前回の記事「ちぐはぐな金融政策と財政政策が歪める世界経済 | 新・暮らしの経済手帖 ~経済基礎知識編~ (ameblo.jp)」では、今アメリカやイギリスなどでマクロ経済政策が非常に歪なものになっており、中央銀行の金融政策と政府の財政政策の方向性が真逆になっているケースが多くなっていることを指摘しました。マクロ経済政策の基本は景気が悪いときは金融緩和政策と積極的財政政策に、景気が過熱しすぎて高インフレをもたらしているような場合は政策金利引き上げと緊縮財政にと両者の方向性を揃えることです。金融政策は緩和しているのに、緊縮財政のままにしていたり、逆に金融政策を引き締めにしているのに、財政政策はばら撒きや減税を続けてしまうようなことをしてはいけません。それはアクセルを全開に踏みながら、急ブレーキをかけるのと一緒です。日本の場合は安倍政権・黒田日銀体制下で異次元金融緩和政策を続けてきましたが、財政政策側は消費税を二度も増税し消費を冷やしこみます。そのおかげで企業の投資や雇用は改善できたものの、消費の伸びがいまいちで物価が2%の目標どおりなかなか上昇しませんでした。結果的にずっと金融緩和政策をいつまでも解除できないままでいます。

 

一方アメリカやイギリスでは高インフレを抑えるべく、どんどん政策金利を引き上げていますが、財政政策の方は締めないままです。イギリスはイングランド銀行がインフレ抑制のために金利を引き上げているのに、トラス新政権がそれと逆行するように恒久的な減税や大規模な財政支出をコミットメントしてしまったために、市場関係者が呆れてポンドを売り飛ばして急落してしまうといったことが起きたばかりです。

 

いま世界的に金融政策だけに頼ってインフレを抑制しようとしたり、逆に財政膨張の尻拭いを金融政策に押し付ける傾向にあります。このようなことをしてしまうと、インフレが抑えられないばかりか、企業投資や雇用の縮小を招くだけに終わる危険性があります。それは不況と高インフレが同居したスタグフレーションの再来です。

 

日本の方は幸いにしてか、欧米ほど高いインフレには見舞われていません。日本でも資源高や食料品価格の上昇が目立っていますが、それでも世界的にみて低い物価上昇率です。前の菅義偉政権が行った財政政策の内容が、企業倒産・廃業や解雇・失業の増加を最小化することを重視したものであり、コロナ禍収束後の経済活動再開がやりやすかったことが、欧米のような供給不足状態を回避できたためだと筆者は推測しています。アメリカのようにコロナ禍で解雇された労働者がなかなか労働市場に戻らず、人手不足による賃金高騰が進んでしまうようなことは起きていません。

 

 

 

というわけで日本の経済成長予想はG7で第2位が見込まれ、日本ひとり勝ち状態を予想するエコノミストが国内外に存在しますが、大きな懸念問題があります。来年4月に任期満了を迎える黒田東彦日銀総裁と若田部正澄副総裁の後継人事です。いま次期日銀総裁候補として名前があがっているのは現副総裁の雨宮正佳氏と元副総裁の中曾宏氏です。この二氏は日銀プロパーで、黒田日銀以前の旧い日銀理論に濃く染まってしまっている人物だといわれています。もしこの二氏が日銀総裁に就任したとしても最初は金融緩和継続の姿勢を見せるかも知れませんが、国債取引に収益を依存する地銀など”債券村”と呼ばれる界隈の意向に従って景気動向に関係なく金融緩和を手じまいにしてしまう可能性が高いです。過去の日銀は2000年のゼロ金利政策解除や2006年の量的金融政策解除など、景気回復が十分回復しきっていない状況で金融緩和を打ち止めにして、再び景気を失速させてしまう失敗を繰り返しています。結果的に再度の利下げや非伝統的な量的金融緩和政策を導入せざるえなくなってしまいました。この二氏はその失策をやってしまう危険性が高いと筆者は予想します。

 

 

このブログで何度かリフレーション政策において予想や期待の重要性を説明してきました。経済活動は人々の予想や期待によって左右されるもので、政府や中央銀行が政策の方向性をはっきり示すことで、望ましい経済状況に誘導することができます。ノーベル経済学賞を受賞したトーマス・サージェント教授はハイパーインフレの収束について研究し、それは政府や中央銀行の経済政策のレジームチェンジによって人々の予想や期待が変わることで、ひどいインフレが落ち着いていったことを明らかにしています。

 

 

筆者もリフレ派といわれる経済学者の支持者のひとりですが、無制限に金融緩和や財政支出を増やせという主張をしているわけではありません。日本のデフレ・経済停滞から完全に脱し切るまで金融緩和や積極財政の手を緩めないと日銀や政府がしっかりコミットメント(誓約)し、それを実行することで、企業が安心して設備投資や研究開発、そして人材育成のための投資ができるように促すことがリフレーション政策の基本的な考え方となります。2000年や2006年のときの日銀のように生煮え状態で金融緩和の解除をしてしまうことは企業経営者や労働者に対する裏切りであり、「いま金融緩和や積極財政をやっていてもどうせすぐやめるのでしょ。」「あとで増税するのでしょ。」といった負の予想や期待を人々に与えます。レジームの棄損です。

 

もし次期日銀総裁が黒田現総裁の政策を捨てて、昔の旧い日銀体質に戻してしまうようなことがあれば日銀の金融政策や政府の経済政策に対する信用は完全に損なわれるでしょう。もし仮に今後世界的に大きな不況が起きて日本もそれに巻き込まれた場合、あとから慌てて金融緩和政策を再開しても効果が出ないという怪現象を起こす可能性があると筆者は危惧します。1990年代よりも悪質な流動性の罠です。企業や人々の悲観的な予想や期待が決定的なものとなって、金利をいくら下げても投資をしなくなってしまいます。それに伴って雇用も萎縮することでしょう。民間経済の壊死です。あえて皮肉をこめて言いますと、それはMMT(現代貨幣理論)の支持者たちの主張の正しさを裏付けてしまうことでしょう。MMTの代表的な主張者であるケルトンは日本のことを「MMTのお手本」と評したことがありますが、それは過去の旧い日銀の誤った金融政策がもたらしたことです。

 

「日本が経済力を完全に回復するまで金融緩和を途中で打ち切ったりしない」という中央銀行の誓約が反故にされ、金融政策が失効してしまうと、政府側・財政政策側の負担が増大し、財政支出の膨張につながります。そうなるともう無茶苦茶です。

 

岸田政権は金融政策に対する関心や理解が薄く、財政政策についても財務官僚の言いなりで財政規律偏重主義の性格が強いです。この政権が続くとなると、日本は再び慢性的な経済停滞に陥ってしまい、蟻地獄のように抜け出せないことになりそうです。2020年代は日本だけではなく世界全体も含め、末法混迷の経済状況となるかも知れません。

 

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