先日NHKの「クローズアップ現代」にて

“安いニッポンから海外出稼ぎへ” ~稼げる国を目指す若者たち~ - クローズアップ現代 - NHK

という内容の放送が行われたようです。それは長年賃金上昇が停滞したままの日本に留まるのではなく、高賃金・好待遇で雇ってもらえる海外へ出稼ぎにいく若い人たちが増えてきているという話です。

“安いニッポンから海外出稼ぎへ” ~稼げる国を目指す若者たち~ - NHK クローズアップ現代 全記録

 

 

 

この番組に出演されていた経済学者の渡辺努さんが指摘されていたように25年以上の長きに及んだ日本の慢性デフレスパイラルによって賃金と物価が横ばい状態を続けてきました。

 

ベストセラー「世界インフレの謎」の著者 渡辺努教授が読み解く! なぜ若者は海外へ出稼ぎに行くのか? - NHK みんなでプラス

 

 

下は渡辺努さんが番組で提示されていたグラフで、日米の財価格(モノ・サービス)と賃金上昇の推移を表したものです。

 

日本ですと「インフレ」という言葉を聞いただけで拒否反応を示し、太平洋戦争後に起きたひどいインフレを想起する人が多いですが、本来は経済成長と賃金上昇に引っ張られるかたちで穏やかな物価上昇を続けていくのが健全な経済状況です。渡辺さんが提示された「米国のモノ価格・サービス価格・賃金」のグラフの動きこそが本来あるべき姿なのです。

 

このような賃金格差やインフレ格差を放置し続けると、将来この国に住む人たちは大変なことになってしまいます。人やモノ、サービスは低成長で慢性的デフレを続けている国よりも、経済成長とインフレを続ける国へと流れていきます。当たり前の話ですが、労働者は高い報酬がもらえる国で働いた方が得ですし、モノやサービスを生産して売る側にとっても高いお金を払って自社製品を買ってくれる国・太客に売った方が儲かります。日本のように人々が低賃金でお金を遣わない国は商売相手にならなくなります。

 

日本の自動車産業は既に日本国内ユーザーよりも海外ユーザーの方を優先したクルマづくりにシフトし、価格設定も海外市場に合わせてどんどん高くなってきました。以前は100万円前後で買えたコンパクトカーの価格が200~300万円台に達しています。にも関わらず日本人の所得水準は高くなっていません。一般の人たちは軽自動車しか買えなくなりつつあります。

 

食料品などもそうです。これまで日本人の多くは自国が先進国であり、海外から安い農産物をたくさん買い寄せることができるのが当たり前だと思ってきました。しかし近年になって中国などをはじめとするアジア各国が著しく経済成長を遂げ、穀物や畜肉、嗜好品などを買い求めるようになってきました。日本が買い負けしてしまうようなことが起きているのです。青森の大間で釣り上げられたマグロの初競りで「すしざんまい」の木村清社長が一本3億円以上もの高値で競り落としたことが話題になっていたことがありましたが、その背景に当時香港のすしチェーングループが大間のマグロを高値で競り落としてしまっており、それに対抗する意味で木村社長が負けじと競りに挑んでいたのです。日本で生産された農産物や漁獲物も海外の富裕層に流れてしまい、日本人が口にできなくなるようなことが起きてもおかしくありません。

 

ハイパーインフレを起こしたベネズエラですが、この国では政府が食料品などの価格を抑えるために価格統制を行いました。企業や商店が持つありとあらゆる商品を差し押さえして、それを安く売ろうとしたのです。例えばベネズエラの農民が小麦を生産するのに5ドルの経費がかかったとしましょう。しかし国内では政府が価格統制で3ドルでしか販売できない状態です。これでは採算がとれません。よってベネズエラの農民は農耕をやめるしかなくなります。あるいは自国民に小麦を売るのではなく、高値で買ってくれるコロンビア人とか闇市で売るしかないでしょう。これでベネズエラは極端なモノ不足に陥り、ハイパーインフレを加速させることになったのです。

 

 

1990年代以降の日本もそうです。政府・日銀・財界・左派政党・マスコミは経済成長や雇用の拡大・安定よりも物価を抑え込むことばかりに注力してきました。本来民間企業が積極的に新しい技術や商品の開発、人材の育成のために投資をしないと経済成長が進まないですし、雇用の拡大や賃金の上昇が見込めません。そのためには積極的な金融緩和政策を行ったり、財政の拡大をしないといけなかったのですが、「インフレが起きたらどうするんだ」といって政府や日銀は緊縮政策を続けてきました。第2次安倍政権発足後に異次元金融緩和政策の導入を行いましたが、このときも「ハイパーインフレになる」といっていた論者がいっぱいいました。これは渡辺さんが仰っていた慢性デフレスパイラルであり、ソーシャルノルム(社会規範・相場観)となっていきます。

 

こうしたバラパゴス的なデフレノルム(別の言い方をすればデフレレジーム)から緩やかな経済成長と賃金と物価の上昇を当たり前とするノルム(レジーム)への転換を計るのがリフレーション政策です。安倍政権・菅義偉政権はデフレノルムからリフレノルムへの誘導を必死に行ってきましたが、岸田政権になってから再びデフレノルムへ回帰しようとしています。

 

1990年代以降の政府や守旧派日銀官僚、左派政党、財界・マスコミが作り上げてしまったデフレノルムは「物価が低い方が一般庶民は喜ぶ」という思い込みから生まれたものですが、これはベネズエラ政府の統制市場と同じ危険性を孕んでいるのです。日本国内で資源から食料品、工業製品などの生産が自給自足で完結できる閉鎖経済であれば、それが成り立ちそうにみえますが、日本の場合石油や鉱物資源、食料品などを海外から輸入しないといけません。海外でそうした財の価格が上昇し続けると、日本国民も値上がりした資源や商品を買わざるえなくなります。日本だけがデフレノルムを続けたいと思っていてもできないのです。

 

パンデミック後に世界規模で発生したインフレによって日本においてもコストプッシュ型であるとはいえ、商品価格が上昇する動きが発生しました。企業においても労使双方で対賃上げを進めようとする動きが強まっています。過去30年以上に渡って日本は賃金が上がらなくて当たり前、モノやサービスの価格が上がらなくて当然(いやもっと安くしろ)というノルムが膠着していましたが、顧客側に賃上げや原材料コスト上昇分の負担をしてもらう動きが出始め、デフレノルムが氷解していくのではないかという期待が出てきています。しかしながらそれは今後の政府の財政政策や日銀の金融政策態度によって決まってきます。間もなく黒田現総裁や若田部正澄副総裁らに代わる日銀の新総裁・副総裁人事が明らかになってきますが、現在その候補として名が挙がってきているのは、旧い日銀体質に染まり、金融機関の都合しか考えないような人たちばかりです。海外の資源や農産物、工業製品の価格高騰が収まりかけているとはいえども、高止まりしたままで、日本の労働者の賃上げが進まないといった状況になることも予想されます。

 

とにかく「賃上げをするよりも物価を抑えろ」的な発想から「物価上昇しても欲しいモノやサービスが買えるだけの所得を増やしていけ」という発想に転換していかねばなりません。日本は他国の経済成長と賃金・物価水準の上昇と足並みを揃えていく必要があります。インフレを恐れ嫌うあまりに金融政策や財政政策を引き締めようとばかりしてきた政府と財務省、そして日銀守旧派たちですが、もはやそれが通用しない状況になってきています。日本だけが物価を抑え込み続けることは不可能です。インフレに順応することが大事になってきます。そのためには日本の民間企業の活動を活発化させ、雇用の拡大や賃金分配の増加を促す金融緩和政策の継続や国民消費の拡大を促す積極的財政政策の必要性があります。デフレノルムの完全解消まであともうひと押しです。金融政策の正常化や財政再建についてはその後でいいでしょう。

 

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