タイトル 少年T


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「この子が菜々子ちゃん?」
 あの時と同じだった。両親のいない日で、家には僕と姉だけだった。ただ、姉といっても、いま傍にいるのは菜々子お姉ちゃんではない。
 8月31日、夏休み最後の夜だ。僕は笹谷順平くんの姉である夫佐子さんを自分の家に招いていた。そして僕はつい先ほど夫佐子さんとSEXをした。なんとなく予想はしていたけど、夫佐子さんはやっぱり処女だった。
 17歳で高校2年生の夫佐子さんの「初めて」を、小学6年生で12歳の僕が貰ったのだ。もっといえば、僕も女の人の中におちんちんを入れたのは初めてだった。
「うん。城崎温泉に行った時の写真やねん。お姉ちゃんはまだその時、小6だった」
 僕はベッドの中で、エッチを終えたばかりでまだ裸の夫佐子さんにくっつきながら言った。当然、僕も裸のままだ。こうやって夫佐子さんのスベスベとした生肌に触れているだけで、夢のようだ。菜々子お姉ちゃんともよくこうやって裸でくっついていたから、懐かしい気持ちにもなった。
「そっかぁ。ねえ、友彦君はこれ、緊張してるん? 仏頂面になっているけど」
 ほんの10分ぐらい前まで夫佐子さんは僕に犯されるみたいにおちんちんで突かれて「痛い」と泣きべそをかいていたけど、済んでしまえば何事もなかったかのように、意外とケロリとしていた。僕に「菜々子お姉ちゃんの写真を見せて」と言ってきたので、勉強机の上に飾ってあった家族写真を持ってきてあげると、興味津々にいろいろと聞いてくる。
「仏頂面?」
「うん。菜々子ちゃんは笑ってピースもしているのに、友彦君は全然笑ってないやん。なんか不機嫌そうにムスッとしているやろ。こういうのを仏頂面って言うんや」
 夫佐子さんはベッドに寝ころんだまま、写真の中の僕を指さす。SEXをする時に蛍光灯を消して、オレンジ色に光る豆電球のみにしていたから、部屋の中は少しだけ明るい。それに目が慣れてきているせいか、夫佐子さんは写真の中の人物の表情がちゃんと見えているようだ。
「緊張してたのかもしれない。だって、家族みんなで写真を撮るなんてこともあまりなかったから。でも、めっちゃ楽しかったんやで」
 僕は夫佐子さんの覗き込む写真を一緒に見ようと、さらに顔を近づけた。すると、夫佐子さんはちらりと僕のほうを見てきた。豆電球のみの明かりだけど、夫佐子さんの綺麗な顔の輪郭や整った目鼻立ちをあらためて確認し、僕は今更ながらドキッとした。
 こんな美人の年上の女の人とエッチなことを最後まで出来たのだ。それはとても感動的なことだけど、まだどこか現実味がなくて、僕はふいにここが自分の部屋であることも忘れてしまいそうだった。
「良かった。楽しかったんやね」
 夫佐子さんは僕の言葉に対して、軽く口元を緩めた。それから再び写真の中の菜々子お姉ちゃんに視線を戻して、「可愛いお姉ちゃんやね」と独り言のように呟いた。


 夫佐子さんには、僕と菜々子お姉ちゃんの関係を打ち明けていた。僕が夫佐子さんの秘密を知り、それをネタに脅し始めて間もない頃だ。
 夫佐子さんの秘密とは、弟の順平君の精液の匂いを嗅いで、オナニーしていたことだ。正確には順平君が夫佐子さんのパンツを盗んでオナニー射精していたことに始まる。夫佐子さんはそのことに気づきながらも知らない振りをしていたけど、そのうち、弟のものとはいえ、精液の匂いに興味を持って、ということだった。
 僕はたまたま夜に順平君の家へ立ち寄った時、バラック小屋の裏手にある洗濯機の前で、オナニーに耽っている夫佐子さんを目撃した。
 僕は以前から順平君がお姉ちゃんの下着に悪戯をしていることも知っていた。だから、この姉弟の間にも、僕と菜々子お姉ちゃんと似たものがあるように感じた。
 そもそも僕は──菜々子お姉ちゃんがこの世からいなくなってから、頭がおかしくなっていた。
 学校でも家でも「汚いもの」を見られるように苛められて、独りぼっちだった。僕には死ぬ勇気などなかったけど、それでも「死にたい」と思ってばかりの毎日だった。
 そんな時、「焼却炉からの冒険」を通して、僕は順平君と仲良くなった。順平君は僕と同じ男子とは思えないぐらい綺麗な顔立ちをした美少年だった。だけど性格は僕と似ていて気弱で大人しくて、いつも周りの視線に怯えていた。
 僕はそんな順平君を好きになった。男が男を好きになるなんて変だと分かっていたけど、放っておけない気持ちになった。その気持ちは菜々子お姉ちゃんの代わりとかでもなかった。どっちかというと、順平君は僕の理想であった。順平君が楽しそうにしていれば、僕も自分のことのように嬉しくなる。
 順平君の家は正直貧乏で、ゲームや漫画もほとんどなかった。だから僕は順平君が欲しそうなものを持っていっては、「ここに置いといてよ」という理由で、プレゼントしていた。
 やがて僕は順平君の一番欲しいものを知った。順平君は小さい頃から母親のように面倒を見てくれる姉の夫佐子さんに対して、憧れのようなものを抱いているようだった。
 順平君が夫佐子さんのパンツを穿いてオナニーしていたのは女の人への好奇心というよりも、夫佐子さんになりたいという願望のように思えた。
 その願いを叶えてあげたくて、僕は順平君を夫佐子さんのように扱って、犯した。
 ドブ臭い天神川が傍を流れるバラック小屋の中で、僕と順平君は汗まみれになって、男同士なのに男と女の真似事をするようになった。
 夫佐子さんの秘密を知ったのもその頃だ。夫佐子さんに対しては、僕はそれこそ菜々子お姉ちゃんの面影を見ていた。僕自身、菜々子お姉ちゃんのパンツに射精した経験があっただけに、弟の精液の匂いを嗅いで興奮している夫佐子さんの姿は衝撃的だった。
 同時に、菜々子お姉ちゃんももしかしたら、僕の精液の匂いを嗅いでいたのかもしれないと、にわかに思いを馳せた。
 僕があの時、あんなにも大胆に夫佐子さんに迫れたのは、菜々子お姉ちゃんを重ねていたからだ。
 いつも優しくて、僕のエッチなお願いを聞いてくれた菜々子お姉ちゃん。去年の夏、お父さんとお母さんが田舎に帰省していた5日間、僕は菜々子お姉ちゃんと何十回もキスをして、裸も見せてもらって、手や口でおちんちんをシゴいてもらった。女の人の穴におちんちんを入れる行為だけは許してもらえなかったけど、代わりに菜々子お姉ちゃんは太ももで挟むという疑似的なことをさせてくれた。
 菜々子お姉ちゃんも嫌ではなかったと思う。僕がオッパイを吸えばナヨナヨとした声で「気持ちいい」と言っていたし、オケケの生えた割れ目を舐める行為も最初こそ恥ずかしがるけど、すぐにヒクヒクとしゃくりあげるような声になって、オシッコとは違うネトネトとしたお汁をいっぱい垂らしていた。
 菜々子お姉ちゃんのように普段は真面目な女の人だってエッチなことは大好きで、ひとたび、敏感な部分を刺激されると、年齢とか姉弟とか関係なく、へなへなと脱力して身を任せてくれることを僕はすでに知っていた。
 だから夫佐子さんにも同じことをした。僕には珍しく自信もあった。菜々子お姉ちゃんはエッチなことをする時、僕にちょっと意地悪なことを言われると喜んでくれることがあった。やっぱり夫佐子さんも同じで、僕が意地悪な言葉を囁くと、急に女っぽい声になった。
 後に、夫佐子さんから「子供のくせに堂々としているからビックリした」と言われたけど、それは菜々子お姉ちゃんのおかげである。
 気づくと僕は夏休みの間に、順平君と夫佐子さんとそういう関係になっていた。ただ、菜々子お姉ちゃんのことを順平君には話せないでいた。
 一方、夫佐子さんには話しやすかった。というよりも、バレてしまったのだ。バラック小屋の裏手で夫佐子さんにエッチな悪戯をしている最中、僕は何度も「お姉ちゃん」と呼びかけていた。夫佐子さんにすれば、何か思いつめたような言い方だったみたいで、ずっと気になっていたそうだ。
 菜々子お姉ちゃんの話を打ち明けてから、夫佐子さんの態度が変わった。多分、同情してくれたのだと思う。姉と弟でそんなイケないことをしていたというのに気持ち悪がることもなく、むしろ、菜々子お姉ちゃんの代わりを務めてくれるようになった。
「見せたいものがあるから、うちに来ない?」
 夏休み最後の夜、僕がそういって夫佐子さんを誘った時もちょっと困った顔はしていたけど、結局は頷いてくれた。
 そして夫佐子さんは僕が菜々子お姉ちゃんと成し遂げられなかった最後の一線を、一緒に越えてくれた。
 かつて菜々子お姉ちゃんと抱き合ったベッドにいま夫佐子さんがいる。僕は泣きたくなるような懐かしさに駆られながらも、ふっと部屋のドアに目をやる。
 あのドアが開いた時の、地獄が脳裏によみがえってくる。
 


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「な、何やってんの……あんたたち」
 まさに絶句という表現がぴったりだった。僕は部屋の鍵をかけていたけど、母親が合鍵を持っているなんて知らなかった。
 鍵穴がガチャリと外れる音がした時はすでにどうしようもなかった。僕と菜々子お姉ちゃんはお互い裸になって、キスをしながらギリギリ入れないエッチの真っ最中だった。
 突然開いたドアの向こうには、懐中電灯を持った母親が立っていた。懐中電灯の光が、畜生道に堕ちた姉弟の裸体を浮かび上がらせていた。
 裸の姉の上にのしかかっている弟、その弟を受け入れるように両脚を巻き付けている姉。最後の禁忌は犯していなかったが、母親の目には姉弟で子作りをしている地獄絵図だったに違いない。
 その割には誰も悲鳴を上げなかった。ヒステリックな母親でさえもその場に呆然と立ち尽くし、菜々子お姉ちゃんも愕然とした表情で一度だけ僕にも聞こえるぐらいゴクリと唾を飲んだ。かくいう僕は情けないことに何一つアクションを起こせず、ただただどうしていいのか、すがるように菜々子お姉ちゃんを見つめていた。
 すべて僕の責任だった。両親が田舎から戻ってきた後も、僕は菜々子お姉ちゃんを毎晩のように、自分の部屋に呼んでいた。菜々子お姉ちゃんは「お父さんとお母さんに見つかるから、あかんよ」と何度も釘を刺していたけど、僕が泣きそうな顔でお願いすると渋々ながら、夜中にこっそり会いにきてくれた。
 今から思えば、菜々子お姉ちゃんは僕が学校で苛められていることを知っていたから、可哀想に思っていたのかもしれない。実際、あの日以来、僕は菜々子お姉ちゃんに完全依存していた。性欲処理といえばそうなのだが、菜々子お姉ちゃんは唯一、僕が近くにいても嫌がらない人だった。それどころか、裸で抱き合って唾液を交換するようにキスもしてくれるのだ。学校では「汚い」「臭い」と罵られている僕にとって、菜々子お姉ちゃんと過ごす夜は、全員から嫌われているわけではない、と実感できる時間でもあった。
「友ちゃん、お姉ちゃん、部屋に戻るよ」
 母親の持つ懐中電灯に照らされていたから、菜々子お姉ちゃんの表情がはっきりと見えた。
 菜々子お姉ちゃんは優しく微笑んでいた。
 これが菜々子お姉ちゃんの笑顔を見た最後だった。
 翌朝、菜々子お姉ちゃんは起きてこなかった。母親は何事もなかったかのように朝食を作っていた。昨晩のことは母親から父親の耳に入っているはずだけど、いつものように新聞を読み漁るばかりで、僕とは目も合わさなかった。僕は菜々子お姉ちゃんのことが気になって仕方なかったけど、異様なほど張りつめた緊張感に耐え切れず、ランドセルを背負うしかなかった。
 学校から帰ってくると、菜々子お姉ちゃんはいなかった。母親から「菜々子は今日からお祖母ちゃん家に行ったからね。これからはお祖母ちゃんのところから学校に通うことになったから」と教えられた。理由は聞くまでもなかった。
 僕が両親から菜々子お姉ちゃんとのことを聞かれることも一切なかった。
 僕は菜々子お姉ちゃんに謝りたかった。お祖母ちゃんの家に何度も電話をしたけど、菜々子お姉ちゃんはいつも不在だった。
 そこで両親に黙って、一人で田舎に行く計画を立てた。電車で片道3時間はかかるけど、お小遣いがあるから、なんとかなる。あとは、どこで逃げ出すかだ。朝学校に行く振りをして出かけるのも一つの手だけど、無断欠席では学校から家に連絡がいってしまう。かといって仮病を使っても、母親が家にいるから抜け出すのは難しい。
 休日が一番の狙い目だったが、菜々子お姉ちゃんがいなくなってから、母親はひたすら僕を監視するようになっていた。
 そうこうするうちに、信じられないことを母親から告げられた。
 朝、僕が学校に行こうと、玄関で靴を履いていると、
「残念だけど、菜々子お姉ちゃんね。昨日の夜、死んだのよ」
 足元で大地震が起こって、その場に到底立っていられないような感覚だった。
「……」
 僕は救いを求めるように母親を見た。その時の母親の顔は一生忘れることはない。普段から感情の起伏が激しく、菜々子お姉ちゃんからは「ヒステリック」と言われていた母親が、口元をいびつに歪めた表情で、目だけは穏やかに笑っているように見えた。
 菜々子お姉ちゃんは自殺だった。お葬式も身内だけで密やかに行われた。僕はあんなに会いたかったのに、棺桶に入った菜々子お姉ちゃんを一度も見ることが出来なかった。だから、いまも最後に菜々子お姉ちゃんを見たのは、懐中電灯に照らされたあの時の笑顔だ。
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「大丈夫?」
 僕がドアのほうを見ていると、夫佐子さんは心配そうに声をかけてきた。
「あ、うん……」
「ほんまに?」
「うん。あの……」
 僕はまだ夫佐子さんに言っていないことがあった。いつか口にしたいと思っていながら、到底叶うはずもない夢だと分かっているから、なかなか言い出せないでいた。
「なに?」
「いや、なんでもないです」
 結局、この時も言えず仕舞いだった。夫佐子さんは一瞬怪訝そうな顔をしたが、それ以上は突っ込まず、「そろそろ帰らなきゃ」と言ってベッドから起き上がった。
「また、家に遊びに行ってもいい?」
 僕も起き上がりながら言った。
 本当に言いたいことはこれではなかったが、また会いたいのも本音だった。
「……ええけど。順平のいない時ね」
 夫佐子さんは少しバツが悪そうな顔で答えた。夫佐子さんにすれば、僕は大事な弟の友達である。しかも、弟の同級生である、年下の男の子とこんな関係になっているなんて知られたら、夫佐子さんこそ、あの家にいられなくなる。
 ましてや僕は順平君ともただならぬ関係だ。そのことは夫佐子さんも知らないはずで、何か一つでも明るみになったら、それこそこの姉弟の人生も壊れてしまう。
「うん……」
 僕はまたしても同じ罪を犯そうとしているのだろうか。分かっているように頷きながらも、ベッドに腰かけて着替える夫佐子さんの白い背中を見ていた。そういう姿を見ていると、やはり菜々子お姉ちゃんを思い出してしまう。
 ふいに夫佐子さんが背中を向けたまま、話を始めた。
「あんな……私、知っている……」
「へ?」
「順平と友彦君のこと……私がいない時、二人でしているところ、見たことがあるねん」
 まったく想像もしていなかった告白に、僕は今ここにいるのが菜々子お姉ちゃんか夫佐子さんなのかも分からなくなった。
「……ほんま?」
「うん」
「知っていて……僕と?」
 もしそうだとしたら、夫佐子さんという人間が得体のしれないものに思えてきた。
「うん。ひどい姉やろ。順平と友彦君が恋人同士やと分かっていたのに……」
 夫佐子さんの背中がわずかに震えていた。
「恋人……でも、僕たちは男同士だから……」
「それは関係ないやろ? 少なくとも順平は友彦君のことを恋人として好きやろ、きっと。友彦君がどう思っているのかは知らないけど」
「僕にとって順平君はたった一人の親友で、僕の憧れでもあるんだ」
「憧れなの?」
「そう。順平君みたいになりたいという気持ちがあって。だけど、順平君は……」
「順平は?」
 夫佐子さんは振り向かない。背中を向けたまま、僕の答えを待っていた。
 僕は大きく息を吸ってから、順平君のために口にした。
「順平君は、夫佐子さんに……夫佐子お姉ちゃんみたいになりたいんだと思う」
「……え? 何それ」
 夫佐子さんは拍子抜けしたように、フッと笑いながら言った。
 その分かっていない態度に僕は若干、苛立ちを覚えた。
「順平君はほんまは、夫佐子お姉ちゃんが好きねん。でも、お姉ちゃんにそんなことは言われへんから、自分が夫佐子お姉ちゃんになって……なんていうか、その、複雑なんやけど、夫佐子さんになることで、自分の好きな気持ちを叶えるというか」
 順平君の気持ちを説明したいのに、僕はうまく伝えられない。もどかしくて、もどかしくて、思わずベッドのシーツを叩いてしまった。
「……よくわからへん。そんなことはまずないと思うけど」
 案の定、夫佐子さんは首をかしげた。それからこの話題から逃れるように、
「ほんまにもう帰らないとあかん。それこそ順平が心配するから」
 ひょいと勢いよく立ち上がると、そそくさと着替えを済ませた。
 僕は今夜ついに菜々子お姉ちゃんと出来なかったことを成し遂げたというのに、まだ満たされていない心地だった。その理由は分かっている。
 順平君と夫佐子お姉ちゃん。
 バラック小屋で慎ましく暮らすこの姉弟に、僕は本当の意味で菜々子お姉ちゃんと成し遂げられなかったことを実現させようと考えていた。