宇宙旅行中のアドンは、気づけばソファーで寝入っていた。


心地よい眠りだったが、突然響き渡った爆風音で目を覚ました。


窓の外を見ると、背格好のいいムッシューがゴルフラケットで星を打っている。


星は鈍い音を立て、プシューッと飛んでいく。遠くでドーンっと低い地響きが鳴った。アドンは慌てて宇宙船から飛び出した。





「ムッシュー、失礼ですが、先ほど大きな音を聞いてあなたのところに来たのです。」


初対面の人に失礼のないよう、遠慮気味に話しかける。


「星には空気が入っているんだ。外側は厚い皮でできている。打ったときにスポンっと空気が抜けて、飛んでいくんだよ。」


ムッシューはひとつ星を手に取ると、片手でグニグニと触って見せた。


「地上で黒い塊が落ちていることがあるだろう。空気も抜けて皮だけ残った星のかけらさ」

そう言ってムッシューはまた1つ勢いよく打ち飛ばした。


遠くで、カランっと音が聞こえる。


「ナイスショット!」


ムッシューはご満悦だ。


「ゴールはどこに?」


「月だよ。昔誰かが立て旗がある。大手宇宙ゴルフ会社のベン社長が、旗下に穴を掘って目印にしたんだ。」


ムッシューは双眼鏡を私に渡して、覗いてみなさいと目でいった。月には赤と青と白の旗が1つ立っていて、その下の穴で黒焦げた星がクルクルと回っている。


「ああ、あんなところに。」


「近いうちにゴルフ大会を開催するんだよ。優勝すると、素晴らしい商品がもらえるぞ。」


...それは、いつでしょう、」


「あの青い星が流星群に大接近する頃だ。スタートは月、ゴールは土星。星がいく手を妨げるからみんな手こずるだろうね!」


わたしは急いで地球に戻り、大統領に直々にお話をした。


「それはいかん。すぐにでも全地球人類に知らせねばならん。」


大統領は椅子から立ち上がってそう答えた。



人類はよけいに忙しくなった。


『数億年ぶりの大流星群です。夜の外出時には落下物にお気をつけください...

TVも噂も流星群飛来の話で持ち越しとなった。


ドリルで地面に穴を掘って硬い扉を嵌める夫人、ピストルをたくさん担いで街を歩く商売人。


子どもたちはというと、堅いヘルメットをかぶって、虫取り用の網を片手におおはしゃぎ。


警察や軍隊はというと、街中に大きなトランポリンやクッションを設置するのに大忙しだった。


そしてその夜。


空は晴天、雲ひとつない最高なゴルフ日和。

もちろん予定通りにゴルフ大会が開催された。


数えきれないほどの星が地球に降り注いで、子どもたちの虫取り網の中をクルクルまわったり、地を転げまわって水辺に落ちて大きな水飛沫をあげたり、空では銃弾と星がぶつかり合って花火が満開、なんとも賑やかな夜だった。


多くは巨大トランポリンで跳ね返り、流れ星となって宇宙へと跳ね返っていった。


「ほほう!星が返ってくるぞ。打っても打っても戻ってくる!ああ!また私の星がどこかへ行って分からなくなった。スタッフよ、新しい星をくれ!もっと重くて大きいのをね!」


ゴルフラケットで飛ばした星は、誰かが打ったコース場の星を四方八方へと飛び散らかして、どこからともなく戻ってくる。


そこへ、ゴルフ運営管理会社の社長、マスクラン氏が匍匐前進で現れた。


「ムッシュー!いつもご愛顧いただきありがとうございます。もうこれはゴルフになりませんね。凄腕の貴方様でも、優勝も何もありゃしませんよ。」


「まさしく!困ったもんだね。」


「そこで、わたくしからご提案でございます。」


マスクラン氏はどこからともなく、バットを取り出しムッシューに差し出した。


「なにかね、ホームランでも狙うかね!?」


「その通りでございます!これからバッティングゲームが始まります。」


マスクラン氏は立ち上がり、オペラグラスをムッシューの目に合わせた。


「いくつか塔が見えますね?オペラグラスでご確認ください。赤い鉄塔。そしてあの円柱の塔。炎を持った女神の像と、あの糸針のような...


ムッシューはうむうむと話を頷きながら、口元をニヤリとさせて、腕まくりをした。


「星はどれを使っていただいても構いません。わたくしからの説明は以上でございます。さあ、じゃんじゃん狙ってくださいませ!わたくしはひと仕事をして、また貴方様のところへ寄りますから。」


そういってその場を立ち去るマスクラン。

ムッシュー最初の一撃が地球に向かった。




狙われた地球はたまったもんじゃない。


東京タワーは星と一緒に大阪に飛んで行き、ピザの斜塔は直立姿に。自由の女神像は星を手にしている。一方でワルシャワラジオ塔はグネングネン揺れながらうまく星を避けているようだ。


「はっはー!愉快だ、愉快だ!!見たかマスクラン、さっき私が打った星だぞ、あの演劇場の穴に嵌めたやつは!」


ムッシューは、跳ね返ってくる凄まじい数の星を持ち前の瞬発力を使って難なく弾き飛ばしていた。


「さすがムッシュー!貴方様はバッティングもお上手でございます!」


ヘルメットを被って必死に地面に張りつきながら戻ってきたマスクラン氏は答えた。


「ところで、貴方様もヘルメットをつけたら如何ですか?星の勢力が凄すぎやしませんか。」


「うむ、それもそうだな。どれ、ヘルメットを借りよう。」


そう言って手をとめたムッシュー。

一息つこうと、テーブルに置いてあるカクテルに手を伸ばした。


が、すかさず大きな星が飛んできた。


気をすっかり抜いていたようだ。

輝く星が、ムッシューを乗せて暗い宇宙の彼方へ飛んでいく。





「ふふふ。大統領、今の悲鳴を聞きましたか?見事にホームランですよ。」



「ははは。君はやはり素晴らしい野球選手だな、アドン。さてさて、次は誰を狙うつもりかね?」


アドンは宇宙の彼方をギラりとした目で見つめていた。


おしまい。


2020/12/17