認知症で施設暮らしの義理の両親。
特に父親の方なのですが、行動の自由を奪われて、コトあるごとに、
「家に帰る!」
「オレの自由だ!」
「今スグ車を手配しろ!」
こんな風に駄々をこね、暴言を吐き、暴れる。施設の職員の方々に迷惑をかけ続けている。
少し前に、その模様についてご報告させて頂きました。
※参考:『出るところに出てやる!願いを伝える・多様な表現のあり方に関して・・・』
実の娘である私の妻の必死の制止で、しばらくは大人しくしていたのですが・・・。
でも時間の経過で、その出来事も忘却の彼方へ。
再び、また暴力的に施設職員への威圧を繰り返す。施設側としては、遅かれ早かれ、やがて受け入れに限界を迎えてしまう。日々、こうした訴えを受けています。
そうなると、暴力的な義理の父親の行く先は、精神科の病院。そこへの入院以外に選択肢の余地はない。
施設側と話し合い、一度義理の父親を精神病院に連れていき、いつでも入院できるような体制を整えておくことに合意。
こうしたことから、義理の父親を連れて有名な精神科の病院へ受診させることにしたのです。
前もって父親にこの旨を妻が電話で伝えると、
「そうかついに迎えに来てくれるのか!病院に行った後は家に戻れるのか!」
こういう感じで、こちらの話を自分に都合の良いように解釈してしまうといった始末。
いくら違う!と説明しても、一向にラチが明かない。家に帰れる!もう少しの辛抱だ!
妻と私はすっかり暗い気持ちになってしまった次第です。
それでもとにかく病院にだけは連れて行かなくてはならない。その日の私は夜勤明け。病院を終えたら義理の父親は、
「帰る!帰る!」
と駄々をこねまくるに違いない。こんなことを続けていたら、妻の身も私の身だってとてもモタナイ・・・。
そんなことを思いながら、渋々、義理の父親を精神科に連れて行った次第です。
■現状を把握
病院に着くなり、採血、脳のCT、認知テストなどを行ったのですが、検査結果をもとに問診が行われるとのことなので、その後3時間ほど待たされることになりました。
そしてついに診察室に通されると、そこには初老で小太り。そしてニコニコと笑みを湛えている。そんな医師の姿がありました。
医師は先に撮っておいたCT画像を父親に見せ、医師が父親に対して、笑みを絶やさない感じで話しかける。
「あなたは頻りに帰りたい旨を訴えられているようですが、この状態ではとてもとても・・・」
「この脳の断面画像から分かるように、記憶領域を司る脳の海馬。これが普通の人に比べると、4割程度に縮小しています」
いくら治療をしてみたところで、改善する見込みは一切ありません。
「悪くなる一方なのが偽らざる現状ですよ」
こんな風にニコニコしながら、優しく父親に話しかけるのです。
自分の脳みその断面図を見せられた父親は、さすがにショックを受けた模様。オレは
"こんなことになっていたのか・・・″
父親は食い入るようにCT画像を眺めていたのです。
血液検査の結果にも触れ、アナタは正真正銘の『糖尿病』。好き放題食べちゃうから、こんなことになってしまっている。
施設できちんと食事の管理をしてもらうことこそが今のあなたには最も大切。帰るよりも何よりも、まずは
「痩せなくてはなりません」
ニコニコしながら、巧みに話を進めていくのです。
妻が、そうなんです。家に居た時はカップラーメンとかをとにかく食べたがって・・・。
そう口走ると、カップラーメンですか!それは一番イケナイもの。油まみれですからねぇ。
奥様は認知症でゼンソク持ち。アナタも認知症で糖尿持ち。そんな2人が家に帰ったところで、どうにかなるものではない。
施設なら食事も管理してくれるし、部屋は温かいし常に快適。人が周りに居てくれ、お世話をしてくれる。
こんな素晴らしい環境をどうしてあなたは
「手放そうとするのですか?」
医師はこのように父を教え諭していくのです。
父も帰りたいと騒いだ手前、必死の抵抗を試みる。オレはできるんだ!みたいな感じのことを話すと、
「寄る年波っていうでしょ?あなたはもう80歳。若いころのようにはいきません。このことも理解しなくてはなりませんよ。どうせ忘れちゃうとは思いますが・・・」
イヤミなく、上手に話を進めていく。そして帰ることはできないけど、痩せることならできますよ。
これにはさすがの父も破顔して、皆で声を出して笑った次第です。
30分くらい話をしてくれた結果、父親も納得も得心もいった状態になりました。
そして父自ら、施設に戻ると言い出すに至りました。そして診察の最後に、オレの話をこんなにきちんと聞いてくれて・・・。
「先生、ありがとう☆彡」
こういう感じで診察を終えた次第です。
■手段は1つ
その後私たち夫婦はその場に残り、医師と話をしました。医師曰く、
「老人というだけで、とにかく大変なんですよ。その上で認知症なのだから、本当に大変」
先にも言いましたが、これからは悪化していく一方で、決して良くなることはありません。
今日のことも次第に忘れていき、再びまた周囲に暴言を吐いたり、暴れたりすることになるのでしょう。
これを抑えるには、『薬物』以外に手段がありません。適宜、クスリを使っていかない限り、路頭に迷う結果にもなりかねません。
アナタたち2人も、自宅で引き取ることはできないでしょう?
入院の受け入れも必要ならば当然しますが、主には薬物治療になります。治療を重ねる間に、次第に弱っていき、終焉を迎える。
こうしたプロセスを辿っていきます。
もうお歳で、しかもこの状態なのだから、クスリに対して、罪悪感を持つ必要は一切ないと思うのですが、いかがでしょう?
こんな風に話をされるのです。妻も私も納得して、処方箋を書いてもらうことにしました。
医師が義理の母親の状態を尋ねるので、妻が
「台所用洗剤を飲もうとしたり、テイッシュを食べようとしたり・・・」
と告げると医師は、
「同じ認知症の人でも、そうした振舞いに及ぶケースはかなり稀です。お父様よりもお母様の方が状態はより深刻なのかもしれません」
このように述べ、指定の日時に義理の母親の検査と診察の予約を入れました。
その後は上機嫌の父親を施設に送り届け、長い1日は終わりとなりました。
■健康と努力
このブログは、無投薬無医療で人生を全うしていく。そのことをテーマに綴っております。
だから義理の両親に対してクスリを使う。そのことへの抵抗感が私にあることも偽らざる事実。
可能ならば、義理の両親にもクスリを使わずに人生を全うしてもらいたい。そうは思うものの、今回ばかりはやむを得ないと判断しました。
無投薬無医療、医者にもクスリにも頼らない生き方とは、クスリを使わなければそれで良い。
そうしたものでは全くないと心得ております。
それは生活環境を可能な限り、自然に整えていくこと。普段の努力とセットになるものだと思っているのです。
具体的には、新鮮な空気・自然な食事と適切な睡眠、さらには陽光。これらの要素を整えてこそ、初めて成り立つはずのもの。
義理の両親は、長い間家を締め切り状態にしていました。私たちが家の近くに引き取った後も、寒い!音がうるさい!誰かが入ってくる!
このように散々騒いで、窓という窓を常に締め切ることを欠かさない。家の中には何とも言えないニオイが漂い続けていたのです。
自然食も日なたぼっこをすすめても、すべて拒否される。こうした極端な積み重ねが現在の状況を招いてしまっている。
※参考:『真のケアとニセのケア・天使とは不条理と闘う者のことである!』
私たち夫婦の努力が足りなかったことは認めざるを得ませんが、今回の事態は当然の帰結であろう。
そう思っている自分がいます。