異なる2つの文化の中で、2つを吸収する娘と、一触即発の夫と妻。普通の家族日記なんですけど、とんでもない話も頻発する家族の日記です。
問題集 模範解答

問題集 模範解答

小学校1年生の娘に買ってあげた国語の問題集は、文章問題に特化した問題集。

放課後の児童クラブにいる間に、少しずつやっているようです。採点は、児童クラブの先生がやってくれています。

先日、どれだけやっているのか確認するために、その問題集を開いてみました。

私が気になったのは、「昔は食物を保存するのか大変だった」という内容の文章問題。

「昔は、冷蔵庫が無かった」
「昔は、冬の間に雪や氷を取り寄せた」
「氷を切るのも、運搬するのも大変だった」

このような内容の文に対して、いくつかの設問があります。

最後に「この文章で、作者が最も言いたい事は何ですか?」という設問があり、「昔は、雪や氷は贅沢なものだった」が模範解答。

娘は「冷蔵庫はとても便利な道具だ」を選んでいて誤答。

試験問題の設問には、「最も」適切な解答を選択する必要があります。ですから、その他のどれも誤答となってしまいます。現行の日本の教育では、模範解答のみが正解とされます。

 

しかし、私は、文章問題の中の「作者は何を言いたいのか?」という設問については、出題する側にも慎重さが要求されると思っています。

なぜなら、問題として使われている文章は、本または長い記事など抜粋されたほんの一部分に過ぎません。

その短い抜粋の中に、作者の本当に言いたい事が含まれていたのか

また、「作者が本当に言いたい事」について、出題する側は作者に確認したのか

現実的には、長い本文を通しての作者の真意など、作者本人に聞いてみなければ、実際のところはわからないのではないでしょうか?

または、作者の本意は、その抜粋には無いかもしれません。

 

試験問題への取り組みは、多くの日本人が高校受験から大学受験を通して当たり前にやってきた事ですが、自分自身が父親の立場になって子供の勉強を見てあげる場合、絶対的に一つの解答だけを正解とする文部科学省推奨の教育だけに任せておいて、本当に大丈夫なのだろうかと思えてなりません。

いや、直感としては、「これで社会で通用するわけない・・・」と思うのです。

本や文章というものを、試験の設問に答える為のものだとしたならば、想像力、感性、書物に親しむ面白さを育むことはできません。

 

模範解答の「昔は、雪や氷は贅沢なものだった」に対して、娘は「だから、冷蔵庫はとても便利な道具だ、じゃないの?」と私に質問してきます。

「この文章には、冷蔵庫は便利だとはどこにも書いていないでしょう。」と娘に説明するものの、娘は納得したとは言い難い表情でした。

模範解答ではないので、100点満点からは2~3点の減点です。しかし、冷蔵庫が無かった時代についての読み物から、冷蔵庫がある時代とを対比した娘の視点に、親としては一定の評価をしてあげるべきだと思います。

文部科学省推奨の教育だけが正解であると盲信すると、大切な子供の個性や多様性を見落とすような気がしてなりません。


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