映画「イニシェリン島の精霊」(2022年) | 明日もシアター日和

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脚本/監督 マーティン・マクドナー

コリン・ファレル/ブレンダン・グリーソン/ケリー・コンドン/バリー・コーガン/シーラ・フリットン

 

 マクドナーは大好きな作家ですが、いや~、面白かった🎉🎉🎉 暴力的で残酷、ブラック&乾いた笑いが散りばめられていて、不条理感ありあり。民間伝承に出てくる精霊バンシーと絡めてアイルランド的神話色を出し、さらにアイルランドでの内戦と重ねてある。孤独感と悲哀が漂うトーン、悲惨で滑稽で皮肉に満ちていました。

 

 ネタバレあらすじ→アイルランドの西海岸沖に浮かぶイニシェリン島(架空の島)。酪農で生計を立てているパードリック(コリン・ファレル)と、フィドル(バイオリン)奏者コルム(ブレンダン・グリーソン)は親友だったが、ある日突然コルムはパードリックに「お前が嫌いになった、話しかけるな、そばに来るな」と絶縁する。訳が分からないパードリックは関係を修復しようとするが、コルムは「今度近づいてきたら俺の指を切ってお前んちに届けてやるっ❗️」と言い放つ。それでもしつこく繋がろうとするパードリックに腹を立て、コルムは本当に自分の左手人差し指を切り落とす😱

 そんな状態でもコルムは、本土から来た音大生とフィドルの練習を楽しんでいる。嫉妬したパードリックは音大生を騙して本土に追い返す。それを知ったコルムは怒り心頭、左手の指すべてを切り落として😱パードリックの家に投げつける。パードリックが可愛がっていたロバがその指を食べて窒息死。キレたパードリックはコルムの家に放火する😱 家は焼け落ちるがコルムは逃げて無事だった。「これであいこだ、争いは終わった」と言うコルムに、パードリックは「違う! どちらかが死ぬまで終わらない」と言う。終わり。

 

 いくつかサブプロットがあります。パードリックには妹シボーン(ケリー・コンドン)がいますが、閉塞的で退屈な島の生活に耐えられず「この島には人の悪意しかない」と言って島を出ていく。また、パードリックの仕事を手伝っている青年ドミニク(バリー・コーガン)は警官である父と2人暮らしだけど父から頻繁に暴力を受けており、シボーンに恋心を告白したけど見事にフラれ、終盤で水死体で発見されます(おそらく自殺😢)。

 

 政治的背景としては、作品の時代設定が1923年であることが重要。この時はアイルランドはまだイギリスから独立していません。中世以来イングランドから侵略を受けてきたアイルランドは19世紀にイギリスに併合されてしまった。20世紀に入って独立を主張する党がアイルランドで圧勝。イギリス政府との闘いを経て英愛(イギリス・アイルランド)条約が締結される。

 でもそれは中途半端な妥協案で、プロテスタントの多いアイルランド北部はイギリスの一部のまま、それ以外の地域はアイルランド自由国として自治を認められるが、国家としての独立ではなくイギリスの自治領という立場にすぎない

 そこからアイルランドでは、条約を受け入れる人たちと、イギリスからの全島完全独立を求める人たちとに分裂1922年にアイルランド人同士が戦う内戦が勃発します。ついこの間まで敵といえばイギリス人だったのに、今度は住民同士で敵対するという……。

 

 そんな感じで本土では、昨日まで仲間だった人たちが、ある日突然敵同士になり、命をかけた戦いをしている。それに並行して島でも、親友だった2人の争いが起こっている、それはアイルランド内戦の縮図です。時々、対岸の本土から砲弾の音が聞こえ硝煙が上がるのが見える。でも、島民にとってその内戦は他人事、彼らが何のために戦っているのか興味ない。重要なのは目の前(島)で起こっていることです。しかも、映画の終盤ではアイルランド内戦は終結するんだけど(史実として1923年5月に終結)、2人の戦いは終わらない、むしろそこから第2段階に入るんですよね。

 

 映画の原題は「The Banshees of Inisherin」ですが、これはパードリックと絶交したコルムが創った、フィドルによる新曲のタイトルでもある。バンシーとはアイルランドに伝わる、死者が出ることを予告する精霊のこと。島には、生きるバンシーみたいな老女(シーラ・フリットン)がいて島民たちをじっと観察しています。島の生活は一見すると静かで気楽そうだけど、実は虐待とか暴力とかプライバシー侵害とか、みんな何かしらの不満を抱えていて、微かだけど不穏な空気が地を這っている。だから、バンシーはあちこちに出るよってことかなあ(原題で “バンシー” が複数形なのが気になって💦)。その老女はパードリックに「2つの死が訪れる」と告げるんだけど、それはドミニクとロバだったってことでいいのか?🙄

 

 パードリックは気がいい男で、家畜の世話をし、終わったらパブでビールを飲みながら皆と雑談する生活に甘んじている。だからコルムの仕打ちに傷つくんだけど、自分で「島一番のバカはドミニクだ」と言っておきながら、ふと「じゃ2番目にバカなのは……もしかしたら俺?」と本気で心配になったりして可笑しい😆 で、いい奴(=退屈な男)と言われるのがだんだん気になってきて、「いい奴」でなくなればコルムがまた気に入ってくれると思って出たところが裏目に出ちゃうという、こじれ構造……。

 

 コルムは自分の残りの人生を思い、パードリックと絶交した理由を「このまま無為に歳をとって死にたくない。自分は芸術=フィドルの作曲と演奏に生きる、だから退屈なお前と無駄話をして時間を潰したくない」と言います。なのに彼は、弦を押さえる左手の指を切り落としていく、そうしたらフィドルは弾けなくなるのに、言ってることとやることが変……ところが、左手の指すべてを切り落とした後も、フィドルを振ってリズムを取りながら仲間と練習をするの、ちょっと狂気じみていました😅

 

 2人の役はコリン・ファレルとブレンダン・グリーソンに当て書きしたそうです。2人とも癖ありそうな風貌だし、内に屈折した思いや哀しみを抱えているように見えるし、演技はホントしみじみと良かったです。

 主なロケ地はイニシュモア島(他にアキル島)で、カルスト石灰岩による大地は荒涼とした寒々しい風景を見せ、島内に点在するマリア像やケルト十字などが、聖性と異教性とが混じった神秘的な空気を醸し出す。そしてフィドルの音色が物悲しかったな。

 

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