鬼熊俊多ミステリ研究所

鬼熊俊多のブログ。『名探偵コナツ』連載中!

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 名探偵コナツ 第29話   江戸川乱歩類別トリック集成(29)

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 私と由乃は、小野田大樹と共に職員室前にきた。
「それじゃ、後でね」
「……はい」
 私が言うと、小野田は殊勝に返事をし、それから職員室に入った。
 なぜ小野田についてきたかというと、久しぶりに再燃した由乃に対するストーカー行為について説教するためだ。
 この後、小野田の家に行ってそちらの両親を交えて話し合う予定だ。
 ただ、小野田は三年A組担任の御堂豊に用事があったため、そちらを先に済ませることを私は許した。
 御堂はハンドボール部の顧問であり、小野田は入部したいのだそうだ。
 ストーカー行為をしている人間にそんな時間を与えるなんてずいぶんな仏心ではないかと思う向きもあるだろう。
 部活に所属すれば、それだけ時間に余裕がなくなり、小野田が由乃に費やす時間が減ると考えた結果だった。
 十分経った。たかが入部手続きに時間がかかりすぎると思って中を覗くと、小野田の姿はなかった。
 十名以上の教師が座って作業をしている他には、用事で顔を出している生徒が数名いるだけだ。
 私と由乃は御堂豊の机に向かった。
 由乃が口を開いた。
「あの、先生。小野田君どこに行きました?」
「小野田? 誰だそれは?」
「入部したいって小野田君がきませんでしたか?」
「入部したいって生徒はいたが、小野田って生徒はきてないな」
 御堂は袖まくりした太い両腕を組んだ。三十代前半、日に焼けて筋肉質でいかにも体育会系な見た目の男だ。
 由乃は今起きている不可思議な状態に心を掴まれていた。その証拠に目が輝いている。早く正気に戻してやることにした。
由乃。小野田君は実際には御堂先生に声をかけなかった。話があるって私たちに嘘をついた。そう考えるのが自然よ」
「あ、そうか……」
 由乃は納得したようだ。
 両親を交えての説教。そんな地獄から逃れるためだったら嘘の一つや二つつくというのが人間だ。特に小野田みたいな輩は。
「どういうことなんだ? 名探偵」
 御堂は私に聞いた。
 同じ高校の教師と生徒という以外私と接点がないにもかかわらず、ミステリ好きなため、事件磁石な私に何度か声をかけることがあった。
 私は一年生だし、ハンドボール部にも所属していない。にもかかわらず声をかけてくるのだから物好きといえよう。
「なあ、どういうことなんだ、江戸川小夏。江戸川の名を引く者よ」
「それ、やめて」
「じゃあ、話せ」
 この時点で、私は小野田のやったこと、その狙いを正確にわかった気がした。小野田らしいひねくれたやり方だ。
「今こうしていること自体が小野田君の張った罠よ」
「どういう意味だ? 話してみろ。おもしろおかしく」
「……小野田君は私たちに御堂先生に話があるという理由で職員室に入った。そして、実際に先生と部活について話をした」
「だから小野田なんて知らないぞ」
「そう。誰とも話してないなら、それで済む話だった。だけど、先生は入部志願の生徒と話をした。そうでしょ?」
「ああ、だが小野田なんて名前じゃなかった」
「小野田君は先生に偽名を名乗ったのよ。入部希望の生徒はいたんでしょ?」
「ああ、鈴木仁志と名乗ったな。なんでそんなすぐばれる嘘を? ああ、不思議だ。謎だ。ひどく興味がある」
「つまり、そうやって先生に私の足止めをさせるのが小野田君の目的だった。違う名前を名乗ることで、謎を演出した。ミステリ好きな先生なら私のことを足止めしてくれると信じてね」
 私は御堂の机上にあった消しゴムを手にした。
 床にしゃがんだ状態でそろりそろりとドアに向かっていた小野田の頭にぶつけた。
 いて、と小野田。
 それからこちらを向いて情け無い笑顔になった。
 その表情になるのはまだ早い、と私は思った。
 本番は小野田の家に行ったときだ。

 

 名探偵コナツ 第29話 
 江戸川乱歩類別トリック集成(29)
 【第一】犯人(又は被害者)の人間に関するトリック
 (C)一人二役以外の犯人の自己抹殺
 (4)消失