翌日の夕方
私は一人
隣市にある結城弁護士事務所に
向かった。
裁判所から届いた
離婚調停呼び出し状と
夫から届いた手紙を持って。
子供達には
友達と久しぶりに
会ってくると嘘をついて。
子供たちは私の態度で
嘘と分かっているだろう。
だが他に言い訳を考える
余裕が今の私にはない。
結城弁護士事務所は
車で2時間のところにあった。
出迎えてくれた結城先生は
いつものように凜としている。
「先生、実は先日
子供達と夫が話し合いまして」
「そうなんですか?
旦那様、麗子さんの家に?」
「はい。来ました。
私が無理やり来させた感じですが」
「悪意の遺棄」を持ち出して
半ば脅したようになったことは
先生にはさすがに言えない。
「そうでしたか。それで
話し合いはうまくいったんですか?」
「はい。
夫は初め長男の進学には
気乗りしないようなこと
言っていたんですが。
最後には長男に
希望の大学を受験してもいいと
言いました。
子供たちに説き伏せられた
とでも言いましょうか。
でもはっきりと
大学に行ってもいいと言ったんです」
「なるほど」
「でもその直後
お金は入学金しか出さない
あとは知らないという手紙が
届きました。
どうしたらいいでしょうか。
あんなにはっきり子供たちの前で
約束したのに。
長男はもうその気ではりきって
いるんです。
受験まであと4か月なのに」
私は
手紙を先生の方へ差し出した。
「この手紙
ずいぶん勝手な言い分ですね」
「そうですよね。
それで動揺していたら昨日
離婚調停を起こされたって通知が届いて
ちょっと私、パニックになって
もうどうしていいのかわからなくて…」
「まずは裁判所の書類拝見します」
私は昨日裁判所から届いた封筒を
そのまま先生に渡した。
「お子さんと旦那さんが
話し合われたのはいつですか?」
「2週間ちょっと前になります」
「だとすると
旦那さんはお子さんと
話し合われてすぐに
調停を申し立てたことになりますね」
「どういうことですか?」
「呼出状は
申立てが行われてから
2週間くらいで相手方に届くんです。
昨日麗子さんのところに
届いたということは
2週間くらい前に申し立てた
ことになりますから」
「夫が家を出てから
9か月経つんですが
なぜ今急に調停なのかと思ってたんです。
今までだって起こそうと思えば
いつでも起こせただろうに。
受験ももうすぐなのに
どうして今なのって」
「旦那様はお子さんと
話し合った時点ではお金を出すつもり
だったんでしょう。
でも帰って誰かにその事を話して
反対されてたんじゃないですか。
それで進学費用を払わないために
今、慌てて調停起こしたんじゃ
ないでしょうか」
「不倫相手の女に
反対されたからですか?」
「不倫相手なのか
お義父さんなのか
そこはわかりませんが」
「そんな…」
「たまに
いらっしゃるんですよね。
離婚して奥さんに親権を渡してしまえば
自分は子供にお金を出す義務は
なくなるって勘違いされている方。
めったにいませんけどね。
きっと旦那様はそうかと…」
と結城弁護士。
そういうことか。
「調停期日通知書は俗に言う
調停呼出状というものですが
絶対にこの日に行かなくては
ならないというものではありません。
基本この日に行くのがいいんですが
体調とかやむを得ない事情が
あれば裁判所に申し出て
日時は変えてもらえますが
どうしますか?」
「行かないということは
許されないんですよね」
「それは後々不利になるので
行かないといけません。そして
行くことが麗子さんのためになります」
「はい…」
「麗子さん
麗子さんは今調停を起こされたことで
大変ショックを受けていると
思います。
もちろん人生ではじめてのこと
でしょうしね」
頷く。
「だけど、ものは考えようです。
家族で大学費用について
話合いはしたものの
旦那さんはその約束を
すぐに平気で破るようなことを
言ってきたでしょう?」
「はい…」
「それは
家族だけでいくら話し合って
約束させたところで
旦那さんはその約束を守る人では
ないってことです。
だったら、きちんと調停で間に私や
裁判所に入ってもらって
大学費用を払うことを旦那さんに
約束させればいいんです」
「はい…」
「そういう風に考えると
この調停騒ぎはむしろ
麗子さんサイドにとって
良いこともあるんですよ。
長男さんの大学費用や生活費が
調停で決まれば
気まぐれに旦那さんが
額を減らしたり
払うのを止めたり出来なくなる
わけですから」
と結城弁護士。
「…なるほど」
「だから
悪い方に考えるのではなく
今の状況から良い方へ
一歩前進するための調停だと
考えてください。
来月から調停が始まります。
センター試験まであと4ヶ月。
間に合うようにしっかり
頑張りましょう」
先生はいつも
私が見ている角度とは
別角度でこの出来事を見て
私にアドバイスしてくれる。
そうすると
魔法にでもかかったように
私の目の前の霧が晴れ
前を向けるようになるのだ。
今の悪い状況から良い方へ
前進するための調停…。
それならきっと頑張れる。
「先生、進学費用のことは
大丈夫ということでしょうか…」
「まだ断言は出来ませんが。
大丈夫になるように
麗子さん、頑張りましょう」
「はい、はい。
どんなことしても私、頑張ります」
私はそう答えた。