ロビンの観劇日記

芝居やオペラの感想を書いています。シェイクスピアが何より好きです💖

「アンドーラ 十二場からなる戯曲」

2024-03-28 15:44:19 | 芝居
3月21日文学座アトリエで、マックス・フリッシュ作「アンドーラ 十二場からなる戯曲」を見た(演出:西本由香)。



敬虔なキリスト教国であるアンドーラ。アンドリは隣国の「黒い国」でユダヤ人が虐殺されているさなか、ある教師に救い出され、
教師夫妻とその実の娘バブリーンのもと4人で親子同然に暮らしていた。
もとは平和な国であったアンドーラだが、近頃は黒い国からの侵略の噂が飛び交い、不穏な空気が漂っている。
ある日、アンドリとバブリーンは結婚したいと教師に切り出すが、教師は激昂して許さない。
自分がユダヤ人であるからだと悲嘆に暮れるアンドリのもとに、黒い国からある女性が訪れて・・・(チラシより)。

戦後スイスの代表的作家マックス・フリッシュがドイツ語で書き、ドイツ語圏の多くの国で教科書に掲載されている寓話劇の由。
今回の上演では、演出家も美術・照明・衣装の各担当者もドイツに派遣されて研鑽を積んだ人だという。

舞台は白壁が取り囲む空間。三角と四角の幾何学的な形。黒いテーブルといくつかの黒い椅子。
それが酒場になったりアンドリの家になったり。
バブリーン(渡邊真砂珠)が家の壁を白く塗っている。聖人のお祭りの日のため。
カーキ色の軍服を着た兵士パンター(采澤靖起)が彼女をじろじろ見て、嫌がる彼女にしつこくからんでくる。
バブリーン「私、婚約してるの」
パンター「誰?そんな奴、見たことないぞ」・・

酒場でアンドリの父(沢田冬樹)が家具屋の主人・親方(大原康裕)と交渉中。
家具職人見習いにしてもらう費用が50ポンド。どうしてもまけられないと突っぱねられ、父はさらに酒をあおる。

途中何度も照明が変わり、客席を向いた人が一人一人、「証言します」「アンドリがあんなことになったのは私のせいじゃありません」
などと言うので、破局が待っているのかと想像がつく。

アンドリ(小石川桃子)は20歳。酒場で手伝いをしているが、家具職人になりたがっている。
それはアンドーラの伝統的な職業だった。
妹バブリーンは19歳。二人は子供の頃から愛し合い、学校で「兄妹だから結婚できないよ」とからかわれた。
絶望して死のうとしたこともあった。
その時母(郡山冬果)に見つかり、実はアンドリは実の子ではなく、父が隣国から助け出した子だ、と知らされる。
その日以来、二人は同じ部屋で寝るのをやめた。
二人は将来結婚すると約束していた。

酒場でアンドリはパンターと言い争いになり、パンターは「ユダヤ!」と罵倒する。
アンドリは家具職人の親方の元、初めて自分で椅子を作った。立派な出来栄えだった。
だが親方は、別の椅子を点検して脚をはずし、これじゃあダメだ、などと言って、アンドリに「ユダヤ人は商売の方に向いているから
外回りして注文を取って来い」と言う。
親方の、あまりに露骨な態度に絶望するアンドリ。

両親の前で、アンドリとバブリーンは結婚の許可を求める。
母は「そうなると思ってた!」と大喜びで二人に駆け寄るが、父は愕然として手にした台拭きを落とす。
父「絶対ダメだ!」
アンドリは驚き、「僕がユダヤ人だから?」と尋ねるが、父は答えずに去る。

家に医者が来る。
外国から20年ぶりに帰国した彼は、アンドリがユダヤ人だという話を知らない。
アンドリを診察し、薬をやろうとするが、その時「すべてのユダヤ人は地に倒されよ」みたいな決まり文句を口にする。
聞きとがめたアンドリは「どうしてユダヤ人は・・?」と尋ねるが、医者ははっきり答えない。
アンドリは薬を受け取らず、ぷいと出てゆく。

神父とアンドリの会話。
ユダヤ人とアンドーラ人について。
神父「みんな君を愛している」「君は人より賢い・・」
話が嚙み合わない。
「どうして父は娘を僕にくれない?」

アンドリとバブリーンが、夜いつものようにバブリーンの部屋の前で語りながら眠ってしまうと、パンターがそっと入って来て
バブリーンの口をふさぎ、彼女の部屋に連れ込んで鍵をかけて乱暴する。
アンドリは気づかず、時々目を覚ましてバブリーンに話しかける・・。

隣国が攻めてくるという噂があり、みな不安がる。
だが医者は落ち着いている。
「だってその理由がない。アンドーラは世界一平和で自由な国だ。世界中から愛されている。
美しいが貧しい。オリーブが取れるが、特に上等というわけでもない。攻めたって仕方がない」と言ってみなを安心させる。
<休憩>
旅館に隣国の女性が一人で来るというので、町の人々はうろたえている。
パンターは、敵と見なしてやっつける、と息巻く始末。
その女性は来ると、宿の主人にメモを渡し、「学校教師のカンという人に渡して」。
そこにアンドリが来て、パンターを見ると彼の帽子を取って地面に投げ捨てる。
二度もそうするので、パンターは彼に殴りかかり、アンドリは血を流す。
女性が止めると、みな立ち去る。
彼女はアンドリを介抱し、「お父さんのところへ連れて行って」。

家で、女性はアンドリの父と対面。
かつて二人は隣国で付き合っていて、彼女はアンドリを出産したのだった。
だが、かの国で共に暮らすことは難しく、父は息子を連れて帰国。
その時彼は、ユダヤ人の子供を迫害から救い出した、という話をでっち上げた。
そのため彼の行為は美談として広まり、隣国にいる彼女の知るところとなった。
驚いた彼女は、彼に何度も手紙を書いて送ったが、返事はなかった。
彼女はついに、直接二人に会いに来たのだった。

アンドリと二人だけになると、彼女は自分の若かりし日のことを話す。
ある人と出会って恋に落ちて、でも一緒に暮らしていくのは難しくて・・。
「あなたに話したいこと、聞きたいことがたくさんあるわ。
でも、もう行かなきゃ」「行くように言われたの」
「また会いましょ!」と言って去る。
外は騒がしい。
敵対国の人間がこの家の中にいる、と町の人々が騒いでいるのだ。
父がアンドリに送らせようとするが、彼女は「一人で帰る」と言ったという。
父はあわてて彼女を追いかけ、広場を通らず裏道を行かせようとするが・・。
彼女は群衆が投げた石に当たって死ぬ・・。

またしても「証言」。
私じゃありません。そこにいなかったし。
誰が石を投げたか分かりません。

神父がアンドリと面談する。
父親は、真実を息子に告げることがどうしてもできず、神父に告白したらしい。
神父は父親の代わりに、アンドリに事実を話して聞かせる。
「君はユダヤ人じゃなかったんだよ」
だが話を聞いたアンドリは、バブリーンが血のつながった妹だったのか、だから父は結婚に反対したのか、と納得するかと思いきや、
自分がユダヤ人でなくアンドーラ人だったということに愕然とする。
彼は突然のことに混乱し、困惑して立ち去る。

アンドリの父の妻は、ようやく真実に気がつく。
「あの人はアンドリの母親なのね」
「そしてあなたが父親・・」

「ユダヤ人選別」が始まる。町の人々は黒布で頭をすっぽり覆い、兵士パンターに命令されている。
黒服の男が無言で査定する。
連れて来られた男の裸足の足をしげしげ観察し、頭、顔、体つき・・と丹念に調べていき、兵士に合図する。
アンドリも連れて来られる。
両親が来て、母が「この子はユダヤ人じゃありません、夫の子なんです!」と叫ぶが、今さら誰も信じない。
体を調べられた後、彼は連れ去られる。
実の母が別れる時、彼にくれた指輪も、無理やり取られてしまう。

一連の騒動が終わり、町は平和を取り戻したかのようだ。
以前のように酒場にみなが集まり、酒を注文して飲もうとしているところにバブリーンが来る。
髪を極端に短く切っており、持参したバケツの中の白いペンキを床に塗りたくる。
みなが驚きあわてていると、神父がやって来て告げる。
この子の父親は教室で首をくくった・・。
この子はアンドリを探しているのです・・。
  ~~~~~
架空の国アンドーラが舞台の寓話劇だが、作者は敢えて「ユダヤ人」という名称を用いている。
これは決して遠い国の出来事ではない。
私たちが現在生きている、この日本という国と無縁の話ではない。

演出の西本由香がパンフレットに書いている。
「本当に自分たちが選択を迫られた時にどう行動できるのだろうか。
私たちは弱く、自らの生活を守ることと、正しくあり続けることを両立するのは難しい。
それでも、その時のために考え続けること。
遠くの不正を追及することよりも、身近な隣人に誠実であり続けることがずっと難しいと自覚すること。
自分の中にある恐れと弱さ、ずるさに自覚的になること。・・」
深い共感をもって、この文章を読みました。

主役の二人が素晴らしい。
アンドリ役を女性の小石川桃子が演じるが、まったく違和感がない!
この人は一体何者なのか・・。
バブリーン役の渡邊真砂珠は、昨年「夏の夜の夢」でヘレナを好演した人。
今回も熱演だった。
悪役パンターを、今やベテランと言っても過言ではない采澤靖起が飄々と演じる。






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