濁々
かたちあるものの輪郭が、くずれたとき。すこしだけ、めまい。
昨日までおぼえていた、だれかのことばも、空中で分解されて。ばらばらのパーツが、意味をなくして死んでいく。湖の底に沈んだ村に、似ていると思った。音が、うまくきこえないのだ。あのひとにもらった、シルバーの細い指輪も、ただ、濁っていくばかりで。アルビノのくまが、他者を愛すれば、おまえも愛されるといったけれど、だれもなにも愛せないので、ぼくは、一生愛されることはないのだろうと、かなしくなったし、しかたないというあきらめもあった。愛、とか。わからないから、あのひとがくれた指輪も、ぼくの指にはまっているだけの、銀の輪っかなのだ。
ときどき、街は軋む。
花屋のひとに、白い花をもらった。きみに似合いそうだからといわれて、花が似合うとかはじめていわれて、頑なだったドアが僅かに開いたような気になって、でも、ドアノブにはこわくてさわれなかった。つめたくて、びりびりしそうだから。花屋のひとは、青い石のピアスをしていた。一輪の、なまえもしらない白い花を、ぼくはすぐに、無残に、あっけなく、枯らしてしまうかもしれなくて、ありがとうと告げるくちびるが、ひきつっていた。
濁々