前回記事「岸田政権の「新しい資本主義」は日本の貧困と経済格差を解消できるのか?」の続編ですが、今回は経済格差是正・貧困問題と金融政策の関わりについて取り上げます。

ここのブログでは金融政策について重点的に取り上げ続けました。日本人の多くは金融政策について多くの誤解を持たれ、一部の投資家や金融機関、企業の利益を護るだけのものとみられています。しかし金融政策は雇用や一般就労者への賃金分配(所得分配)と大きな関わりを持っています。アメリカの中央銀行であるFRBは「物価安定(stable prices)」だけではなく「最大限の雇用(maximum employment)」も重大使命であるとしており、デュアルマンデートといわれています。

このブログは「暮らしの経済手帖」という看板を掲げており、市井で暮らす人々の生活の質や福祉の向上を目指す経済とは何かを追求しております。それには雇用の安定が第一であり、金融政策が重要な柱であると考えています。1990年代以降の日銀の金融政策迷走によってそれが脅かされ、就職氷河期世代や不安定な非正規雇用の拡大が進んでしまいました。

前回の記事において、大規模かつ異次元の金融緩和政策を採り入れた第2次以降の安倍政権の経済政策枠組みアベノミクスがはじまって以降、1998年から高まっていた経済格差を示す指標ジニ係数の動きが下がりはじめたことを伝えています。

出典 所得格差に対する誤解 ~再分配後の所得格差はむしろ縮小。再分配よりも優先されるパイの拡大~ | 永濱 利廣 | 第一生命経済研究所 (dlri.co.jp)

 

立憲民主党などの左派政党が「アベノミクスによって格差が広がった」などと言っていますが、事実は逆です。新政権の岸田文雄総理も小泉政権時代の新自由主義、経済対策やアベノミクスについて「トリクルダウンは起きると言ったけれど、少なくとも今はまだ起きていない。」という発言をしていたりします。岸田総理は面と向かって金融緩和政策を否定することはしていませんが、それが経済格差是正や貧困の防止につながるという政策効果を信用していない気配を感じます。

そこで今回もう一度きちんと金融政策が雇用の改善や所得分配にどう寄与するのかという説明をし直すことにしました。このことを理解している国民はほんの僅かしかおらず、このまま日銀が無為無策の金融政策に戻って、日本の産業衰退や雇用の不安定化を招き、我々国民の暮らしをまずしくしていってしまうことを危惧しています。

 

まず金融政策は何かと言いますと需給バランスに応じた適正な貨幣の供給によって物価の安定を計ることと、政策金利を自然利子率にあわせ民間企業の事業活動や投資態度、金融機関の融資態度の適正化を計る政策です。

1990年代以降の日本みたいに何十年もデフレ不況を続けてしまったり、逆にひどいハイパーインフレを引き起こすようなことを防ぐことや、バブル期のように民間が乱暴な投資を行って景気を過熱させてしまうようなことを止めるわけです。英語ではmonetary policyといいます。日本人が金融と聞いて多くの人が直感する株式投資などはfinanceです。日本人の金融政策に対する関心の低さや誤解はかなりひどいもので、1990年代以降の日本経済と産業の停滞や雇用の不安定化はそれが原因していると思えてなりません。

 

金融政策がなぜ雇用の安定に寄与するのかわからないという人が大多数でしょう。先に述べたように金融政策は企業経営者の事業意欲や投資意欲の適正化を計るものですが、雇用というものは企業にとって人への投資といえるものです。企業が人を雇い、彼らが職能を身に着け一人前になるまで給与を支払いつつ育てていかねばなりません。また毎月毎月社会保険料を含めた数十万円もの賃金を何十年間も支払い続ける義務が生まれます。雇用というのは企業にとって巨額投資となります。

企業が積極的に雇用を拡大するためには、将来投じた資金以上の収益を獲得できるという予想や期待が必要となります。とくに正規雇用のように何十年間もの長期雇用となりますと、数十年以上自社の業績が安定的に伸びるという見込みがなければできないことです。私はいわゆるリフレ派といわれる経済学者を長く信奉してきた人間ですが、彼らは予想や期待というものを重視します。その理由は雇用の安定が経済政策の第一使命だと考えるからです。

 

企業経営者が積極的に事業を活発化させると、それにどんどん資金を注ぎ込んで、新しい機械や工場、店舗などの設備投資や新製品や次世代技術などの研究開発、商品をつくるための原材料、そして人手を確保するための雇用を進めます。となると取引先の別企業やその会社の従業員へ賃金や代金といったかたちで所得移転が進みます。所得分配の加速です。そうなると市中でお金がぐるぐると循環しはじめ、中央銀行が積み上げたベースマネーが民間銀行へ、民間銀行から融資というかたちで企業や個人にお金が流れ始めます。これがリフレーション状態へとつながるのです。

 

前回の記事の繰り返しになりますが、日本の経済格差問題は欧米とは異なった性質のものです。欧米の場合はごくひと握りの企業経営者たちが巨額報酬を得たり、莫大な金融資産を持った富裕層がいたりすることで富の寡占が極端ですが、日本の場合は高額所得者や資産家といってもその額はさほど大きくありません。

日本は世界でも経済格差が低い国になるのですが、階級格差よりも1990年代以降の「失われた~年」といわれる長期経済停滞がもたらした世代間格差や運悪く就職氷河期にぶち当たった学生たちの就業機会不平等などの方が深刻です。「失われた10年」とか「失われた20年」は1990年代初頭の三重野康総裁から民主党政権時代までの白川方明総裁に至る日銀の金融政策の迷走がもたらしたものでした。三重野時代に「バブル退治」と称して急激な金融引き締めを行ったために日本の多くの企業が銀行による貸し剥がし・貸し渋りに遭い、資金繰り悪化で倒産や廃業に追い込まれたのです。

大企業でも研究開発や設備投資の資金調達に苦慮することになり、雇用も大幅に縮小せざる得ませんでした。それからしばらくして日銀は金利引き下げを行ったものの時すでに遅しで、企業は思い切った投資や雇用拡大をしなくなったのです。日本がまともな金融政策を行うようになったのは第2次安倍政権発足後からでした。

安倍政権の跡を引き継いだ菅義偉政権においても、金融政策の重要性を十分に認識しており、巨額の財政出動と共にコロナ禍で資金繰りに窮する民間企業への経営支援や雇用の維持に寄与しています。コロナ禍で大規模な金融緩和を実施したのは日本だけではありません。アメリカのFRBやEU(欧州連合)のECB(欧州中央銀行)なども空前といえる規模の金融緩和を実施しました。

これまで説明してきましたとおり、リーマンショックレベルの大きな金融危機や経済ショック、深刻な不況が発生したときは財政出動と共に大規模な金融緩和政策を行うことがセオリーとなっています。それは失業などによる貧困や経済格差の発生を防止する目的で行われます。

 

さて菅義偉政権の後に生まれた岸田文雄新政権ですが、一応「アベノミクス」の基幹である大胆な金融政策、機動的な財政政策、成長戦略の3本柱 を堅持すると表明しています。

 

参考「新しい日本型資本主義 ~新自由主義からの転換~ 」衆議院議員・岸田文雄

https://kishida.gr.jp/wp-content/uploads/2021/09/20210908-02.pdf

 

岸田氏は安倍政権が採り入れていた経済政策枠組み=通称つつも、「成長と分配の好循環による新たな日本型資本主義の構築が必要」と主張しているのですが、いささか気がかりなことがいくつかあります。まず岸田氏自身はもともと財務官僚とのつながりが強いとされる派閥・宏池会に属しており、財政政策だけではなく金融緩和政策にもあまり積極的ではありませんでした。それでも岸田氏は安倍元総理や氏と同じ宏池会の重鎮で経済通といわれる山本幸三議員が開催する勉強会「ポストコロナの経済政策を考える議員連盟」に参加していたことがあってか、ここ最近は積極財政や金融緩和政策を支持するような発言が出てくるようになってきました。

とはいえど、岸田氏は相変わらず「規制緩和構造改革新自由主義的政策は我が国経済の体質強化と成長をもたらしたが、富める者と富まざる者の分断も発生。成長のみ、規制緩和構造改革のみでは現実の幸せには繋がらず。 」とかトリクルダウンなどと左派政党がいうような発言を述べてしまったりするなど、人々に多くの不安要因を与えてしまっております。

前回自民総裁選挙に出馬した岸田氏や高市早苗氏を含めた候補は金融所得課税の見直しをチラつかせましたが、こうした税制を弄る前に金融緩和政策の徹底を行った方が所得の分配を進めることになります。よく企業が保有する利益剰余金や保有する現金などに課税する内部留保税が取り沙汰されることがありますが、お上が強引に企業からお金を召し上げて所得再分配するよりも、企業に投資というかたちでお金を遣わせて、就労者に賃金というかたちの所得分配を進める方が自由主義的であると私は考えます。

立憲民主党や社民党、共産党のような左派政党は論外ですが、岸田氏についても金融緩和政策で所得分配を進めるという発想が希薄であり、その理解が薄いと感じざるえません。第2次安倍政権でようやく改まった日銀の金融政策が再びガラパゴス的な方向に戻ってしまう危惧を抱いています。来年夏に日銀審議委員でかなり徹底的な金融緩和政策の推進を主張してこられた片岡剛士さんの任期が終わりますが、氏の後任人事がどうなるか気になってきます。

 

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