兄、江戸川乱歩は今の私と同じ年齢の時失踪した。兄は高校一年生、私が小学一年生の時だ。
失踪前、高校生探偵といえば、江戸川乱歩。江戸川乱歩といえば、高校生探偵だった。
その後、私以外に目立った活躍をしている探偵の話は聞かないから、兄が子供になって売れない探偵のところに身を寄せていることはなさそうだ。
兄のことを思い出すのは数日ぶりだった。
目の前の女を見ていたら、なぜか思い出したのだ。
あろうことかその女は私と同時に殺人事件に遭遇し、私より早く事件を解決した。その推理も文句のつけようがないものだった。
パトカーに犯人を押し込んでいる神津刑事もその事実に驚き、その女に何度も目をやっていた。
私は女の前に立つと、
「お兄ちゃん」
と声をかけた。
「何を言ってるの、私は女よ?」
相手は女にしては低い声で答えた。
身長は百七十を超えている。言うまでもなく女としては背が高い。
「しらばっくれないで。私より早く正確に事件を推理して犯人逮捕に結びつけられる人間なんてお兄ちゃんしか考えられない」
「かなり主観的なものの考え方ね」
「事実よ」
「じゃあ、仮に私が君の兄だとしよう。なぜ正体を隠す必要があるのかしら?」
「闇の組織に命を狙われているから」
「私にそんなパロディみたいな設定はないよ」
「冗談よ……兄が失踪する前日だったかな。私が楽しみにしていた釜出しプリンが冷蔵庫からなくなっていた。犯人はお兄ちゃん、あなたよ! 食べ物の恨みが恐ろしくて失踪、そして身を隠し続けるために女に変身したのよ!」
私は目の前の女――いや、兄である江戸川乱歩に人差し指を突きつけた。
「――っていう夢を見た」
放課後、私の隣を歩いている佐藤由乃がそんなことを言った。
「……私、そんな食い意地はってないから」
名探偵コナツ 第28話
江戸川乱歩類名探偵別トリック集成(28)
【第一】犯人(又は被害者)の人間に関するトリック
(C)一人二役以外の犯人の自己抹殺
(3)変貌