5月は労働者の厚生福利向上と金融政策のつながりを主に取り上げたいと思っています。

今回は以前より筆者がいろんな人の話やSNS上の投稿をみて気になっていたことで、誤解を解いておかねばと思っていることを書いていきます。それは「(正規)雇用を拡大するには解雇規制の緩和が必要ダー」と言ったり、逆に「小泉純一郎や竹中平蔵が労働派遣法を改悪したから日本はデフレ不況になったんダー」と言う人たちがかなりいるとことです。両者はまったく正反対の意見を述べているかに見えるのですが、筆者の目からみると、どちらもマクロ経済政策である金融政策ならびに財政政策を軽視していて、解雇規制や雇用制度を変えれば雇用が拡大したり、労働者の待遇が向上させられると思い込んでいる人たちだなと感じます。一種の構造改革万能主義・偏重主義で、小泉純一郎氏や竹中平蔵氏を批判しつつも、彼らと同じ過ちを犯しているのです。まだ竹中平蔵氏の方が金融政策や財政政策についての理解を持っているかも知れません。

 

雇用が拡大し、労働者の賃金が上昇していくのは労働需要がものすごく高いときで、人手不足の状況であります。企業が積極的に事業を拡大していこうという意欲が高く、どんどん人を雇いたいと思うけれども、求人をかけてもなかなか人が集まらないといった状況で賃上げがはじまります。とくに長期間の雇用となる正規雇用の場合や、一から仕事を何年もかけて教えて育てていかねばならない新卒採用の場合は、相当長い期間高い需要や収益が見込めるような経営状況でないと企業は積極採用に踏み切れません。

供給側である潜在GDPよりも需要側の方が上回っているときです。

現在アメリカや欧州などではパンデミック収束後のペントアップ需要が膨張しているにも関わらず、労働力の方はかなり不足しています。そのために高い賃金と物価の高騰が進んでしまっており、中央銀行は政策金利を猛烈に引き上げて金融政策の引き締めを行っています。財政政策も緊縮にしないといけない状況です。日本については欧米ほど極端な需要膨張や深刻な人手不足に至らず、賃金・物価の伸びは他国に比べ高くありません。金融緩和や積極財政でGDPギャップを埋め、物価上昇以上にもっと雇用拡大や賃上げを進めていかねばならない状況であるのが日本です。

 

金融緩和政策や積極財政によって労働需要のパイを十分に拡大せずにおいて、解雇規制の緩和だけをやってしまえば当然クビを切られる労働者が増えてしまうことでしょう。というか解雇規制の緩和というのは企業が経済情勢の悪化などで自社の業績が悪化してしまい、労働者を抱え込めなくなったときに解雇しやすくするためのものです。「解雇規制を緩和すれば(正規)雇用が増える」という話は「企業が抱えるリスクを軽減することで多少は人を雇いやすくなるでしょ?」という論法から生まれたものですが、深刻な不況になったら当然多くの労働者が解雇されてしまうことになります。筆者は解雇規制緩和に賛成はしますが、それは中央銀行や政府が責任をもって金融政策・財政政策による雇用安定化政策を進めることと、就労できない人の所得を補償して再就労を支援するセーフティネットの整備を同時にしないといけないと考えます。

 

逆に解雇規制を強化したり、1980年代までのような終身雇用制度の復活をさせることが、労働者の厚生福祉向上と維持につながるという考えも無理があります。やはり深刻な不況に陥って企業が人を雇えない状況になった場合、そのしわ寄せは労働者に及びます。そうしたときに企業が採る防衛行動は(長期の正規雇用を前提とする)新卒採用抑制がまず最初ですが、さらに悪辣な方法として辞めさせたい社員が自ら退職を申し出るように、あえて超体育会系の軍隊式経営を採ってパワハラを横行させたり、過重労働を圧しつけるといったブラック企業が増えることでしょう。雇う社員の数を思い切り絞って、長時間過密労働をさせることがいちばんの収益性確保と人件費抑制となります。これなら表向き「わが社は終身雇用です」と言っておくことができます。

最低賃金の引き上げについても同様です。不況を放置しておいて政府が企業に最低賃金の引き上げを圧しつけるようなことをすれば企業は採用者数を絞り込むといった行動をします。韓国の文在寅前大統領は最低賃金を2018年に16.4%、19年に10.9%も急激に上げたのですが、19年1月の失業率は18年の3.8%よりも上がって4.4%になってしまい、韓国の最低賃金の急激な引き上げは、大量の失業者を生み出して大失敗だと言われてしまいました。とくに若年層の雇用が悪化してしまっています。

韓国・文在寅政権、無理な最低賃金引き上げのせいで雇用減少か…本末転倒な副作用 (biz-journal.jp)

 

 

雇用の拡大や賃金などの待遇改善を計るためにすべきことの第一は、中央銀行と政府による適正な金融政策と財政政策=マクロ経済政策によって雇用需要のパイを拡大することです。それをせずに解雇規制の緩和あるいは強化や最低賃金の引き上げだけをやっても、小さなパイの奪い合いになるだけです。それは労働者にとって厳しいサバイバル競争社会となるでしょう。椅子取りゲームに例えるならば椅子の数を増やさず、どんどん減らしたままの状態です。

 

マクロ経済政策を無視して、雇用慣行の見直しを含めた構造改革だけに執着してしまうような論調が増えてしまったのは、時を遡ること1990年代初頭からになります。当時の日本は三重野康日銀総裁が行った金利引き上げによってバブル景気が崩壊し、一気に不況に陥って高度成長期以来続いた右肩上がりの経済成長を望めなくなっていました。終身雇用制度や毎年の賃金ベースアップは右肩上がり成長があったから維持できていたことです。1990年代以後の日本経済は先行き不透明で不確実性が高まり、企業は一度雇った社員を何十年も雇用し続けることを保障することが不可能となったのです。非正規雇用が拡大していったのは1995年~1997年あたりからです。現在日銀政策委員を務めていらっしゃいますが、野口旭さんが1990年代当時の雇用状況についてまとめた記事を書かれていますのでご参照ください。

雇用が回復しても賃金が上がらない理由|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト (newsweekjapan.jp)

 

よく「日本がデフレ不況に陥ったのは小泉ノセイダー、竹中ノセイダー」という人がいますが、日本がデフレ不況スパイラルに陥ったのはその何年も前からのことです。

 

「構造改革で日本経済復活」みたいなことは小泉政権時代に叫ばれていましたが、その前からこうした論調が存在していました。日本の経済が不安定な低成長経済に陥った元凶はバブル期の澄田智総裁時代からはじまった日銀による金融政策の迷走と大蔵省→財務省が進めた緊縮的財政政策にあるのですが、構造改革論の強調は政府・日銀・財務省の経済失策を覆い隠すものでしかありません。大蔵族議員であった小泉純一郎政権が進めていた「聖域なき構造改革」も緊縮財政で国家財政規律の回復を計りつつ、規制緩和などの構造改革(だけ)で経済成長を目指そうとしていたもので、政権初期の段階においてマクロ経済政策はあまり重視されていませんでした。

このことが「弱者切り捨て」「競争至上主義」「シバキ主義」という印象をこの政権が遺すことになり、のちになって「小泉ノセイデ、竹中ノセイデ格差ガー」みたいなことを言う人を増やしていきます。小泉政権発足からしばらくしてITバブルの崩壊等が重なり景気が悪化してしまったために、量的金融緩和を実施してなんとか辻褄を合わせましたが、小泉氏のマクロ経済政策への関心は決して高いものではなかったのです。構造改革論は財務省や日銀官僚たちにとって緊縮政策の批判を回避するために都合のいい論理であります国民や民間企業をシバきまくって、潰れたら「お前の努力が足りなかったからだ。俺たち(官僚)のせいじゃない。」という根性論にすぎません。

 

一方「日本がダメになったのは小泉ノセイダー、竹中ノセイダー」という人たちもまた三重野康~白川方明総裁時代までの抑制的な日銀の金融政策についての批判はあまりしません。せいぜい財務省が主導する緊縮的財政政策の批判に止まります。「日本は終身雇用制度をやめたから経済がダメになった」「小泉、竹中らが労働派遣法を改悪したからデフレ不況になった」という人たちも実は小泉氏らと同じマクロ経済軽視の構造改革偏重主義者でしかないというのが筆者の見方です。

 

筆者は日本が30年以上もの長期に渡って経済停滞に陥ってしまった原因は政治家・官僚たちのマクロ経済政策軽視にあると思っています。とくに金融政策に精通している政治家は馬鹿げたテロによって殺害された安倍晋三元総理や菅義偉元総理、世耕弘成議員、長島昭久議員、細野豪志議員、和田政宗議員らに限られてしまっているのが実情であり、適正なマクロ経済運営がなかなか定着しないのが問題であります。

 

雇用の安定と維持は適正な金融政策と財政政策が第一で、その前提がなければ解雇規制緩和(逆の強化)や雇用制度の改革は何も意味をなさず、混乱だけを招くことになるでしょう。政策の優先順位を間違えてはなりません。

 

関連記事

インフレターゲットのほんとうの意味と目的 ~リフレはコミットメント~ | 新・暮らしの経済手帖 ~経済基礎知識編~ (ameblo.jp)

 

「新・暮らしの経済手帖」は国内外の経済情勢や政治の動きに関する論評を書いた「新・暮らしの経済」~時評編~も設置しています。

 

画像をクリックすると時評編ブログが開きます。

 

サイト管理人 凡人オヤマダ ツイッター https://twitter.com/aindanet

 

人気ブログランキングへ

 

バーチャルアイドル・友坂えるの紹介です