美蛾 (71)

  蛾の話である。日本に棲息する美しい蛾というと、すぐ思い浮かぶのがオオミズアオ(大水青:Actias aliena )(図1.A)である。稀に郊外の建築物の壁などに張り付いているのに出くわすと、その何とも言えない、青というよりも緑がかった乳白色、特徴的な尾状突起、そしてその大きさにドキッとするわけである。優雅で美しいと思う反面、どこか浮き世離れした、関わってはいけない存在、或いは一種ゴーストのような印象を受ける。

青緑色系の美しい蛾の代表がオオミズアオであるとすると、赤紫色系の美しい蛾の代表はずばり、ベニスズメ(紅雀Deilephila elpenor)ではないだろうか。写真(図1.B)は、某スーパーの駐車場で偶然見つけた個体である。最初は、何かの包装紙が転がっているのかと思い、近づいてみると、同個体であったわけである。ふっくらとして微妙に震えており、少し可愛い感じであった。買い物を終え、駐車場に戻ってきても、全く同じ場所にいたが、翌日にはもういなくなっていた。

A

B

 

(図1. A オオミズアオ(Wikipedia-English)、B ベニスズメ:縦4cm 横6cm程 )

 

一般に、蛾において卵や精子を操作して、人為的種間雑種を作ることは困難である、が、もし、オオミズアオベニスズメの交雑種が得られ、オオミズアオのより濃い青白色、ベニスズメの鮮やか桃赤色、後翅上端の黒褐色が理想的にミックスされた場合、ミイロタテハ(Agrias)に匹敵する、宝石のような蛾が誕生するのではないかと少し夢想したりするわけである。一方、実在する、赤-青緑色系が揃った蛾としては、サツマニシキ(Erasmia pulchella)なども、かなり美しい部類に入るが、外国に目を向ければ、マダカスカルには、最も美しい蛾と言われる、ニシキオオツバメガ(Chrysiridia rhipheus)が棲息している。

 

以前勤めていた研究所は山際にあり、徹夜などした時、山側の部屋で椅子を並べて仮眠をとることがあった。夏など、夜になると部屋の明かりに惹きつけられて、様々な昆虫が飛来して窓外にたむろし、窓を開けると甲虫などが飛び込んでくることも度々あった。

とある徹夜後の朝、その日も雑多な昆虫が窓枠に集まっており、蛾も多く、ほとんど白、褐色系の地味で小さな蛾であるわけであるが、その中に、羽の端はボロボロであり、鱗粉もかなり取れ薄くはなっていたが、鮮やかな青藍色を残した蛾と思われる個体が混じっていた(少し大げさに言えばモルフォの構造色のような色合いである)。この辺りにこんな綺麗な蛾がいるのかと思ったが、朝一で疲労しており、窓外で他の蛾とともに蜘蛛の巣に絡まっていたこともあり、採集などはしなかった。

鱗翅目の95%は蛾で、日本で新種の蝶が見つかることはもうないと思われるが(南方の群島で亜種ぐらいは見つかる可能性はある)、蛾は種類数が多く、中型以下の蛾ならばまだ新種が見つかる可能性はあるわけである。既知種の可能性もあるが、先の個体の写真ぐらいは撮っておくべきであったと思っている。

 

さて、日本最大の蛾は、ヨナグニサン(Attacus atlas ryukyuensis)であるが、本州にいたことがある(微妙な表現である)最大の蛾は、モスラである。幼虫の武器は、あの口から吐き出す強靭な糸であるが、あれだけ糸を放出し、立派な繭を作るので、カイコ系列の蛾なのかと一瞬思うが、成虫の羽を見ると、カイコの白色、灰白色とは異なる、鮮やかかつ幾何的な紋様なので、どうやら関係はないようである。