SARS-CoV-2の分類法【変異株の命名ルール解説】
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COVID-19の原因となるウイルスSARS-CoV-2はさまざまな変異株があり、それらは独特の名前で呼ばれています。変異株の命名ルールを概説します。

SARS-CoV-2の概略

SARS-CoV-2は、コロナウイルス(CoV)ファミリーに属するエンベロープ型の一本鎖RNAウイルスです。ウイルスゲノムは約30,000 bpからなり (Lancet 2020)、6つの機能的オープンリーディングフレーム(ORF)と4つの表面タンパク質 (スパイクタンパク質(S)、小型エンベロープタンパク質(E)、膜タンパク質(M)、ヌクレオカプシドタンパク質(N)) があります。Sタンパク質はウイルスエンベロープに局在するホモ三量体糖タンパク質 (Cell 2020) で、フリン様プロテアーゼによって切断され、S1サブユニットとS2サブユニットが形成されます (Mol. Cell 2020)。

S1サブユニットは、N末端ドメイン(NTD)と受容体結合ドメイン(RBD)を持ち、ウイルスが標的宿主細胞上のアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)受容体に結合する役割を担っています。S2サブユニットは、ウイルスエンベロープと宿主細胞膜の融合を行う働きがあります (Int. J. Mol. Sci. 2021)。他に、Eタンパク質はビリオンの生成に、Mタンパク質はビリオンの組み立てと出芽に、Nタンパク質はビリオン内のウイルスRNAの保護に関与しています。

これらのうち、特にスパイクタンパク質のS1サブユニットにおける変異は、ウイルスの病原性や感染性を高める可能性があります。そのため、そくつかの分類法が開発されてきました。

WHO分類

WHOは、ギリシャ語のアルファベットを用いたウイルス分類を提案しています。健康リスクの高い変異株について、WHOは懸念される変異株(variants of concern, VOC)と関心のある変異株(variants of interest, VOI)という2つを特に指定し、これらにアルファベットを割り当ててきました。

アルファ、ベータ(β)、ガンマ(γ)、デルタ(δ)、そしてオミクロン(Ο)の5株がVOCに指定されています。VOCは、感染性・病原性・病気の症状における重症度が増加する変異、抗体やワクチンの効率が低下する変異などの指標があります。VOCには至らないまでも、ワクチンの効果などに影響を与える可能性がある変異株がVOIであり、南米で最初に確認されたラムダ(λ)、ミュー(μ)の2株がVOIに位置付けられています。

これらのうちオミクロン株はもともとは南アフリカで発見され、世界に急速拡散しています。ギリシャ文字の順番であればミュー(μ)の次はニュー(ν)株だったのですが、続くクサイ(ξ)と合わせて飛ばされてオミクロンが採用されました。ニューとクサイが採用されなかった理由は「発音が似た英単語との混同や人名を避けるため」とWHOは説明しています。

ギリシャ文字は全部で24文字あり、オミクロン以降はパイ(π)、ロー(ρ)、シグマ(σ)と続きます。オミクロンが15文字目になります。もしギリシャ文字を使い切ってしまった場合には、そのときに呼び方を改めて検討される予定です。有力なのは天文学のバイエル符号を使うことで、バイエル符号は星座のなかで明るい星順にギリシャ文字を振る命名法です (七夕の織り姫星として知られるベガは「こと座アルファ(α)星」)。 バイエル符号ではギリシャ文字を使い切ったらラテン文字(ローマ字)のAを使用し、その後は小文字のb、c、d…zと続けるようです。

PANGO命名法

現在流通している系統を識別するために、 PANGO (Phylogenetic Assignment of Named Global Outbreak) 命名法が専門家の間ではよく使われています (Nat. Microbiol. 2020) 。 この分類では、AまたはBで始まる系統名を用いるのが基本で、武漢で2020年1月5日に採取されたウイルス(分離株名はWuhan/WH04/2020)は、コウモリの先祖株に最も近い系統でA系統群と呼ばれています。それよりも日付が古い2019年12月26日のSARS-CoV-2の標本(Wuhan-Hu-1/2019、現在はゲノム参照用に用いられる)が、ヒトにおけるSARS-CoV-2の系統発生的起源を形成する型でB系統群と呼ばれます。

そして冒頭のアルファベットとその後の数字の連なりで系統を区別していきます。間にある「.(ピリオド)」は「~の子孫」という意味があり、例えば「B.1.1.7」系統は、「『B.1.1』系統から変異した7番目の子孫」という意味です。数字は3つまでなので、「B.1.1.7」の子孫は「B.1.1.7.1」とはならず、四つ目の数字をつけたら、直前の「.」より前をアルファベット順で次に使える文字に置き換えます。「B.1.1.7.1」は「C.1」とすればよかったのでしょうが、すでにC~Pが別の系統に使われていたから、「Q.1」と呼ばれることになりました。

Zまで来たら、次はAAです。AZの次はBAという要領で、これまでに2000ほどの系統名がついています。B.1.1.529の系統がオミクロン株で、その子孫は大きく3つに分かれ、B.1.1.529.2がBA.2です (他にBA.1とBA.3がある)。

もし1人の体内で複数の系統の遺伝子が混ざる「組み換え」でウイルスが生まれたら、その場合は冒頭が「X」になります。

GISAID

GISAID (Global Initiative on Sharing All Influenza Data) は、もともとは鳥インフルエンザが猛威をふるった2006年8月に医療分野の研究者たちによって設立されたインフルエンザウイルスの情報データベースで、毎年一定数の検体から病原体遺伝子情報を取得して歴年の発生動向を調査し、伝播状況やワクチン株選定等に利活用されてきました。SARS-CoV-2ゲノム情報もGISAIDが主体的に運用し、登録・収集されています。

GISAIDは新しいSARS-CoV-2の変異体を「クレード」に分類しています。クレードは、ウイルスゲノムの距離を系統学的クラスターに統計的に分布させ (Mol. Biol. Evol. 2019)、その後、小さな系統を統合して大きなクレードを定義するという方法で分類しています。最初はSとLの分岐があり、その後LがVとGに分かれ、そのGがGH,GR,GVに分かれ、そして最近ではGRがGRYに進化して, 合計で8つのハイレベルの系統群に分類されています。

Nextstrain

Nextstrain はSARS-CoV-2を19A、19B、20Aから20Lといった表記のクレードに分類しています。クレードは、新しい変異株が世界中のSARS-CoV-2の2割を占めるようになったときに作成されます。クレード名 (19とか20とか)は新しい変異体が出現した年を意味します。現在、世界中で流行しているクレードは、19A(アジア:中国/タイ)、19B(アジア:中国)、20A(北アメリカ/ヨーロッパ/アジア:アメリカ、ベルギー、インド場)、20B(ヨーロッパ:イギリス、ベルギー、スウェーデン)、20C(北アメリカ:アメリカ出身)があります。

対応表

ここまででそれぞれの分類法の概要を説明してきました。いくつかの特に代表的な変異株について、分類法の対応表を忘備録として掲載します。

WHO分類 PANGO分類 GISAID分類 Nextstrain分類
Alpha B.1.1.7 GRY 20I (V1)
Beta B.1.351 GH/501Y.V2 20H (V2)
Gamma P.1 GR/501Y.V3 20J (V3)
Delta B.1.617.2 G/478K.V1 21A
Epsilon B.1.427/B.1.429 GH/452R.V1 21C
Eta B.1.525 G/484K.V3 21D
Iota B.1.526 GH/253G.V1 21F
Kappa B.1.617.1 G/452R.V3 21B
Lambda C.37 GR/452Q.V1 21G
Mu B.1.621 GH 21H
Omicron B.1.1.529 BR/484A 21K

まとめに代えて

この記事では、コロナウイルスの命名法を中心に紹介しました。

自宅で簡単に抗原検査を行えるキットも普及しています。帰省前など、特に大事なときには検査してからが安心です。

新型コロナやその治療薬などについてまとめられた文庫本もあります。

コロナについては、このような関連記事があるので合わせてご覧ください。

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