食の歴史 by 新谷隆史ー人類史を作った食の革命

脳と食を愛する生物学者の新谷隆史です。本ブログでは人類史の礎となった様々な食の革命について考察していきます。

西欧人とソバ-中世盛期のヨーロッパと食(6)

2020-11-30 23:32:29 | 第三章 中世の食の革命
西欧人とソバ-中世盛期のヨーロッパと食(6)
今回は十字軍によって西ヨーロッパに持ち込まれたソバの話です。西洋人はあまりソバを食べないような気がしますが、実はヨーロッパの多くの国々でよく食べられています。

最初はコムギが育たないところで栽培されていたソバでしたが、次第に各地の重要な食になって行ったのです。


ソバの花
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人間が食料にしている穀物のほとんどはイネ科の植物だ。つまり、イネ・ムギ・アワ・ヒエ・キビに加えて、トウモロコシもイネ科だ。さらに、砂糖を取るサトウキビもイネ科である。一方、ソバはタデ科の一年草であり、イネ科が幅を利かす中で珍しい存在と言える。

ソバはやせた土地や乾いた土地でも育つし、病気や害虫にも強いという性質を持っている。また、生育期間がとても短く、種をまいてから2~3カ月で収穫できる(このため「蕎麦75日」という言葉がある)。

ソバの原産地は中国南部とされており、日本では遅くとも弥生時代からソバの栽培が行われていたと考えられている。

前回お話ししたように、ヨーロッパには十字軍によって中東から伝えられた。このため、フランスやイタリアではソバのことを「サラセンの麦」(仏:ble sarrasin、伊:grano saraceno)という(サラセンとは北アフリカのイスラム教徒のこと)。

西ヨーロッパに持ち込まれたソバは、イタリア、ドイツ、フランス、ベルギー、イギリス、そして東ヨーロッパに広がった。特に、コムギが育ちにくいやせた土地にコムギの代わりに栽培されることが多かった。

ここで、各国のソバ料理について見て行こう。

最初はイタリアだ。

北イタリアの山岳地帯ではコムギが育たないので、そば粉で作った粥を主食にしていた。これを「ポレンタ」と呼ぶ。風味付けにオリーブオイルやバターを入れたりする。15世紀になってアメリカ大陸からトウモロコシが持ち込まれると、ポレンタはトウモロコシの粉で作られるようになったが、今でもそば粉のポレンタも少しは残っているという。

また、スイスやオーストリアとの国境近くのロンバルディア州ヴァルテッリーナ地方では、そば粉で作ったパスタ「ピッツオッケリ」が古くから作られている。現代では、ピッツオッケリにキャベツやジャガイモを加えて、バターとチーズのソースを絡めて食べることが多い。


ピッツオッケリ(By Nnaluci-Own work, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3560772)

次はフランスだ。

フランスでソバを使った料理の定番と言えば「ガレット」だ。

ガレットはブルターニュ地方で昔から作られている料理だ。この地方もコムギの栽培には適さず、代わりにソバが育てられてきた。

ガレットは、そば粉を牛乳、水、塩と一緒にこねて1時間ほど寝かしたものをクレープ状にしてバターでこんがりと焼いたものだ。その上にハム、卵、チーズを乗せて食べる。パリッとした表面で中はもちっとしている。食べると口の中にソバの香りが広がる。

ブルターニュでガレットを食べる時には必ず特産のリンゴで作った発泡酒(シードル)を飲む。シードルは甘い風味があるため、塩気のきいたガレットとよく合う。なお、シードルを蒸留して作ったリンゴの蒸留酒は「カルヴァドス」と言い、これもブルターニュの特産品だ。


ガレット(By DC-Own work, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=25694464)

最後はスロベニアだ。スロベニアはイタリアの東、オーストリアの南に位置する。

スロベニア人の年間のソバの消費量は日本人よりも多く、ソバをほぼ毎日何らかの形で食べているという。おそらく、ソバを使ったレシピも世界で最も多いと思われる。

スロベニアではパンにもケーキにもそば粉を入れる。「ポタンツァ」というカッテージチーズ入りのそば粉で作ったパンはお祭りに欠かせないもので、肉料理や野菜料理と一緒に食べるという。また、ニジマスの表面にそば粉をまぶして油で焼いた料理も伝統的な料理として知られている。さらに、そば粉の生地で袋をつくり、中にクリを詰めてゆがいた料理もあるらしい。

スロベニア人はソバの実だけでなく、花や茎もアルコール漬けにして食べたり、しぼってジュースにして飲んだりするという。こうして見て来ると、スロベニア人が日本人よりもソバ好きなのは間違いないと思われる。

ソバを今日でもよく食べる国としては、イタリア・フランス・スロベニアのほかに、クロアチア、ポーランド、デンマーク、チェコなどがある。ソバにはほかの穀物にない独特の風味があるが、それが日本人だけでなくヨーロッパの人々にも好まれるのだろう。


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