2020年10月8日木曜日

【裁判傍聴記】家庭裁判所の離婚裁判の判決は原告側の夫の逆転敗訴でした

 家庭裁判所で離婚訴訟の判決言い渡しを傍聴しました。この訴訟の原告は夫で、被告は妻でしたが、被告である妻側から反訴請求として離婚請求と損害賠償請求が提訴されていたものです。判決当日は、原告、被告側ともに当事者も代理人も出廷しませんでしたが、当事者・代理人不在でも裁判長は判決を言い渡します。結果、被告側の妻の逆転勝訴でした。原告である夫は完敗でした。

資料画像(by pixabay)

2020年8月25日火曜日

「里の駅大原」には地元大原や近郊の農家で採れた旬の新鮮野菜と杵つきのお餅などが並んでいます

大原は、京都市の北東部にあって「三千院」「寂光院」などの有名なお寺もあり、全国的に有名な観光地ですが、それだけでなく山里の景色も、春の桜から初夏の青もみじ、秋の紅葉、冬の雪景色と四季折々様々な景色を楽しむことができる山里です。「里の駅大原」は、大原の里や近郊農家で採れた旬の新鮮野菜や京野菜が並べられ、京都の有名レストランのシェフや、隣接する滋賀県からのお客さんが絶えず訪れ、また大阪や神戸方面からもわざわざ買い求めに来ています。駅構内で作られている杵つき餅もよもぎ餅やしそ餅もあり、人気商品となっています。

里の駅 大原

2020年8月9日日曜日

日本初の水力発電所「蹴上発電所」を建設し、京都に日本初の市街電車を走らせた「高木文平」の生家跡を訪ねました

「高木文平」は、京都電気鉄道を設立し初代社長を務め、京都市内に日本初の市街電気鉄道を走らせました。文平の偉業はこれだけでなく、琵琶湖疎水の工事には当初から関係し、田辺朔郎とともにアメリカに渡って水力発電技術を持ち帰り、日本で初めての水力発電所「蹴上発電所」の建設にも尽力して、発電した電力を電気鉄道の動力源とするなど日本の近代化に大きな礎を残しました。その後も宇治川発電所の建設にも尽力して「電気王」と称されました。

高木文平生家前に立つ頌徳碑

2020年8月6日木曜日

京都寺町今出川上ルの「阿弥陀寺」には本能寺の変で散った織田信長父子と森蘭丸等家臣の本廟があります

「阿弥陀寺」の開基「清玉上人」は、幼少の頃に母を亡くし尾張の織田家に育てられました。仏門に入った清玉上人は、やがて近江国坂本で阿弥陀寺を開基しました。その後、清玉上人は「織田信長」の帰依もあって、京都の今出川大宮付近に阿弥陀寺を移転しました。織田家と信長に対し、幼少以来の恩義を感じていた清玉上人は、本能寺の変の一報を聞くやいなや、すぐさま本能寺に駆け付け、信長父子と家臣達の亡骸を隠して持ち帰り、阿弥陀寺の墓所に葬って手厚く弔いをしたということです。その後、豊臣秀吉の京都の都市計画で阿弥陀寺を当地に移転した際にも、信長父子と家臣達の廟を大切に移転して、現在まで手厚く供養しています。

総門前の「織田信長公本廟」の石標

2020年8月3日月曜日

【滋賀県高島市の大溝城遺跡】 大溝城は織田信長の甥の信澄が明智光秀の縄張(設計)で築城しました

滋賀県高島市の高島病院の駐車場の離れに「大溝城跡」があります。「大溝城」は現在では天守跡の石垣が残るのみです。織田信長は、琵琶湖西岸の高島郡を支配する拠点として、また京と北陸諸国の交通の要衝としての護りとして、さらに湖上交通の要としてこの地を押さえるため、甥(弟信勝の嫡男)の「織田信澄」に命じて、ここに「大溝城」を築城しました。信長は「大溝城」の縄張(設計)を、近江坂本に「坂本城」を築城して拠点としていた、また知将としても知られた「明智光秀」に命じました。

大溝城跡

2020年8月1日土曜日

【裁判傍聴記】争点は息子さんが主犯か従犯かという点で、有罪か無罪かではありません。勘違いしないように。

被告人は、仲間内で「質屋ダッシュ」と呼んでいる質店での窃盗事件で、質店への事前の下見を行いました。被告人は、その後に仲間の実行犯2人が、質店から品物を窃取して逃げてくるのを、車で待機するという役割も担いました。この事件で検察側は、共同共謀正犯を主張しますが、弁護側は窃盗ほう助を主張します。弁護側情状証人に立った被告人の父親は、息子は仲間に騙されたと主張しましたが、裁判長は「争点は息子さんが主犯か従犯かという点で、有罪か無罪かではありません。勘違いしないように。」と厳しくたしなめました。

ファイル:質屋の暖簾P2179691.jpg
資料画像(by Wikipedia)

2020年7月28日火曜日

「道の駅 藤樹の里あどがわ」は高島の名産品と特産品、農産品、伝統工芸品が凝縮された道の駅です

滋賀県高島市安曇川町の「道の駅 藤樹の里あどがわ」は、国道161号線沿いの関西地方と北陸地方を結ぶ交通の要衝の地に店を構えているという好立地と、地域の名産品と特産品の販売に力を入れている点もあって、2014年には年間利用者数が約88万人あったということで、滋賀県下の道の駅でNo.1になりました。鯖寿司やへしこ、鮎の佃煮などの地場ならではの味の特産品は、北陸方面からの旅行や仕事帰りの人たちのお土産として人気を集めています。

道の駅 藤樹の里あどがわ

2020年7月27日月曜日

京都市南区吉祥院の「吉祥院天満宮」は数ある天満宮のうち日本最古に創建された天満宮です

学問の神様「菅原道真公」をご祭神としてお祀りする天満宮は、全国に約1万2千社あると云われていますが、「吉祥院天満宮」はその中で最も古くに創建された天満宮です。「吉祥院天満宮」が鎮座しているこの地は、京都の中心からは少し外れた住宅街の中の、あまり目立たない位置にありますが、ここは平安京遷都の際に桓武天皇に随行してきた道真公の曽祖父が、領地を与えられて邸を構え、後に道真公が生まれ育ったという由緒ある地です。

金のなで牛・くぐり牛

2020年7月20日月曜日

「本多神社」の祭神は膳所藩主の本多家四柱、境内の稲荷山古墳の石室には子授地蔵が安置されています

滋賀県大津市御殿浜の「本多神社」には、膳所藩で最も長く藩主を勤めた本多家の累代四柱が御祭神として祀られています。本殿は旧膳所城の瓦ヶ浜御殿の跡に鎮座し、境内は紫陽花の花が咲き乱れていました。また境内には2基の円形古墳が現存し、その内の一基稲荷山古墳の石室には、鎌倉時代に造られた「子授地蔵」が安置され、山上には「広鶴稲荷」が鎮座しています。境内近くには、幕末の動乱に散った尊王攘夷派の膳所藩十一烈士を祀る「丹保之宮」があります。

本多神社境内古墳の紫陽花の花

2020年7月18日土曜日

【裁判傍聴記】奥さん、被告人を監督するうえで覚醒剤は再犯するということを知っておいて下さい

被告人は、平成17年に覚醒剤所持で執行猶予付きの有罪判決を受けました。その後は覚醒剤には手を出していなかったのですが、3年前に仕事の関係で知り合ったAから、仕事の手伝いにと元暴力団員のBを紹介されました。そしてBと一緒に行った現場仕事の帰りの車の中で、親しくなったBが実は覚醒剤の売人をしていることを知り、Bからすすめられるままに、またもや覚醒剤に手を出してしまいました。その後は芋づる式に次々とBから覚醒剤を購入し、令和2年2月コンビニの駐車場で覚醒剤を入手したことが発覚し逮捕されました。

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