つくづく思うけど・・・
標準とか普通のレベルって一体誰が決めたのか。
マジョリティがそうなら・・・つまり国民の60%以上がそうならそれが標準で
それが普通で
それに入らない人は”おかしい”ということになるのだろうか?
普通じゃあないということ?
学習及び発達障害児を持った親はこの’標準’レベルにない我が子をものすごく心配しやすい。
世の中に合わない我が子。
普通じゃない我が子。
これからどんな苦労が待ち受けているのだろうか・・・、と。
心配は耐えない。
どうして他の子供のようにできないの?
と言いたくなる気持ちも’痛いほど’わかる。😓
でも・・・言ったところで何が変わるものでもない。
多数派じゃないことがそんなに怖いのだろうか。
確かに多数派じゃないと生きにくいというのはある。
でも・・・多数派に無理やりさせることの方が危ない気がする。
それに・・・無理やりさせるなんてほとほと無理!
多数派じゃあなくていい。
親はそういうことが大切だと言っている世間を無視する勇気が必要なのだ。
子供の自尊心をつぶしてまで世の中に無理やり合わせることが優先順位なのか
それとも
子供の幸せが優先順位なのか。
子供の幸せが優先順位なら、世の中の声は無視しないと子供が犠牲になりかねない。
だから親の心配は一番良くないこと。
心配しても他の子供と同じになんてなれない。
ただ視覚障害者に杖が必要なように
彼らには’世渡りの杖’が必要なだけ。
それだけのこと。
この世渡りの杖とは
弱点を補うもの。
例えば多動症の子供を例にとるなら・・・
薬。
自分に合うプランナーを見つける。
自分なりのメモの取り方やオーガナイズの方法を見つける。
自分に可能な部屋の片付け方を見つける。
さまざまな面でモチベーションが上がる楽しいやり方を見つける。
など。
うちの長男
私の長男はADDおよびトーレット症候群だった。
学校では’キチガイ’扱い。
しっかりいじめられていた。😅
時々学校に顔を出すと、息子を”変人”と呼んでいる男子生徒を見かけることがたくさんあった。そんな時、母である自分は当然むかー!と来た。
ヘイ、ユー!いじめるなら代わりに私をいじめてごらん!
そんな勇気がないんなら息子をいじめるな!
と心の中で叫んでいた。
あの当時息子は・・・
授業は全くと言っていいほど聞いていない。
提出物は出さない。
机の中も外もめちゃくちゃ。
やりたくないことは徹底してやらない。
座っていられない。(これはだんだん改善していったけど・・・)
などなど。😅
担任からは常に呼び出しか電話連絡があった。
でも薬は摂らせなかった。
それはチック症状が悪化する可能性を恐れた事による。
それでも’やっぱり薬しか手段はないか・・・・’としばしば感じることが多かった。
コントロールできない我が子をコントロールしようとする母。
親子の関係は悪化するばかりで
忍耐を試される日々が続いた。
毎日が極度のストレスだった。
それでも・・・いつも言い続けた言葉がある。
他の子供と同じになんてならなくてもいい。
あなたは天才なんだから。
天才は天才の道を歩むべき。
天才は普通のことは苦手。
それが普通。
でも世の中で生きていくには弱点となるので
その弱点を補う杖を見つけないといけないのよ。
彼にポテンシャルはかなりあると見ていた。
問題は親としてどうやって彼のポテンシャルを伸ばしてあげるかだった。
それにはやっぱり杖が必要。
だから一緒にそれを見つける努力をした。
だけど不思議なことに・・・年齢が上がるにつれて彼の衝動性などは落ち着いてきたし自分で自分の特性を認識し、弱点克服の助けになる杖を自分自身で発見できるようになってきた。
チック症は高校生の年代で消えた。
他のトーレット症の症状も消えた。
別に何もしていない。ただ消えたのだ。
彼は知能検査でIQが160もあった。
読書は大好き、でも学校の課題は嫌い。
基本的に学校に合わないタイプなのだ。
だから小学校も何年も休学(出たり入ったりの繰り返し)。
中学中退。
高校も1日も行っていない。
でも親は全く気にしていなかった。(ほんとです😅全くです!)
それで16歳でいきなり大学に行き始めた。
試験を受けたら大学のレベルに達していたから大学側がクラスを履修させてくれることになったのだ。(それまでは家で自分で勉強していただけ。でも引きこもりではなかった。)
問題は全くなかった。
成績も申し分なかった。
社会性?
問題なし。
なぜかいきなりやる気が出てきたようだった。
多分、精神も脳も著しく成長してきて大人に近づいてきたことが理由の一部であると思う。
相変わらず集中力の問題は多少まだ残っていたけれど、興味分野なら頑張れるタイプなので
あまり問題になっていなかった。(ADD・ADHDの子供は興味があればものすごく力を発揮することができる)
大学で彼は花が開いたのだ。
でも・・・これでこの先はもう大丈夫と喜んでいた矢先思わぬことが起こってしまった。
18歳でマサチューセッツの某大学にトランスファーしてから、そこでゲイ・アイデンティティに目覚めフラフラ人生が始まってしまった・・・。そしてまたしても集中力ゼロの人生に舞い戻り。でもまあ今思えばあれはちょっと自分発見の旅に出ただけのことだったのだ。
あれから右往左往して、サラリーマンも経験して、やっぱり学問をすると自分で決めたらしく、大学院に入った。
現在は修士号課程で成績はオールA。その後博士号に進む予定。
子供の時から研究職に向くんじゃあないかしらと思っていたので本人の決断に驚いてはいない。真面目にやっているし、集中力もバッチリ(好きなこと’だけ’を勉強しているからADDでも問題なし)。生活習慣の方は以前より遥かに良くなっている。やっぱりその面は得意ではないけど、自分の使える’杖’を活用して生活は一応機能しているようだ。
当然親とは暮らしていない。
長男を見ていて思うこと。
心配しなくとも
いつかどうにかなる!
そもそも
標準って自分が決めること。
普通って何を指して普通というのか。
自分の物差しで決めていいと思う。
ついでに何歳までに’これこれ’ができないといけない、
とかこういう凝り固まった考え方も捨てるべき!
そして親としてできることはこれだけ。
お前は天才だよ!!って言ってあげること。
ドクダミママ至言
我が子に’普通’になってもらいたいなんて願わない方がいい。
普通にしようとすると、自尊心がつぶされてしまう可能性が高まってしまうから。
他の子供と比べない。
その代わりに、強いところを伸ばしてあげて
弱い面には「杖」を使うように助けてあげればいい。
転びそうになる時の「杖」。
その「杖」が上手に使えるようになれば
時々「転ぶ」ことがあっても
大怪我はしない。
将来も心配しなくて大丈夫。
最後に親が標準レベルにない子供にいう言葉はこれだけ。
「お前は天才だよ!」