J D ロボ(J D Robb)は米国推理小説ベスト10の常連である。本名はエレノア・マリー・ロバートソン(1950~)で、ロマンス小説の第一人者ノーラ・ロバーツの別名義である。
 80年代にロマンス小説作家としてデビューして成功し、90年代に別名義で推理小説を書き始めている。多作の作家で、現在まで200タイトル近く上梓しているという(大半はロマンス小説)。
 
 1995年に刊行した本書は以降50作品を越える事になった「イブ&ロークシリーズ」”In Death series”の初巻である(2021年刊行の”Abandaned in Death”は53巻目)。日本語版は「この悪夢が消えるまで」(青木悦子訳)として2002年に出ている。
 推理小説としては珍しい近未来小説である。21世紀後半のマンハッタンを舞台に、心に傷を持つ30才の女刑事イブ・ダラスが、超富豪ローク(後に結婚)に助けられながら犯人を突き止めていく。

 近未来小説なので、銃の所持は違法で骨董品になっている(日本刀のようなものか)。警官はレーザー銃を使っているのでピストルを知らない警官も多い。許可を得て銃を保有するのは金持ちにしか出来ない道楽である。銃が禁止されたのは、2016年にマンハッタンで都市暴動が起き、1万人以上の死傷者が出たのが契機となった。
 パトロール警官は空陸両用車を使っているが刑事は予算の都合で陸上専用車である。空陸両用車も、好きなように飛べる訳ではなく交通違反をすれば切符を切られる。
 子供は神からの授かりものではなく女性の選択に任されている。卵子を冷凍保存し高齢になって出産を選ぶこともできる。妊娠すれば、出産前に検査し異常があれば遺伝子技術で手術するので異常児が生まれる事はない。
 売春婦(男性も同様)を志望する者には厳しい審査を得てライセンスが与えられる。ライセンス保有者は法令に従い、ライセンス料の支払いが義務付けらる。このため、売春宿主やポン引きとの力関係が逆転し、プレイヤーとマネージャーの関係になっている。
 宇宙旅行が珍しい事ではなくなり、宇宙ステーション・リゾートの開発が進められている。中国と宇宙スペースの権利を巡って戦争寸前まで行ったが、外交交渉が成功し、多少の犠牲者を出した小競り合いで済んだ。
 電話はスマホと殆ど変わっていないようである(コミュニケーターと称しているが)。コンピューターやテレビも大きく変わっていない。データ保存媒体としてディスクが使われており、プリンターが活躍している。TV画面では、相変わらずニュースキャスターが騒いでいる。

 作者は、発表時点では20年以上も続く長期シリーズになるとは思っていなかったようである(彼女のロマンス小説は2~4巻のシリーズが多い)。彼女の未来絵図は民主党系自由主義者の夢の実現という面が強く、政治経済やテクノロジーの未来絵図は弱い(既に外れた予測が目立つ)。

 本書の大筋は、銃の保有禁止や出産権、売春合法化などが米国を堕落させたと攻撃し、道徳回復立法を進める保守派政治家が大悪人だったというものである。回りくどいが、作者が近未来小説とした理由が分からなくもない。だからこそ、課題に関係のない場面はお座なりの未来絵図を使っているようにも思える。

 本書は、米国でよく読まれている推理小説はどんなものかという関心だけで手にした。捜査を叙述した警察小説とは言えるが探偵小説ではない。思いがけず、自分を殺しに来た者から、「殺したのは自分だ」と言われて真犯人が分かるのだから。
 ポルノ小説とは全く違うがセックス描写は詳細である。チャンドラーなら3行、グラフトンなら半ページで済ませるところを5ページに渡り記述するという具合である。読書中に、作者はロマンス小説出身だと気付いた位である。読後、調べてみたらロマンス小説の大物ローラ・ノバーツであった。

 筋は、やや荒唐無稽でマンガチックだが面白く読み進められる。だが、おどろおどろしいテーマ(近親姦、幼児姦)、執拗なセックス描写に耐えられない読者には向かないかもしれない。ボクはダメな方である。

 2020年にはイブは50才半ばになっている。時代は21世紀後半になっているだろう。40巻目か50巻目を手にしたい気もする。


<ストーリー>
 悪夢を見ていた。朝は早かった。寝室の窓のスリットから、朝闇の淡い光が差し込み、部屋は牢獄のようだった。

 イブ・ダラスは警察に入って10年。パトロール警官から叩きあげた刑事である。昨夜、彼女の通信機に事件警報が入った。ワンブロック先で屋内から悲鳴が聞こえていると通報があったと。走った。家庭内事件は好まないが、ドアを破って入った。
 ソファーに幼児が倒れており、父親らしき男がナイフを振りかざしていた。イブは「ナイフを捨てなさい!」と叫んだが、男はナイフを振り上げて向かってきた。レーザーを発射し、彼は即死した。
 切られて血まみれの幼児は、泣き叫び、涙に濡れた目でイブを見ていた。死んでいた。かわいい盛り、その子は3才だった。イブは間に合わなかったのだ。その目はイブに焼き付いた。間に合わなかった・・・と。

 警察官が対象を抹殺した場合、規則で翌日、精神・肉体検査が行われる。パスしなければ職務に復帰させない。イブの検査は9時に予定されていた。明け方ベッドにもぐりこんだ。3時間で心の整理をしておかなければならない。

 部長ホイットニーから緊急連絡が入った。西ブロードウェイで殺人事件、主任として捜査しろと命令された。コード5だという。コード5は極秘捜査で、捜査内容は部長にのみ報告する。検査は延期になったと言われた。

 事件現場の1803号に行った。リッチなアパートだった。現場にはリアン・フィーニィが来ていた。彼は、以前のパートナーで信じあえる男である。今は電子捜査班に異動していた。リアンも彼女をよく知っている。大きな茶色の目だがナイーブではなく大胆、短い髪は仕事の都合でファッションではない、皮ジャケットに包まれた体は細いが強靭だ。年下の彼女は、署内のランクは下だが捜査能力は尊敬していた。この事件の主任は殺人捜査班のイブだ。アシストを命じられたフィーニィに不満はない。この事件を重く見た部長はベスト&ベストを選んだと思った。

 被害者はシャロン・デブラス、バージニアのデブラス上院議員の孫娘だった。彼は極右派の有力政治家で大富豪。孫娘は数年前、一族の当惑を尻目に左旋回し、ニューヨークに出てきて(資格認定された)許可売春婦になっていた。秘密捜査は政治的理由である事は明らかだった。

 殺人現場は凄惨だった。大きなベッドの中央に、額と胸と股間に穴のあいた裸のシャロンが血の海に浮かんで揺れており、開かれた目は鏡張天井を見つめていた。死体は、測られたように大型ベッドの上に置かれている。凶器はナイフでもなければレーザーでもない。
 フィーニィは証拠品袋の骨董品のリボルバーを見せた。38口径だと。銃器に詳しいフィーニィでも博物館以外で見たのは初めてだった。イブは骨董品を凶器にした事件は初めてだった。銃のコレクター価格はバカ高く、登録から足がつくので実用的ではない。裏市場では更に高額だ。警官はレーザー銃を装備しているので骨董銃の知識には乏しい。

 極秘捜査なので鑑識員は来ない。二人で調べた。高価な品物、衣服ばかりだった。モニタービデオは事件前後が消されていた。客のリストや会計簿、スケジュール表があった。有名人が並び、大金が動いている。フィーニィはロークの電話番号を見つけた。大富豪で銃器のコレクターとして知られていると言う。エバは聞いたこともない。指紋もDNAも残っていない。フィーニィはプロの犯行だと言った。
 イブはシャロンの体の下からメモを見つけた。「6の1」と書いていた。犯人は6人殺すと宣言している。

 イブのアパートに小包が置かれていた。シャロン殺害時のビデオディスクで、殺されるとは知らない彼女が銃を玩具にして誘い、撃たれた。血まみれの姿が映っていた。「6の1」と書いたテロップで画像は終わった。送り主はイブが主任捜査官だと知っており、住所も分かっている。不気味な恐怖を感じた。
 画像をホイットニーに送り、朝一番で部長室にディスクを届けた。部屋にはデブラス上院議員が来ていた。尊大な男で捜査の状況を報告するように求めた。部長は拒否したが、議員の副官のアリック・ロックマンはNYPDの本部長シンプソンの「上院議員に全面的に協力するように」と書かれた書付を取り出した。部長は、本部長に確認した上で協力すると言わざるを得なかった。ロックマンは40才前後で、特殊部隊出身の大柄な筋肉マンだった。

 イブは関係者に聞き込みを始めた。シャロンの隣室に住むチャールズ・モンローも許可売春夫で、彼女と親しく二人でクライアントの相手をしたこともあると話した。彼はイブが気に入り、無料でいいと迫られたが、賄賂はダメと断った。シャロンの美容コンサル、セバスチャンは事件前日、彼女と会っており、ロークに誘われてメキシコの別邸にディナーに行き彼が好きになったと上機嫌で語っていたと話してくれた。シャロンのアパートのオーナーはロークだった。彼の会社ローク産業はマンハッタンの不動産の3割を保有しているとも言われており、超大富豪である。事件の影に彼の姿が浮かぶ。だが、容易に会える相手ではない。

 バージニアでシャロンの葬儀が行われた。由緒あるデブラス家の家族に会えるチャンスである。イブは葬儀に参列した。祖父の上院議員と祖母アンも来ていた。上院議員の副官ロックマンが近付き、「捜査には協力している。警官が顔を出すのは遠慮してくれ」と言う。イブは、捜査に協力しているのならと、上院議員のアリバイを聞いた。事件当夜はワシントンの事務所で法案「道徳回復法」の検討をしており証拠もあると言った。出て行こうとすると、ロークがシャロンの母エリザベスと話していた。参列者は埋葬の列に加わって行った。イブはロークに近づき、警察バッジを見せて話しかけた。ロークは応じてくれた。屋外は凍えるような寒さだった。ロークは、すぐにニューヨークに帰らねばならないので帰路、話を聞こうと言う。リムジーンで飛行場に行くとジェット機が待っていた。ロークが2年かけて作らせた自慢の「ジェットスター」である。宇宙支所は無理だが、仕事をしながら世界各地の支社に急行できるのだと。
 座席に座ると本物の珈琲が出た。イブは感激した。ロークがベルトを締めてくれた。イブはキスされるのかと緊張した。ロークに圧倒されかけてイブは「私は刑事」と気を取り直した。
 ロークは、シャロンの母エリザベス・バリスタ―と父リチャード・デブラスは親しい友人だと言う。父母は弁護士で仕事で知り合ったのだと。シャロンは、エリザベスに頼まれて、先日メキシコで会ったばかりだと言った。勿論、シャロンの客ではないし、愛人でもないと。
 事件当夜の確たるアリバイはなかった。リボルバーは持っているという。彼は銃への愛はアメリカへのリスペクトだと言う。ダブリン出身のロークは、タバコを手に上機嫌で話し続けた。イブが求めるまでもなく、銃を調べてくれというので訪問すると約束した。

 部屋に戻ったイブは不機嫌だった。容疑者のロークの方が上手だった。口惜しい。
 部屋にメイビス・フリーストーンが訪ねて来た。「クラブに遊びに行く約束は?」と。忘れていた。彼女は警官以外では5人といない友人の一人だ。クラブで歌っており、ドラッグで捕まえて親しくなったのだ。遊びを教えてくれたり、男を紹介してくれる、気のいい貴重な友人だった。
 部屋に小包が届いた。本物の珈琲で、送り主はロークだった。警官の住所は極秘である。調べてみると、イブのアパートのオーナーはロークだった。メイビスは、やっとイブに男が出来たと喜んだ。

 ローラ・スターはセックスが大好きだった。売春許可証を申請できるようになった18才の誕生日に役所に申し込んだ。好きな事をして生活するのが人生の理想だと信じていた。許可証を得て3カ月目。常連客が増えていたが、今日は初めての客だった。フリフリの服装でブロンドの少女ローラが「ダディ」と甘えるだけで彼は喜んでくれた。ビデオを撮るのは別料金だが目をつむった。玩具の鉄砲で彼は楽しんでいた。だが、その鉄砲は発射された。サイレンサーを付けた銃の音はせず、ローラはベッドの上で血に染まった。

 イブは、遅い昼食にフランソアのカフェに出かけた。彼は、21世紀初めにフランスで起きたクーデターでアメリカに逃れた難民で、フランスが落ち着いて帰る事が出来るようになった今も、身の不幸を嘆きながら居ついている。イブがカウンターで並んでいると、やつれた男がフランソワに「金を出せ」と怒鳴った。手には自家製の爆弾を持っており客達は凍り付いた。イブは警官だ。男の投げた爆弾を手で受け止め爆発を防ぎ、男を取り押さえた。負傷したが、駆けつけた刑事たちに協力して現場検証に立ち会った。
 そのため、ロークとの約束に遅れた。ウェスト・セントラルパークの彼の自宅は4階建ての古い建物を改装した、邸宅というより要塞だった。ホールの本物のマントルでは薪が燃えており、廊下や壁には本で見た記憶のある絵画が飾られていた。執事のサマセットが出迎え、ロークの書斎に案内してくれた。遅刻を詫びるイブに、ロークは「食堂でディナーを」と誘い、49年モンテカルロを用意するようにサマセットに命じた。彼の顔色が変わった。ロークの人生の大きな節目にしか封を切ることのないワインである。リボルバーの検査に来たイブは戸惑ったが断るのは失礼。メイドが食事の準備をした。ミネソタから運ばれた本物のステーキだった。ロークは、にこやかに上機嫌でもてなしてくれた。ジーンズとセーターのイブは居心地が悪かったが、彼は全く気にしていなかった。
 武器のコレクションルームは、古今東西の武器を収集した博物館だった。ロークは熱心に説明してくれた。最初のコレクションはベレットだったと。19才の時、運輸業を始めたが、客が運賃惜しさにベレットで彼を撃とうとした。反撃し、武器を取り上げた。その時、客から取り上げた荷物が現在のローク産業の始まりだったと話した。
 だが、イブの用件はリボルバーである。彼は収納庫から、「調べてくれ」とリボルバーを取り出した。シャロンを撃ったリボルバーは警察が回収しているが、知っているのは数人に限られている。ロークは知らないのだ。ロークの銃が凶器である筈がない。
 銃を受け取ろうとするとロークがキスして来た。イブは応じた。規則に反する事は分かっていた。ロークはイブを抱こうとした。「容疑者とセックスは出来ない」とイブは離れた。彼が殺人犯でないと分かっていた。イブは警官だ。ロークは、「犯人ではない」と怒った。イブのベルトの通信機が響いた。事件だ。

 ローラ殺人現場は凄惨だった。血まみれで整然と寝かされており、テディ・ベアがサイレンサー付きのジグ・ザウエルを抱いていた。シャロンの現場と同じ。小柄なローラは人形のようで、少女そのものにしか見えなかった。「6の2」と書かれたメモが残されていた。ローラ事件はコード5ではない。イブは大っぴらに捜査できる。鑑識が現場検証を始めていた。

 ローク産業の本部はマンハッタン5番街の150階建てのビルである。高層各所に輸送チューブが走っている。ホールはワンブロックを占めており高級レストランやブランドショップが並んでいる。表通りは屋台や客引きが禁止されている地域なので人影はまばらでリムジーンや空陸車が走っているだけである。
 イブはロークに会いに行った。警察バッジは通用せず、悶着の末、ロークと連絡がつき、秘書がルークの部屋に案内してくれた。東ウィングの最上階で、三方がガラスの広大な部屋だった。喜んだロークは周りの映像を切り、イブを歓迎した。世界各地の支社と会議中だったようだ。
 イブは、ローラの写真を見せて事件時のアリバイを問い質した。彼は「ローラは知らない」と言う。彼は自分で車を運転する事も多く、確たるアリバイはなかった。イブのバッグが落ちて、ローラ殺害現場の写真が散らばった。写真を見たイブは目まいがした。むごい仕打ち受けている幼児、少女の想起はイブの悪夢を呼び起こす。気付いたロークは、イブに精神分析医に相談するよう言った。手伝う、今夜、会おうと。

 イブは、シャロンの隣室のチャールズに話を聞きに行った。ローラは知らないと言う。事件現場のシャロンの部屋は閉鎖されていたが見張りの警官はいなかった。部屋を何者かが物色していた。イブには紛失したものがあるようには見えなかった。

 捜査で出ずっぱりのイブは、やっと自宅に戻った。眠い。部屋の中で、ロークが、つくねんと座っていた。イブの疲れ果てた顔を見て、何か食べさせなければと思い詰めてやって来たのだと言う。ロークが合図するとウェイターが来てテーブルにイタリアンのコースの用意を始めた。イブの部屋は殺風景で、仕事しかない女だと分かる。家族や想い出の写真、過去を思わせる品々もない。
 シャワー室に行ったイブは、ロークに「出て行って」と言ってから寝室で倒れ込んだ。ロークはベッドに座りイブの頭を撫ぜ続けた。イブは、「奉仕し守る」は警官のモットーではなく約束、間に合わなかったと苦しんでいた。ダディにナイフで殺された幼児の話をした。ローラも間に合わなかったと。
 ドアの下に小包があった。ローラ殺人のビデオで、最後のタイトルは「6の2」だった。

 翌日、出勤すると部長ホイットニーから、デブラス上院議員に報告に行くよう言われた。本部長シンプソンの指示だった。「相手が知っていることは詳しく説明し、知らない事は喋るな」と。イブは政治的駆け引きは嫌いだ。
 フィーニィとワシントンに行き、上院議員とロックマン相手に捜査の状況を説明した。犯人の目星もつかずトンマだと罵倒され、シャロンはローラ事件とは無関係だと釘を刺された。

 議員事務所を出るとロックマンが尾行して来た。フィーニィが彼を引き付けてニューヨークに戻った。イブはバージニアのエリザベスとリチャードに会いに行った。途中、TVで見たニュースにロークが出ていて、宇宙リゾート「オリンパス・リゾート」を発表していた。

 屋敷を突然訪れたイブを、シャロンの母エリザベスは予期していたかのように応じてくれた。リチャードは会議中でエリザベスが話してくれた。エリザベスは超保守主義者のデブラス上院議員と違い、自由主義者で、シャロンを自由に育てたが失敗したと。許可売春婦を志望したニューヨーク行きには、リチャードと猛烈に反対したが手遅れだった。シャロンから「あなたは弁護士で、母親ではない」と言われたと嘆いた。確かに、娘の日記を盗み読む種の母親ではなかったと。シャロンは幼い時から日記を書き続けていた。誰にも見せる事はなく、「見たら驚く」と言っていたと。シャロンは、魅力的で絶え間なく男を引き付けたが、彼女は男を軽蔑していたという。幸せではなかったとエリザベスは悲しんだ。ニューヨークに訪ねる父母を相手にしてくれない。信頼できるロークに様子見を頼んだのだった。
 ロークはエリザベスに、事件の主任はイブで、エリザベスを訪れるだろうと連絡していた。曲げることなく正義を求める刑事だと。エリザベスが真剣に応じてくれたのはロークからの連絡があったからだった。会議を中座してリチャードが出て来た。彼もロークを信頼していた。容疑者の一人だと言うと信じなかった。
 事件現場には、客の名簿とスケジュール表はあったが日記は残されていなかった。シャロンの秘密が書かれている可能性が高い。

 本部に戻りフィーニィと落ち合った。彼はロックマンをニューヨークに誘っ後、逆尾行していた。ロックマンはホテルに入り、本部長シンプソンに電話していた。イブはエリザベスから聞いた話を報告した。シャロンの日記がカギになるかもしれないと。シャロンは贅沢な生活をしていた。フィーニィは、シャロンは誰かを脅迫していたかもしれないと推理した。脅迫されていた被害者は殺害犯になりえる。

 部長ホイットニーから、「20分後、検査室に行け」と指示があった。幼児の父親を抹殺した後の、延期されていた検査を受けなければならなくなった。捜査には当分、手をつけられない。フィーニィにシャロンの貸金庫を調べるよう頼んで検査室に向かった。本部長の差し金だった。

 検査室には標的のシュミレーションが用意されていた。次々に現れる標的を冷静に判断して、抹殺すべき標的ならレーザー銃を撃つ。最後に、幼児と父親が出て来た。ひどい形相の父親はナイフを振りかざして向かってきた。イブはためらわず抹殺した。
 最後は精神科医ミラとの面談だった。彼女は60代の警察医で、特異な経歴を持つイブをよく知っている。イブには8歳以前の記憶がない。路上で骨折して死にそうな所を救出され施設に送られた。性的に酷く虐待されていた、少女が名前を記憶していないのでイブと名付けられ、発見された街にちなんで、イブ・ダラスとなった。10才の時、養家に引き取られ、ハイスクールを出てポリスアカデミーに入り警官になった。イブは、そこで自分のアイデンティテーを見出したのだった。
 ミラは、検査の結果は問題ないと言ってくれた。ミラは、イブが虐待された幼児に特異な反応をすることを知っている。8歳以前の記憶を取り戻す積りはないか、事実と向き合えば苦しむかもしれないが自分を取り戻せると治療を勧めた。今の自分が、自分で作りあげた自分。過去に囚われるリスクは犯したくないと断った。ベテランの精神科医で、やさしく、話し易いミラは好きだが、苦手だった。

 ロークの屋敷に行き、エリザベスとリチャードから聞いた話をした。ロークは、夫妻を信頼しており彼らの役に立つなら何でもする積りだと言った。だが、デブラス上院議員は古い保守主義者で、彼が大統領になれば昔のアメリカに戻りかねないと案じていた。銃保有の自由、売春・ドラッグの禁止、産児制限・堕胎の禁止など。今夏の大統領候補予備選で、彼が筆頭候補にあげられているが、彼が大統領候補になることを阻止するためにあらゆる手を尽くすと言った。
 イブは骨董品の銃を撃ったことはない。ロークは、3Fの武器コレクションルームから特製のエレベーターで地下の射撃ルームに誘った。射撃ルームは広くIT機器が並び、くつろげるコーナーも用意されていた。ロークが指導し、様々な銃を撃った。熱くなった二人はソファーで休み、いつしか抱き合っていた。ロークのベッドルームに行き、何回も抱き合った。イブは心の通うセックスは初めてだった。朝、ロークのドレッサーからシルクのシャツを借りて本部に出勤した。破れたブラウスは置いてきた。ロークは、5日間ほど、内密で宇宙に行くので用件はサマセットに伝えてくれと言ってイブにキスした。

 朝一番で部長ホイットニーに呼ばれ、フィーニィと部長室に行くと本部長シンプソンが来ていた。彼は、マスコミがシャロン殺人とローラ殺人の関係を書き立て、警察を無能呼ばわりし、難しい立場に追い込まれていると嘆いた。シンプソンは、デブラス上院議員の後ろ盾で本部長に就任し、次は知事の座を狙っていた。マスコミの筆が上院議員に及べばシンプソンの政治生命も断たれる。
 イブは、シャロン殺人はコード5なのでマスコミに詳細を公表していないので書かれても仕方がないと言って睨まれ、主任捜査官が容疑者宅から出勤しているようでは捜査が進む筈がないと言われた。イブは見張られて、シンプソンにも通告されていたのだ。
 本部長は午後、記者会見を行うので主任捜査官としてイブにも出席するように命じて出ていった。部長は、本部長を信頼していなかった。イブを生贄にする積りだと案じた。イブとロークの関係を知らなかったフィーニィは怒った。イブは「セックスしただけ」と応じた。

 記者会見では、シャロンは事故死、ローラ殺人事件は捜査中という事で通した。席を立ったイブに、キャスターのナディンが近付いて会いたいという。イブは信用できそうだからと。
 ナディンとカフェで会った。局にシャロンとローラのビデオが送られて来ていた。シャロンの検屍報告書、捜査報告書も。局は事態が大きすぎて扱いに苦慮していた。大統領候補に出馬している有力上院議員の孫娘が許可売春婦で、連続殺人事件の被害者だと公表して、間違いがあれば局は致命傷を受けかねない。ナディンは確証を欲しがった。ニュースに出来ればピュリッツァー賞記者の仲間入りだ。イブは送り主が犯人だと教えた。犯人が分かれば最初に教えると。

 帰りに、風邪で苦しむメイビスのアパートに寄った。ロークと寝たと報告すると驚き、喜んだ。だが、そのために警官の仕事を棒に振りそうだと言うと、早く事件を解決すればいいと言われた。だから、メイビスが大好き。
 帰宅すると宇宙ステーションにいるロークから連絡があった。「会いたい。会って話さなければならない事がある」と。

 フィーニィは範囲を広げながらシャロンの貸金庫を調べていたが見つかっていなかった。イブは犯人がシャロンの部屋で物色したのは日記で、貸金庫に隠されていると思っていた。名義はシャロン・デブラスではなく、母の姓シャロン・バリスタ―かもしれない。バリスタ―名義で探した。シャロンはニュージャージーの銀行に口座と貸金庫を持っていた。貸金庫には脅迫した者のリストもあった。部長、フィーニィと検討した。リストには有名人が並び、知事・大司教・元副大統領もいた。シンプソンの名もあり、3カ月毎に2万5千ドル支払い続けていた。部長は、リストが表に出れば我々は終わりだと呟いた。

 その時、事件の報が入りイブは89番ストリートのアパートに急行した。ジョージー・キャッスル(許可売春婦、53才女性、黒人)がシャロンと同じ手口で殺されていた。足元にはルガーP90が転がっている。21世紀初めのマンハッタン市街戦の時、市民が争って購入した銃でブラックマーケットで比較的入手しやすい銃である。膨大な死傷者を出した市街戦を契機にアメリカでは銃の所持が禁止されたのだ。
 ロビーにジョージ―の娘、サマンサ・ベンネットが来て泣き叫んでいた。ジョージ―は、若い頃から憧れていた作家になりたいと、夫と別れ、取材のため許可売春婦をしていたのだと言う。明るい母で、グラニー・セックスは客の評判がいいと笑っていたと。仲の良い親子で、毎週、一緒に映画を見に行っていた。娘は劇場に行こうと母を誘いに来て悲報を聞いたのだった。現場には「6の3」のメモが残されており、ビデオがイブ宅に郵送されてきた。

 持ち帰ったルガーをフィーニィが調べるとローク名義で登録されていた。ホイットニーは連行を指示した。イブは彼は犯人ではないと知っていた。宇宙にいる。犯人はロークを陥れようとしたが、所在を知らなという致命的なミスを犯したのだ。

 精神科医ミラに犯人のプロファイルを特急で依頼した。自己顕示欲、優位性欲求が強く、イブに個人的関心を示していると診断した。ミラの報告書をホイットニーの部屋に届けに行くと、ロークが来ていた。サマセットから警察から連絡があったと聞いて特別ロケット便で戻ったのだ。

 イブはロークとの仲は終わったと思っていた。犯人ではないと思っていても、彼を容疑者として扱った。愛人なのに信じていないとロークも怒っていた。
 フィーニィが「貴様がイブを危地に追い込んだ」と怒鳴った。ロークとの仲は本部長にまで知られ、主任捜査官どころか警官を辞めさせられる事になりかねないと。捜査を進めさせたくない連中がイブを犠牲にしようとしている。

 イブはアパートに戻った。ロークが来て謝った。何も知らなかったと。イブは抱きつき、二人はイブのベッドに行った。ロークは屋敷に来てくれと言って帰った。

 本部にデブラス上院議員とロックマンが来て、ジョージ―事件をシャロンに関連させるなと言う。上院議員の名誉を傷つけてはならない、シャロン殺害犯を見つけてもシャロンが戻るわけではないと。捜査は止めろという事だった。
 部長、フィーニィは彼らは本部長を庇っているのではないかと疑った。シャロン事件の捜査を進めれば脅迫被害者たちが容疑者として浮上する。

 イブはロークの屋敷に行った。本部長の口座を調べたいと言うとロークはIT室にイブを誘い、システムを操作し始めた。ロークは腕利きのハッカーでもあった。多数の口座を見つけ、パスワードのデコードが始まった。待ち時間にはソファで抱き合った。ロークがイブに言いたかったことは「結婚しよう」という事だった。イブは、結婚するような女ではないと思っていた。女ではなく警官だ。警官でないイブは何物でもなく虚無でしかない。返事は出来ない。
 シンプソンはニューヨーク市警本部長には不釣り合いな収入、金融資産があり、シャロンのリストに書かれていた金額がスイスの銀行の口座から引き出されていた。本部長を尋問するのは難しい。キャスターのナディンに口座を見せることにした。

 ナディンに会い、高揚してアパートに戻った。シャワーを浴び、ベッドに入り夢を見た。”ダディ”と呼んでいた。5才のイブだった。その男の行為は口には出来ない苦痛だった。泣くことも騒ぐことも許されなかった。いい子でいなければ酷く殴られた。いい子でなければならなかった。その男を”ダディ”と呼んでいた。友達はいなかった。友達なら体や顔の傷やあざの説明をしなければならない。8才の時、苦痛の末の気絶から覚めると男はいなくなっていた。イブは過去を封じ込めた。だが、傷つけられている幼児、少女に気付くと心と体は反応する。頭痛もするし蕁麻疹もでる。最悪なのは悪夢。

 早朝、TVのニュースでシンプソン本部長の裏金疑惑が報じられた。
 本部から連絡があり、ホイットニーを責任者とする査問チームが構成され、イブもチーム員に指名されているので本部応接室に来るように言われた。
 シンプソンは弁護士に囲まれていた。尋問ではなく、自発的説明だと言い張っていた。口座の存在は認めたが、会計士に任せているので詳細は知らないと言う。
 イブは、シャロンの脅迫リストとシンプソンからの受取額を見せ、説明を求めた。シャロンと会った事があると言い訳したところで弁護士が、発言を取り消し、応接室から出るよう示唆した。興奮したシンプソンはイブを睨みつけ、「覚えておけ」と言って出て行った。
 ホイットニーは、イブに「心配する事はない。彼は、今日一日持たないだろう」と言ってくれた。言葉通りになった。上院議員も手のつけようがなかったようだ。

 イブは3本のビデオを何回も見た。ローラとジョージ―の体には叩かれた痣があったがシャロンにはないと気付いた。シャロンの殺害者と2,3人目の殺害者は別人の可能性がある。犯罪捜査演繹システムにかけると可能性は低いと判定された。とりあえず忘れた。

 チャールズから連絡があり、3年前シャロンから頼まれて妹だと言う書類にサインした事を思い出したと言ってきた。彼はイブの役に立ちたいと燃えていたが、今までは大した情報はなかった。カンサスで貸金庫を借りた筈だと言う。重要な情報だとイブは喜び、チャールズも喜んだ。

 イブを指名して連絡が入り、苦し気な息の下から「彼にレイプされた。シャロンを殺したのは彼だ。私も彼に殺される」と言う。詳細を聞こうとすると「ファミリーの秘密だから話せない」と切れた。すぐにフィーニィに逆探知してもらった。バージニアのリチャード邸からだった。
 緊急を要する。イブは、チャールズに会って貸金庫を探すようフィーニィに依頼し、ロークに自家用機を貸してと頼んだ。ロークはダブリンに飛ぶため準備を終えた所だった。「いつでも、どうぞ」と応じてくれた。飛行場に行くとロークが待っていた。エリザベスから連絡があり、すぐに行かねばと言う。「レッドスター」はバージニアに着き、待たせていたレンタ空陸車でリチャード邸に向かった。ロークはグランプリに出た事もある運転の名手。屋敷に着くのは早かった。イブは交通違反の回数を数えるのは途中でやめていた。ジョージ―殺害に使われた銃のローク名義は犯人が偽造したものと判明していた。

 ロークを迎えたエリザベスは蒼白で、「すべてが足元から壊れかけている」とロークの腕に崩れ落ちた。イブに気付いた。事情を説明すると、連絡したのはキャサリーンだろうと言った。リチャードの妹で地元選出の下院議員である。昨夜来て、ヒステリー状態なのだと。リチャードは、彼女の言う事が意味不明で持て余していた。
 イブが会うと、キャサリーンは連絡していないと取り乱した。「ファミリーは汚された」と。落ち着かせ話させた。父、デブラス上院議員は、キャサリーンが幼児の頃からベッドに入り込んでいたが、12才の誕生日の夜、彼女をレイプした。誕生日プレゼントのポニーと同じプレゼントだと言われた。彼の行為は続き、母は気付いたが何も言わなかったし、聞こうともしなかった。恥じていたキャサリーンはリチャードにも話せなかった。自宅を出て大学に行き、結婚した。彼の醜悪な行為は終わったと思っていた。
 書斎を覗き見して、シャロンを相手に同じことを繰り返していると知った。シャロンは、キャサリーンとは違い従順ではなかった。やらせるから金を出せと言っていた。日記に詳しく書いているので、金を出さないのなら公開すると脅してもいた。彼の下のシャロンと目が合った。冷たく、軽蔑した目だった。
 父に話した。彼から「ファミリーの秘密を話してはならない。夫や息子の安全を考えろ」と言われた。キャサリーンは話せばシャロンのように殺されると怯えていた。

 リチャードは怒り、エリザベスは驚愕した。「ファミリーの秘密」として隠す積りはないとイブに協力した。フィーニィから、カンサスの銀行の貸金庫でシャロンの20年来の日記を発見したと言ってきた。祖父の行為が赤裸々に綴られていると。
 だが、祖父がシャロン殺害犯だとしても彼にはアリバイがあった。プライベートジェット機の日誌では、犯行時ワシントンに帰っていた。ロークは航空日誌改竄の手口に詳しい。すぐに見破った。担当した航空エンジニアは改竄を白状した。

 知らせを受けたホイットニーは、デブラス上院議員逮捕を指示した。イブはワシントンに向かった。デブラス上院議員は、熱心に取り組んできた「道徳回復法」の議会上程を終え、記者会見をしていた。彼の念願の超保守的政策が上下両院を通過する見通しとなったと滔々と述べ立てていた。法案が成立すれば、夏の大統領候補選出選で圧倒的優位に立てる。
 会見を終えた上院議員を、FBI職員を背にしたイブが逮捕した。訳が分からず騒ぐ記者たちを後ろにしてニューヨークに連行した。シャロン殺害の決定的証拠には欠けたが、キャサリーン、シャロンのレイプの証拠は万端だった。イブたちは尋問したが、弁護士は喋らせなかった。

 翌日、デブラス上院議員は保釈されてワシントンに戻って行った。イブは落胆した。この国の正義は金で買える。4人目が殺されるのに間に合った事だけだ救いだった。

 ロークの屋敷に行ったが彼はいなかった。アパートに戻るとロックマンが隠れていた。ピストルを持っている。ビデオカメラがベッドに向けられていた。彼は、4人目はイブだと言った。
 彼は儀式を始めた。イブは通信機とレーザー銃を奪われ、ベッドに座らされた。イブはポケットのレコーダーのスイッチを入れておいた。彼は、イブのためにアメリカの未来が失われたと激高していた。デブラス上院議員は犠牲になったと。イブは、ロックマンに話させた。話が終われば儀式が強行される。デブラス上院議員はワシントンに戻り、情勢を検討した。ロックマンは銃を渡し、彼は厳かに受け入れたという。イブは、追い込まれて自殺するしかなかったのでしょと言った。ロックマンは怒って、イブを殴り、ベッドから落ちた彼女は連絡機のスイッチを入れた。本部のフィーニィが早く気付いてくれることを祈った。
 シャロンを殺したのはデブラス上院議員だった。罵られながら脅されて、弾みで殺してしまった。車で待っていたロックマンが呼ばれ始末を請け負ったのだった。売春婦連続殺人に仕立て上げるため、ロックマンはローラとジョージ―を殺した。シンプソンを使って捜査に介入もした。餌に飛びつかないニグロのホイットニーや、キチガイのイブが捜査を担当し、誤解したキャサリーンが取り乱すなどの予期せぬ不幸な出来事のため、ロックマンの精緻な計画は難航してしまったと。だが、4人目の売春婦が殺されればデブラス上院議員の無罪が立証される。事務所で冷たくなっている彼が犯人ではありえないのだから。イブは彼の話に感心し、おだてて話させ続けた。彼のプロファイルは、自尊心強く優勢誇示。得意げな話が終わればイブは死ぬ。

 食堂から戻ったフィーニィは連絡機から聞こえるイブの声に気付いた。特務部隊を指揮してイブのアパートに急行した。ホールにロークが来ていた。事件が終わり、イブと祝杯を挙げる積りだった。民間人だからと追い払うのは無理。
 
 ロックマンはカメラのスイッチを入れようと目をそらした。その隙をイブは襲った。銃が発射されたが、イブは彼の後ろに回り馬乗りで締め上げた。ドアが開き、フィーニィの部隊が突入した。元陸軍特殊部隊員のロックマンは、ストリートファイター上がりのイブにやられていた。だが、イブの傷を見たロークは彼を思い切りぶん殴った。フィーニィは見ないふりをしていた。激しく興奮しているイブを鎮められるのはロークしかいない。イブは彼に任せた。

 ロークは、イブを屋敷に連れ帰った。イブは「これからは悪夢は見なくて済みそう」と、ロークに体を預けた。