(前日からの続き)東京〇〇区は松本零士やモンキー・パンチ、ちばてつやに石森章太郎、藤子不二雄A、高橋留美子、古谷三敏、池上遼一、吉沢やすみに寺沢武一なんかが住んでまして、


それと萩尾美都や竹宮恵子ら女流漫画家がデビューしたての頃に共同生活をしていた等々もともと漫画家に縁が深い場所であります。


これは近くに手塚治虫の虫プロダクションと東映〇〇撮影所という当時日本のアニメ制作の二大拠点があったからでして、


アシスタントを確保したり、あるいは暇な時期にバイトさせたりするには便利ですから山上たつひこがここに拠点を構えてもおかしくはないんです。

IMG_0067

しかし違和感を持ったのはエッセイにある「がきデカは当時住んでいた○○区を舞台にしている」という記述でして、


東京都民ならお分かりでしょうが70年代の〇〇区は無骨な百姓と住宅ローンでマッチ箱を建てたサラリーマン家庭だけが住む面白味も無い場所でございまして、


そんなところへアホの坂田が突然現れてもイジって楽しめる土壌などは絶対に無い、単に110番されるだけの風土ですから、


メーテルやダメおやじ、カエルのピョン吉ならまだ許容範囲内にいますけど、こまわり君があそこら辺を歩いてるのはちょっと想像出来ないんですよ。

IMG_0075

だから山上たつひこも大阪から出てくれば○○区の人間関係の希薄さや面白みの無さ、そして異物に対する冷淡な態度は身に染みて分かったはずなんですが、


それでエッセイを読んで見たところ「○○区の大家さんや近所とはウマが合わなかった」と案の定な記述が出てきたんですが、


別の経歴サイトには「山上たつひこはもともとはシリアス路線の漫画家だったが、○○区に移り住んでからギャグ漫画に路線変更して大成功した」とあるのを見て、


ふと関西人特有の自分を第三者の視点に置き換えてみて、その自分自身の奇妙さや可笑しさを笑いにするって習性を思い出したんですね。(続く)

IMG_0072

にほんブログ村 海外生活ブログへ
にほんブログ村