先月9月29日の自民党総裁選挙で岸田文雄氏が選出され、10月4日の臨時国会で氏は内閣総理大臣に就任することになりました。岸田新政権の誕生です。

岸田氏は総裁選において「新しい資本主義」という政策概念を打ち出しております。

 

参考「新しい日本型資本主義 ~新自由主義からの転換~ 」衆議院議員・岸田文雄

https://kishida.gr.jp/wp-content/uploads/2021/09/20210908-02.pdf

 

岸田氏は安倍政権が採り入れていた経済政策枠組み=通称「アベノミクス」の基幹である大胆な金融政策、機動的な財政政策、成長戦略の3本柱 を堅持すると表明しつつも、「成長と分配の好循環による新たな日本型資本主義の構築が必要」と主張しています。

さらに

規制緩和、構造改革の新自由主義的政策は我が国経済の体質強化と成長をもたら したが、富める者と富まざる者の分断も発生。 成長のみ、規制緩和・構造改革のみでは現実の幸せには繋がらず。

といった言葉も発しています。

私の感想を言いますと、岸田氏が述べる「新しい資本主義」や「新自由主義的政策」という言葉の意味や定義がふわとしていてよくわかりません。さらに継承すると述べたアベノミクスとの整合性がとれず矛盾した部分が見受けられることです。

 

「新自由主義」とはいったい何でしょうか?多くの人が何気なく使う言葉ですが、実は定義が曖昧ではっきりしていません。とりあえず政府の介入を最小限に抑える「小さな政府主義」で、財政膨張を避けて税負担増大を抑え、規制緩和などで民間経済活動の自由を最大化させることを善しとした政治・経済思想と思っておけばいいでしょうか。岸田氏がいう「成長のみ、規制緩和・構造改革のみでは現実の幸せには繋がらず。」については間違いといえないのですが、「規制緩和、構造改革の新自由主義的政策は我が国経済の体質強化と成長をもたらしたが、富める者と富まざる者の分断も発生」という部分を私は納得することはできません。規制緩和、構造改革が貧富格差を増長させたという論拠はどこにあるのでしょうか。単なる印象だけで経済政策を決められてしまったら、貧富格差や貧困問題がいつまでも解消しないばかりか、逆に拡大する恐れがあります。

 

日本の貧困や経済格差問題を考える上で注意しないといけないのはアメリカやヨーロッパをはじめとする他国とは状況がかなり異なることです。日本の経済格差については他国と比較してもかなり小さい方になります。「21世紀の資本」で有名となったフランスの経済学者トマ・ピケティ教授が日本に来たとき、ホームレスの姿を見かけないなど経済格差の小ささに驚いたと言われます。アメリカなどのようにごく少数の富裕層が巨額の富を寡占し、貧富の格差が極端になっている状況ではないのです。日本の場合は経済格差よりも国民全体の所得や資産水準が伸び悩んでおり、また極端な富裕層が少ないです。

 

マクロ経済エディター 松尾洋平氏が書かれた日経の記事を読んでみましょう。

 

この記事で上位1%世帯の資産が国民全体に占める割合を各国で比較したグラフが掲載されていますが、日本の場合は11%ほどで富の偏在が小さいです。アメリカに至っては40%もの富をたった1%の富裕層が寡占しております。かなりひどい格差社会です。

出典 〈データが問う衆院選の争点〉日本の年収、30年横ばい: 日本経済新聞 (nikkei.com)

 

アメリカの民主党バイデン政権は富裕層への増税を財源に再分配政策を進めようとしていますが、これほどひどい経済格差ならばやらざる得ないでしょう。ちなみにアメリカで極端な富裕層が発生する理由は一部の経営者や投資家が巨額の報酬を受け取っているからです。経済学者の岩井克人教授は英米を中心とする所得の不平等の根本要因はピケティの言う「資本の論理」ではなく、英米流の「誤ったコーポレートガバナンスの問題」ではないかという仮説を唱えます。岩井教授は東洋経済の”ピケティ「21世紀の資本」に対する疑問 ~資本の定義に矛盾あり~”という記事にて

本来経営者に課されるべき忠実義務を軽視し、株主主権の名の下に、自己利益の誘因で経営者をコントロールしようとしたことが、英米において、経営者による株主を含む他のステークホルダーの搾取を許すことになった。その結果、資本所得は大して上がっていないのに、経営者の報酬だけ圧倒的に上がってしまった。これが、ピケティが示した英米における所得の不平等化の大きな要因であるというのが、私の考え方だ。

と記されました。

 

次に所得格差の深刻さを示すジニ係数を確認してみましょう。日本の当初所得ジニ係数は1999年よりぐんぐん上昇していっています。

出典 所得格差に対する誤解 ~再分配後の所得格差はむしろ縮小。再分配よりも優先されるパイの拡大~ | 永濱 利廣 | 第一生命経済研究所 (dlri.co.jp)

世間では経済成長優先の競争至上主義や弱者切り捨ての新自由主義的政策によって経済格差を拡げたのは小泉純一郎と竹中平蔵だと言われがちですが、日本においてジニ係数が上昇しはじめたのは小渕恵三政権時代の1999年からです。第一生命経済研究所の首席エコノミストである永濱利廣さんはこの時期に進んでいた生産拠点の海外移転と雇用機会の海外流出があったことと、海外からの安い製品が大量に輸入されるようになったことが背景にあると診ているようです。

 

しかし上のグラフは3年刻みとなっていますので上昇トレンドに転じたのは1996~1999年の間である可能性があります。同じく永濱さんの記事に掲載されていた経済成長率と失業率のグラフを確認しますと失業率が上昇していったのは1998年以降です。

所得格差に対する誤解 ~再分配後の所得格差はむしろ縮小。再分配よりも優先されるパイの拡大~ | 永濱 利廣 | 第一生命経済研究所 (dlri.co.jp)

 

さらに野口旭さん(現在日銀審議委員)が専修大学教授だった時代に書かれていたNewsWeekの記事に掲載されていた名目・実質賃金と物価のグラフを確認しますと、1998年より名目・実質賃金が下落し、1999年より物価の連続下落(デフレ)がはじまっています。

 

出典 ニュースウィーク 野口旭 「雇用が回復しても賃金が上がらない理由  」

(赤線や脚注は凡人オヤマダ)

 

永濱さんと野口さんが用意されたグラフを見比べていくうちに、経済格差と貧困の元凶となっているのは1998年からの賃金下落によるデフレ不況であることがわかります。この当時「価格破壊」という言葉が流行っていましたが、雇用・賃金崩壊が背景にあったのです。

 

永濱さんの記事を読み続けていきますと、2014年から2017年にかけてジニ係数が下がってきていることも指摘されています。アベノミクスの効果がしっかり顕れてきたのは2014年あたりからです。永濱さんは次のように書かれています。

①アベノミクスの異次元金融緩和により極端な円高・株安が是正され、生産拠点の海外移転に歯止めがかかった。②結果として就業者数が500万人近く増加し、低所得層の所得が底上げされた―こと等がある。実際、2015年以降の海外生産比率は頭打になっている一方で、消費者物価指数も上昇に転じている。極端な円高・株安の是正による名目経済規模の拡大、女性や高齢者を中心とした労働参加率の上昇などが相まって、日本国民の稼ぐ力が誘発されたと考えられる。

量的金融緩和政策は日本においてアベノミクスが初ではなく、小泉政権・福井俊彦日銀総裁時代にも行われており、ITバブル崩壊後の景気と雇用の回復に貢献しています。2003年から2006年のことです。失業率の改善は永濱さんのグラフでも確認できます。しかしながらこの量的金融緩和は非常に中途半端なところで解除されてしまい、そのあと本格的な賃金上昇と正規雇用の拡大を見ないままリーマンショックを迎えてしまいました。1998年からはじまった賃金下落の動きは名目がアベノミクスがはじまった翌年の2014年まで、実質は2016年まで続きます。20年以上もの長期にわたってだらだら賃金と物価が下落し続けるのは世界的にみても極めて異常な状態です。

慢性化していたデフレ不況体質のなかで正規雇用と非正規雇用社員の格差が生まれたり、就職氷河期世代とそうでない世代の格差やバブル期までの高齢世代と現役世代の格差が出てきてしまいました。

アベノミクスによる雇用と民間投資の活発化は2018年あたりまで続き、不況からの脱出は果たせましたが、消費の活発化とデフレ体質の脱出まで果たし切れていません。おそらくごく数年の間だけ景気が良くなって雇用や賃金上昇があったとしても、消費者の生活不安や警戒感が解消できないままであるのが、「消費なき景気回復」「物価上昇なき景気回復」の原因であると想像されます。その反省としてセーフティネットの拡充や再分配政策に力を入れるという岸田さんの発想は悪くないと思います。しかしながら手厚い再分配を行うためには巨額の財源が必要で、それを国民負担が増えないよう賄うには経済のパイを大きくするしかありません。民間企業の事業活性化を促すための金融政策と規制改革ならびに成長戦略が不可欠です。

 

岸田政権は菅前総理が設置した「成長戦略会議」を廃止して「新しい資本主義会議」を発足させました。しかしこのメンバーの中に積極的な金融緩和政策の必要性を訴えていた岩田規久男前日銀副総裁と対立していた翁邦雄氏の妻・百合氏の名前が挙がっています。翁氏は旧い日銀体質にどっぷり浸かり、金融緩和をやめさせようとした人物です。日銀審議委員のひとりで岩田規久男元副総裁以上に金融緩和政策の徹底を主張している片岡剛士氏の任期が来年2022年7月に終わります。氏の後任が再び金融政策を知らないど素人や金融緩和の早終いをしたがるような人物になってしまう恐れが出てきました。岸田氏の金融政策に対する関心や理解の深さが疑われます。岸田総理や閣僚が迂闊な発言をすることで金融緩和の撃ち止めを民間経営者や市場関係者たちに予感させてしまい、株価暴落や企業の事業縮小、雇用の悪化を招く危険性を孕んでいます。

 

経済格差是正や賃金分配の上昇の決め手は金融緩和政策であるという信念を岸田総理や閣僚がしっかり示していかないと、この先の経済見通しの悪化と国民所得の低迷を招きかねません。

 

参考

貧困・雇用・格差問題|新・暮らしの経済手帖 ~経済基礎知識編~ (ameblo.jp)

 

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