臓器移植をテーマの本格医療小説。「脳死」脳死者が出るのを待つか、生存者から肝移植を行うのか・・・。毒だらけの日本の医療界に、孤高の外科医がメスを入れる。臓器移植のスペシャリストである主人公鬼塚鋭臣医師について、研修医、看護師、医療ジャーナリスト、病院経営者や移植コーディネーターなど彼のまわりを取り囲む様々な人たちの視点から描かれています。主人公ははたして善か悪なのか。仮に本人が臓器提供を意思表示しても、心臓が止まるまで家族が延命治療を望むケースの多い日本では、脳死が死であるという考え方になかなかなじめず、「治る可能性があるかもしれないのに、それを捨てて他の人に臓器を移植することは、患者本人を見殺しにする」という考えが主流かもしれません。そもそも銃社会である米国に比べて脳死ドナーの出る数も少なく、さらにキリスト教圏とは死生観も異なります。こういう背景で、問われる生体肝移植か、脳死肝移植かという選択。そのどちらを選ぶべきかという「日本人の死生観」を問う内容と共に、研修医が医療ミスの責任をとらされる医療界の現実や、看護師たちの怒り、病院に蔓延る権力闘争、法案成立にしがみつく厚労技官の様、病院経営に隠されたお金の流れと海外や政治家との癒着など、現代日本の医療界の問題点に鋭く切り込んだ医療小説でした。「メスを入れれば患者の体はもう二度ときれいな体には戻れない。」(P10)主人公の治療に対する固い信念や、謎だった過去が明らかになる、しっかりとした人間ドラマでもありました。
2021年10月新潮社刊