教養ドキュメントファンクラブ

自称「教養番組評論家」、公称「謎のサラリーマン」の鷺がツッコミを混じえつつ教養番組の内容について解説。かつてのニフティでの伝説(?)のHPが10年の雌伏を経て新装開店。

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番組リスト

1/17 BSプレミアム ヒューマニエンス「"腎臓"欲望を支える寡黙な賢者」

地味な重要臓器腎臓

 肝腎要などというが(肝心の字を使うことも多い)、腎臓は実は非常に重要な臓器。その構造は実に複雑で、肝臓が4種類程度の細胞しかないのに対し、腎臓は実に30種もの細胞が存在し、その内部構造は精密かつ精細なものである。そして腎臓の働きは実に大変で、知性を持っているのではないかと考えられるようなケースまであるという。今回はそのような腎臓について。

腎臓の位置とサイズ

 

 

腎臓が人類進化の鍵を握った

 印象としては地味な臓器であるが、腎臓は実は人類が陸上適応するにあたって、非常に重要な役割を果たしたという。そもそもヒトの祖先が海中で暮らしている時は、腎臓はたった2本の管に過ぎず、身体の中で発生したアンモニアなどの有毒物が肝臓で尿素に変換された後、それを回りに豊富にある塩水の中に押し流すだけの器官だった。

 しかしヒトの祖先が陸上に上陸すると、回りに大量の塩分も水分も存在しないので、これらの消耗をなるべく減らす必要があるのである。だから我々の腎臓は糸球体で血液から有害物を漉しだした150リットルの原尿から、塩分と水分を再吸収して1.5リットルまで尿の量を減らして排出しているのである。そしてその機能を果たす為に腎臓の構造は極めて複雑に進化したのだという。

 さらにヒトはより腎臓に負担をかける進化をしている。チンパンジーは樹上の木陰で水分豊富な果物を主食にしているので、あまり汗をかくこともなく水分の補給も容易である。しかし平地に降りて獲物を追跡するヒトは当然のように大量の汗をかくし、火で肉を調理して食べることから水分の補給が難しい。ヒトはより水分の保持の重要性が高くなったのである。しかしそれにも関わらずチンパンジーの腎臓とヒトの腎臓の差は明確でないという。そこでiPS細胞を使用して人間の腎臓を再生する研究を行ったところ、糸球体と尿細管のセットであるネフロンがつながっている集合管に鍵があるのではないかとの推測に至ったという。ヒトの集合管では血管の壁に水分を通す窓であるアクアポリン3の数を増やして多くの水分を通せるように遺伝子が強化されているのだという。つまりヒトはチンパンジーよりも尿の量をコントロール出来る幅が大きくなっているのだという。

 

 

尿を作るだけでない腎臓の機能

 腎臓は単に尿量のコントールだけでなく、もっと多くの役割を果たしている。人類が世界に拡散したグレートジャーニーの過程で、人類は標高3400メートルのクスコにまで進出した。平地に比べて7割しかない酸素量に対応する為に、腎臓は赤血球を増やすために働いている。だからこの地の人々は赤ら顔だという。腎臓は低酸素状態だとエリスロポエチンを分泌、これは骨髄に赤血球を作れという指令を伝える物質だという。腎臓が酸素不足に対応する司令塔になっているのは、腎臓がもっとも酸素を必要とする臓器だからだという。ちなみに腎臓は活性化ビタミンDを使用して骨の強化、レニンを使用して血圧上昇なんかの指示も飛ばしているという。

 さらに腎臓は危機回避の為に太古のシステムの復活まで行うという。酸素を大量に必要とする腎臓だが、栄養不足、脱水、大量出血などで腎臓への血流が低下して酸素不足に陥った時、KDM3Aという酵素を働かして血液中のブドウ糖を直接取り込んで酸素なしでエネルギーを得るモードにチェンジするのだという。このシステムは太古に生物がまだ酸素の存在しない状態で生活していた時代のものだという。さらに腎臓は低酸素状態を経験するごとに、このKDM3Aの量を増やしていくことが分かっており、低酸素状態の記憶を有しているのではないかという。

 しかし腎臓が働きすぎることで害をなす場合がある。それが慢性腎臓病。腎臓が働きすぎることで尿細管が萎縮し、腎臓が機能しなくなる病気で進行すると治療方法がなく人工透析となる。これを防ぐ為に腎臓の働きすぎを抑える方法がないかの研究がなされている。低酸素状態になった時にKDM3Aを増やすが、その時に活性化する遺伝子の働き過ぎが慢性腎臓病を悪化させることが分かってきたという。この遺伝子の働きを抑制するのが脳腫瘍の抑制などに使われる薬であり、これを利用することで慢性腎臓病の悪化が抑制されたという。腎臓を悪化させない為に、腎臓の記憶を消すのだという。

 

 

 以上、寡黙な働き者である腎臓について。腎臓のイメージとしては尿を作るということと、壊れたら治らないので人工透析になってしまうということぐらいしかなかった。後はヤクザの脅しの定番の「腎臓は2つあるよな」ぐらい(笑)。

 しかし今回を聞いていたら、広く血液全般を制御しているようで、高血圧の原因も腎臓にあったようである。地味な臓器ほど実は機能損傷したら甚大な影響があるという例で、働きが地味な後方支援メンバーをリストラしたら、勇者パーティが一気に瓦解してしまったという今時のなろう系小説の定番を連想させるところでもある。

 ところでiPS細胞で腎臓を作るという研究がなされていたが、全国での透析患者の人数を考えるとこの研究が早く実用化されることを願うのみ。番組に登場した研究者も「腎臓の構造は複雑なので、修復するよりも丸ごと入れ替える方が早い」と言っていたが、実際にそうなんだろう。

 

 

忙しい方のための今回の要点

・腎臓は尿を作る地味な臓器だが、人類の進化にとって非常に重要な臓器だった。
・ヒトが陸上進化する時に、腎臓は塩分と水分をなるべく保持することを迫られた。その結果、極めて複雑な構造になり、1日に150リットル原尿から水分と塩分を再吸収して1.5リットルまで減らす構造となった。
・さらに平地で暮らすヒトはチンパンジーよりもさらに水分の保持が重要な生活をしている。そのためにヒトの腎臓では尿が集まる集合管から血管に水分を戻すためのチャンネルを作る遺伝子が強化されており、尿の量をコントロールする機能が強化されている。
・腎臓は尿を作るだけでなく、低酸素状態になると赤血球を増やす為のエリスロポエチンを分泌する機能も有している。これは腎臓が内臓でもっとも酸素消費量が多いからである。
・また腎臓は低酸素状態になると、KDM3Aを分泌して太古の無酸素状態で生物が生きていた時代のシステムを復活させる。また低酸素状態を経験するごとにKDM3Aの分泌量が増加することから記憶を有している。
・なお腎臓が働きすぎると慢性腎臓病の悪化を促すが、それを抑える為にはKDM3Aの分泌に関する遺伝子の活性化を抑えることが有効だという。


忙しくない方のためのどうでもよい点

・非常に地味な臓器である腎臓についてでしたが、その働きが非常に重要だということです。なお腎臓は2つあって能力にやや余裕があるのは、その重要性と再生が不可という理由でだと思われる。

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