本「ヴィネガー・ガール」@集英社(2021年) | 明日もシアター日和

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著 アン・タイラー

訳 鈴木潤

 

 

 現代の作家がシェイクスピア劇を小説に語り直す(翻案する)「ホガース・シェイクスピア」プロジェクトの、翻訳版第3弾。著者アン・タイラーが取り上げた原作は「じゃじゃ馬ならし」。某インタヴュー記事によると、著者はシェイクスピアの戯曲はすべて嫌い、特に「じゃじゃ馬ならし」が嫌いなので語り直すことにしたそうです(訳者あとがきより)。ちなみに、第1弾はマーガレット・アトウッドが「テンペスト」を翻案した「獄中シェイクスピア劇団」(←すごく面白かった👍)、第2弾はエドワード・セント・オービンが「リア王」を翻案した「ダンバー メディア王の悲劇」です。

 このプロジェクトではモチーフの原作を著者が自由に料理できるのですが、本書の場合「じゃじゃ馬ならし」内の要素をいくつか使いながらも、原作の構成にはあまりこだわってはいなくて、ほぼ別物になっていた。個人的には、シェイクスピア劇の語り直しモノとして見ると格別に面白くはなく、普通の小説としても特に好みではなかったです🙇‍♀️

 

 ネタバレあらすじ→舞台は現代のボルティモア。父と妹と3人暮らし(母は病死)のケイトは、大学を退学後、幼稚園でアシスタントをしながら家事を切り盛りしている29歳。15歳のは美人で自由奔放、男子にモテモテ、は自己免疫疾患の研究をしている科学者。その父は、外国人の優秀な研究助手ピョートルのビザが切れて一緒に研究が続けられなくなるという問題に直面。ピョートルに永住権を取得させるため、ケイトと書類上の結婚をさせることを企む。怒りと屈辱を覚えたケイトだが、父の心情を知り、結婚したら別々に歩むつもりで、父を助けるため形だけの結婚を承諾。しかし、移民局に偽装結婚と怪しまれないよう結婚までの間ピョートルと仲が良い振りをし、他の人たちと結婚式に関するやりとりをするうちに、ケイトの何かが変化していく。ドタバタの末、結婚式と披露宴はなんとか終了。エピローグはその数年後、ケイトとピョートルの子供(小学生)の目線で、その幸せな家族風景が語られる。

 

 な〜んだ、結局、結婚して子どもを持つところにケイトの幸せを設定したのか……って思いました😔  しかも、もともと植物学者を目指していたケイトはその夢を叶え、何かの賞を獲ったというおまけ付き。結婚+子どもの人生がダメと言っているわけではなく、「語り直しシェイクスピア」作品としてもっと痛快な翻案、新展開を期待していたのですよ(男性たちをやり込めるという意味でもなくて)。

 

 ケイトは無愛想で率直すぎるところがあるけど、原作のような、強情で気性が荒い暴れ馬ではない。むしろ、とんでもないことを思いつく父親の方がよほどエキセントリック。ピョートルも科学者らしい変人ぽさはあるけど、原作のような、性差別的&暴力的なDV男ではない。ケイトとピョートルのやり取りは、国や文化や言葉の違いによる誤解や発見が一つのコメディ要素になっているところは納得です。

 そして確かにケイトはピョートルに「飼い馴らされる」わけではない。自分の狭い世界に閉じこもっていた彼女が、結婚話をきっかけに世の中を広い視野から見るようになり、自分にとってより快適な生き方を見つけていく、自分から変わっていくんですね。「ピョートルは本当の自分を愛してくれる、偽装結婚を承諾したのは、彼をこの国に入れてあげ、自分らしく居られる場所を提供するため」とさえ言うようになるんだけど、終盤にはピョートルの言動をすんなり受け入れているようでもあり、何か拍子抜けしたな。

 

 最後、原作のキャタリーナが「女は弱い生き物。妻は夫に従順であることが義務。そうすればすべて平和に治まる」みたいに演説する代わりに、本書のケイトは「男であるのは大変なこと。男はこうあるべきという世間的なプロトタイプの縛りから脱却できない男は、女よりずっと不自由な生き物なのよ」と、妙に物分かりのいい人になっていました😑  そして「女は生まれた時から人の感情を観察してレーダーに磨きをかけてきている」「女は物事の裏にある仕組みを知っている」って、さすがに言い過ぎじゃない?🙄 ケイト自身だってつい1カ月ほど前までは人の気持ちを省みるような人ではなかったじゃん。

 

 タイトル「ヴィネガー・ガール」ですが、「ケイトの妹は優しい(スウィート)」という話から、ケイトがアメリカのことわざ「蜂蜜(=甘いもの=スウィート)の方がお酢(ヴィネガー)より多くのハエを捕らえられる」を紹介すると、ピョートルが「ハエなんか捕らえて何になる? 答えてみて、ヴィネガー・ガール」とケイトをそのように呼びます。ピョートルは、ただ優しい人なんて毒にも薬にもならない、君のようなちょっと酸味(癖?強い個性?)がある人=ヴィネガー・ガールの方が良いよって言ってるのかな。「vinegar」には「お酢」のほか「不機嫌、辛辣な言葉」「活力」という意味もあるようです。

 

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