鬼熊俊多ミステリ研究所

鬼熊俊多のブログ。『名探偵コナツ』連載中!

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 名探偵コナツ 第27話   江戸川乱歩類名探偵別トリック集成(27)

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 夜、廃工場の前に私はいた。
 地面に人の首が載り、その横に胴体が転がっていた。辺りには血が飛び散っていて、両者が生前はひとつであったことを想像させた。
 首はこちらを向いていて、その顔が田村坂渉であることを確認した。
「田村坂……」
 神津刑事が呻いた。
 田村坂は神津刑事子飼いの情報屋であり、今夜は情報受け渡しのためこの場で会うことになっていた。
「ヤクザから命を狙われているって話だったが、まさかこんなことになるとは……」
 突如、私たちの背後で銃声がした。
 二発目は、銃声だけでなく足下で着弾する音もした。
 神津刑事が慌てて車の運転席に座るより先に、私は後部座席に座っていた。すぐに神津刑事は車を出し、その場を離れた。
「よっぽど今回の事件、相手方は探ってほしくないようだな」
「ちょっと違うかな」
「どういう意味だ?」
 神津刑事は怒って聞いた。命の危機に普段より感情的になっているようだ。
「さっき銃を撃った人間は私たちの背後にいた。やろうと思えば確実に撃ち殺すことができたよ」
「いざ殺すとなると躊躇するものさ」
「でも、一発目はどこにも着弾しなかった」
「ん?」
「私たちの正面百メートルほどには工場の壁があって、下は地面だった。もし狙って撃ったとしたら、そのどちらかに当たって着弾音があるはず。事実、二発目はあった。でも一発目は銃声だけで着弾音はなかった。夜の静かな状況で聞き逃すはずはない。たぶん空に向かって撃ったからよ」
「それじゃ当たらないだろ」
「当てるのが、私たちを殺すのが目的じゃなかったから」
「どういうことだ?」
「さっきの場所に戻ればわかる」
 携帯で警察に応援を頼んだ神津刑事はそのまま車をUターンし、私たちは先ほどの場所に戻った。
 血の痕はそのままだったが、田村坂の首も胴体もなかった。鑑識の人が作業に入っていて、辺りはそれなりに騒がしかった。
「どういうことだ? そうか、銃撃犯は田村坂の死体を回収するのが目的だった」
「惜しい」
「惜しくないだろ」
「惜しい」
「だから――」
「銃撃犯の目的は死体の回収じゃなくて田村坂の回収だった。たぶん、田村坂は自分で歩いてこの場を離れたと思うよ」
「死体が歩いた?」
「死体じゃなかった」
「は?」
「田村坂は生きていた。地面の中に埋まり、そばにフェイクの胴体を置くことで、首と胴体が切り離されて死んだように見せかけてただけ。見て。首があったところの土だけ、ちょっと色が違うでしょ? 私たちが逃げた後、大慌てで埋めたのよ。少し調べればすぐばれるのにね」
 神津刑事は鑑識を呼んだ。
「なんでこんなことを……。あいつとはもう五年の付き合いだって言うのに」
 私は憤る神津刑事を横目で見て溜息をついた。
 誰も好きこのんで警察やヤクザと一緒にいたいとは思わないものだ。私だって名探偵の呪いがなければ――

 

 名探偵コナツ 第27話 
 江戸川乱歩類名探偵別トリック集成(27)
 【第一】犯人(又は被害者)の人間に関するトリック
 (C)一人二役以外の犯人の自己抹殺
  (2)その他の偽死