「解決はしなかったが、事件は終わった」
神津刑事はかっこつけて言った。
客観的に見れば、その台詞もそれを言う神津刑事もかっこよくはなかったし、その台詞の内容には誤りがあった。
「事件はまだ終わってないよ」
「この状況で言うか?」
私の指摘に神津刑事はまぬけ面になった。
目の前ではアパートが燃えていた。出火した場所はアパートの一室で、そこの住人を私たちは知っていた。
その住人は神津刑事が追いかけていた強盗殺人の容疑者であり、先ほど神津刑事の訪問を受けると、死んでやると言ってガソリンタンクの中身を部屋中にばらまき、ライターを手にした。慌てて神津刑事が退避した数秒後、その部屋から出火した。
今は消防隊員が懸命の消火活動に当たっていた。野次馬もキャンプファイヤーを楽しむか如く集まっている。
「犯人は死んだんだよ。もう逮捕することはできない。終わったんだ」
今回ばかりは自分が正しいとばかり、神津刑事は偉そうに言った。
「それは違うよ」
私は右手を軽く振り行く手を示すと歩き始めた。文句を言いながらも習い性で神津刑事がついてくる。
歩きながら私は講釈を垂れた。少し神津刑事の態度に苛ついていたからかもしれない。「逃げる犯人が採る方法は大きく分けて二つある。ひとつは、できるだけ距離を稼ぐ方法。もうひとつはほとぼりが冷めるまで近くで潜伏する方法」
私は一軒の民家の前で足を止めた。
最初からそこだとわかっていたわけではない。
ただガスのメーターが回っていなかったこと、午後七時という時間帯にもかかわらず部屋から明かりが漏れていないことから空き家であるとわかった。
にもかかわらずその庭にある物置小屋から人の気配がした。たぶん普通の人は気づかない。名探偵の勘と言ってもいい。
私は庭に入り、物置小屋の前に立った。
「出てきなさい。もう逃げも隠れもできないよ」
数分後、軋んだ音を立ててドアが開いた。私たちが立ち去らないことを理解したからだろう。強盗殺人犯の小山田徹が姿を現した。
「なんでここだとわかった? それにまだ火事は収まっていないのに、なんで俺を捜してたんだ?」
悔しそうな顔だ。
私の姿を見たとき、一瞬、暴力的な表情になったが、後ろにいる神津刑事を見て、悔しそうな顔になった。神津刑事の方が私よりも手強そうに見えるのは確かだ。
「あなたのプロフィールは読ませてもらった。中学高校時代を通して部活はやらず、趣味は動画鑑賞。にもかかわらず映画やドラマ、アニメなどストーリー性を追うものは頭が疲れるからと手を出さない。高校は受験ではなく推薦で入れる、自分の実力よりもずっと下の学校にした。大学受験に失敗。その後公務員試験を受けて市役所に入所。仕事が合わず二ヶ月で退所。その後三十歳まで実家で家事手伝い、そして今日に至る」
「バカにしてんのか?」
「あなたの疑問に答えるための前置きよ。あなたはひたすら楽をして生きようとしているように思える。そのあたなが焼身自殺なんて見るからに苦しそうな死に方を選ぶとは私には思えなかった。だから偽装自殺だと思ったのよ」
「ら、楽して何が悪いっ?」
「何も」
小山田は詰まった。
「ただあなたの人生、これからは決して楽なものにはならないと思うよ」
険のある表情は消え失せ、小山田はうつむくとただ呻いた。
名探偵コナツ 第26話
江戸川乱歩類名探偵別トリック集成(26)
【第一】犯人(又は被害者)の人間に関するトリック
(C)一人二役以外の犯人の自己抹殺
(1)焼死を装う