「事故だな」
神津刑事は言った。
死亡したのは芝山千春。二十八歳の主婦で、夫ともうすぐ一歳になる息子との三人暮らし。
二階建ての一軒家である自宅、その一階の居間で亡くなっていた。
死亡推定時刻は午後三時とまだ明るい時間帯だったが、防犯意識は高かったらしく、すべての窓とドアは施錠されていた。犯人が事故と見せかけるために密室を造りだしたということはなさそうだ。
死因は後頭部を棚の角にぶつけたこと。
被害者は足を滑らせて後ろにひっくり返ったらしい。それを裏付けるように絨毯の位置がずれていた。そのことは夫の証言からすぐに裏が取れた。
「事故だな」
神津刑事はもう一度言って、私の方を確認するように見た。同意してほしいようだ。不安そうに目が泳いでいた。
もちろん、これは事故ではない。
殺人だ。
そうでなかったら私はさっさとこの場を立ち去っている。
窓から庭の外が見える。赤ん坊を抱っこしてあやしている父親が庭にいた。腕が辛そうだ。その赤ん坊はとてもまだ一歳になっていないとは思えないほど巨体だった。
私は庭に出ると、被害者の夫であり、赤ん坊の父親である男に許可を取って、赤ん坊を抱っこさせてもらった。
想像通り重かった。
その腕をよく見ると、絨毯の跡がつきうっすらとあざになっていた。
赤ん坊がハイハイしフローリングの床から絨毯に移動するとき、その見事な前腕で絨毯を引っ張ってしまったのだろう。その結果、絨毯上に立っていた母親はひっくり返った。 あくまで可能性のひとつだ。
だが、名探偵の勘はそれが真実だと私に告げていた。
私の中でこの事件は解決した。
礼を言って父親に赤ん坊を返すと、私はその家を後にした。
名探偵コナツ 第20話
江戸川乱歩類名探偵別トリック集成⑳
【第一】犯人(又は被害者)の人間に関するトリック
(B)一人二役の他の意外な犯人トリック
(5)犯行不能と思われた幼年又は老人が犯人