戸籍は破棄証明書、医療記録(カルテ)は代わりの証拠 を収集することが必要になることがわかりました。弁護士にお願いすると、代わりの証拠が出てくるものなのかなと不思議に思いましたので、母には困ったら私に相談するように伝えました。母はA法律事務所がサポートしてくれるので、全く不安を感じてないようでした。この時は資料収集のやる気に満ち溢れた感じがしました。
※過去に訴訟で起きた出来事を思い出して記事にしています。母から家族にA法律事務所に契約するので集まってほしいと連絡がありました。母は家族の同意を得たので、A法律事務所に何度か電話相談してました。母がA法律事務所に決めた理由は以下の通りだそうです。 ・父はB型肝炎ウイルスによる死亡で訴訟できそうと言われた。 ・CMのイメージが良く、知名度があるので安心できそう。 ・弁護士費用は和解後の給付金受け取りまで払う必要がない。A法律事務所とは、家族全員で契約する必要がありましたので、母から家族に契約内容の説明がありました。他の法律事務所と比較する時間もなく、A法律事務所との契約の日が来てしまいました。A法律事務所のHPを確認して問題なさそうだったので、契約することになりました。契約は、弁護士から電話で契約内容の説明と家族全員に意思確認がありました。あとは、契約書類をA法律事務所に送付して契約は完了しました。契約の重要な内容は以下の通りでした。 ・父のB型肝炎ウイルスによる死亡で訴訟を目指す ・成功報酬:8%(実質4%) ・依頼者側解約はA法律事務所で契約から解約までの費用を請求する ※↑費用の計算方法を確認したが、計算方法はなかったので、不安を感じました。法律事務所との契約を初めてしましたが、弁護士に会わずに契約してしまったので、これは普通のことなのかな。騙されてないかな。としばらく不安の日々を過ごしました。。。A法律事務所との契約を急いでしまったのは、母がすぐにでも訴訟したかったようでしたので、母の気迫に負けてしまったからだと思います。
※過去に訴訟で起きた出来事を思い出して記事にしています。母から家族に相談したいことがあると連絡がありました。実家に行くと家族が集まっていました。母は真面目な顔で家族にお願いしてきました。母:「お父さんのB型肝炎訴訟をしたい。 訴訟は迷惑かけないように一人でするから、みんなには同意してほしい。」この話を聞いて、自分はポカーンとして、何を言っているか理解できませでした。父は肝臓がんで亡くなったが、恥ずかしながらB型肝炎ウイルスが原因だと知りませんでした。母は黙っている家族に訴訟する理由を説明してきました。母:「A法律事務所のCMを見て、B型肝炎訴訟するぞって気持ちになった! 和解できなくても、やらないと後悔するから!」母:「お父さんはB型肝炎ウイルスに感染して、毎日つらい日々を送っていたんだよ。 お父さんの無念を晴らしたい。そして、国に謝罪してほしい!」家族は反対する理由がないので、母の訴訟を応援することになりました。この日から温厚な母の顔から笑顔がなくなったように思います。
B型肝炎訴訟を令和元年7月に本人訴訟で国と和解することができました。B型肝炎訴訟すると決断してから和解までの期間は約5年もかかった。。。父は17年前にB型肝炎ウイルスによる肝臓がんで亡くなっていたので、医療記録(カルテ)が残ってない、戸籍が残ってない状態でした。さらに、母子手帳、予防接種台帳も残ってません。この状況で訴訟はムリそうだとあきらめてましたが、母が父の無念を晴らしたいっと熱く語ったので、弁護士に相談することになりました。この母の執念でこれから語る訴訟から和解までに多くのトラブルがありましたが、無事に和解することができました。和解するまでの道のりで母はとても苦しみ、疲れはてました。高齢の母にはとてもきつかったんだと思います。弱っていく母を見て、この訴訟はするべきじゃなかったと何度も後悔しました。でも、母はやめたくないって聞きませんでした。この母の壮絶な和解までの道のりを記録に残したいと思いました。母の頑張りを見ていただけなので、細かい記録は残ってませんが、思い出してブログを書いていきたいと思います。このブログがB型肝炎訴訟を検討する人に参考になれば幸いです。現在母はがんで闘病中なのですが、生命保険の外交員を頑張っております。母は高齢なのでリタイヤしてほしいのですが、生命保険でもっと人の役に立ちたいと言って、この仕事をとても生きがいにしているようです。