「…!」

その黒人の男は、ウィリアムの怒鳴り声に驚いた弾みでテーブルに腰をぶつけ、体勢を崩し、その場に倒れこんだ。

ウィリアムは倒れた黒人の男の胸ぐらを掴んだ途端、いきなり顔を一発殴り、再び怒鳴り散らした。

「お、お前みたいな黒人野郎がぁ!わ、わしらにこ、酒をこぼしやがって!」

「おい!落ち着け!」

カザンはウィリアムの怒りように驚き、激昂しているウィリアムを羽交締めにして、ウィリアムを黒人の男から引き離した。


カザンはその黒人の男に良い感情は抱いてはいなかったが、ウィリアムの過剰とも言える報復を見て、男を責める気を失っていた。

周囲の客もこの騒動に気づき、周りは騒然となった。

「お、落ち着いてなんかい、いられるか!」

 

「おい、ウィリアム。」

その時、羽交い締めにされているウィリアムの後方から、見知らぬ男の声が聞こえた。

「お前は一体何をしているんだ?」

振り向くと、そこには子供と見間違うほど小柄な猫背の男が、不気味に立っていた。

その小男は、紳士服の上に黒いコートを着用しているが、顔には無精髭を生やしており、突き出た口と鼻がネズミを連想させる顔つきをしていた。

ウィリアムはその小男の声を聞くと途端に暴れるのを止め、甲高い声で言った。

「じょ、ジョーイ!く、来るのが遅かったじゃないか!」

「俺は静かに待っていろと言ったはずだが…この騒ぎはどういうことだ?」

ジョーイと呼ばれたその小男は、苛立っているかのような口調でウィリアムに言った。

カザンが暴れるのを止めたウィリアムを離した。

すると、ウィリアムはすぐにジョーイの側に行き、膝を床について言った。

「ち、違うんだ!こ、これは、あの黒人野郎が悪いんだ!」

すると、ジョーイはウィリアムの胸ぐらを掴み、ウィリアムの顔を睨みつけながら威圧するような声で言った。

「…ここに来た理由を忘れたのか?」

「っひ…!」

ウィリアムは目に涙を浮かべ、肥満体の体を震わせていた。

「…行くぞ。」

ジョーイはそう言うと、ウィリアムを突き放した。

 

ウィリアムは額の脂汗をポケットから取り出したハンカチで拭くと、黒人の男に向かって言った。

「お、お前はももも、もう行っていいぞ…」

 
黒人の男は困惑しつつも、ウィリアムの怒りが収まったことを悟り、トランペットを大事そうに抱えオーケストラの方へ向かった。

ウィリアムはジョーイと共に、隅の方にある席に慌ただしく移動した。

黒人の男はオーケストラのトランペットの位置に座ると、仲間内から何か声をかけられていたが、、それにはかまわずトランペットを口元に構えた。

 

指揮者の合図でオーケストラの演奏が再開した。

 

すると、今までの騒然とした雰囲気が一変するような音色が部屋一面に響き渡り、まるで何もなかったかのような新鮮な空気に包まれた。

不思議なことにトランペットの音色が、よりいっそうオーケストラの演奏を引き立てている。

カザンも事態が収まったと感じ、元の席に座りなおした。

 

a person holding a trumpet
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「…色々大変だったね。」

 

マイケルはそう言いながら、残りのジャックダニエルを飲み干した。

 

「じゃあ帰ろっか、カザン。」

 

マイケルがカザンの機嫌を伺うような目で言ったが、

 

「…マイケル、少し待ってくれ。」

 

カザンは別の席に移った二人を見つめていた。

ウィリアムはジョーイに何かを訴えているようであったが、内容までは聞こえなかった。

「ジョーイと呼ばれていたあの小男が少し気になってな…」

「…まぁ、確かにちょっと怖そうな人だったけど、どうしたの?」

「確かこのバーでは銃の持ち込みが禁止されていたはずだな?」

「まぁ、そうだね。」

「でも、お客の中には銃を護身用に持っていたい人もいるだろうし、このバーもその気持ちを尊重してるみたいだよ。そもそもこの招待制のバーには野蛮な人は来ないはずだから、銃の持ち込み禁止は形式上らしいけど…それがどうかしたの?」

「…ジョーイと呼ばれたあの小男が着ているコートだが、右手側の裾が振り子のようにやや揺れていた。」

カザンはウィリアムとジョーイの二人を見続けながら言った。

「奴の右足の歩幅は左足よりも短く、右腕の振り幅は左腕よりも小さかった。」

「…つまり?」

「奴がコートの右手側に銃を隠し持っている可能性が…」

その時、ウィリアムが突然席を立ち、ジョーイに向かって叫んだ。

「わわわ、わしが悪かった!だ、だからど、どうか許して…」

その瞬間、ジョーイは懐から素早く銃を取り出すと、ウィリアムの額をいきなり撃った!

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オーケストラの演奏をかき消すかのように、一発の銃声が鳴り響いた。

第一章 完