小説 「年とる前に死にたいぜ」6

      五


 二人は阿久川の駅前の学習塾の前に不法駐輪して、阿久川から西明石で新快速に乗り換え、三宮へ向かった。向かい合わせの席で安永睦美は今日は何時まで付き合ってくれるのかと訊ね、透に今日は遅くなるという旨を親に伝えた方がいいと促した。透は彼女の言うとおりに親にメールした。それ以外、二人はほとんど口を開かなかった。

三宮の駅に着くと、「太田君、三宮来たことある?」と彼女は言った。

「あんまりないな」

「へえ、じゃあちょっとそのへん歩こうよ」

 改札を出た二人は駅からそのまま地下街に入って、駅の南側にあるセンター街の方の出口から地上へ出た。

「何か買いたいものでもあるん? 俺、金ならあんまないぞ」

カッターシャツに制服のズボン姿の透は少し前を歩くミリタリージャケットに注意する。

「あ、そうなん。でも大丈夫。私別に欲しいもんなんかないからな。だって今日はクラスの男の子をナンパして、デートに連れてきただけやもん。そのへん二人でブラブラすればオッケー。でも、私は他の子と違って、おごってとか、あれかわいいとか言わへんし、喉も渇かへんで。甲斐性ないなら、今日はいつでもお金貸すで。こっちが勝手につれてきたんやから」と安永睦美は何か堰を切ったように奇妙にはきはきした声で話した。

「甲斐性のある男はうちの高校にはおらんやろう。バイト禁止やし。――お前、結構うるさいな」

「フフッ、ごめんごめん。いつもはうるさくないねんで」

「確かにそうやな。学校では。だから今の全部嘘っぽい。安永さんはナンパなんかせえへんやろ?」

 安永睦美は怒りの徒、暴力の権化、アナキストだ。他者に安息を求めたりはしないし、自らを慰めたりしない。ただこの女はあの狂人の眼を、輝きを、もっと汚れなく完全な形で具現化したいのだ。殴る蹴る、花火を顔に押し付ける、それよりもっと明らかで正しい方法があるはずだ。彼女はそれだけを必要としている。そういう人間しか本当に笑うことはできない。彼女の笑いが魅力的なのは、怒り、戦い、弱者を否定し、そいつらを眼の中で殺しているからだ。

「ほんまやって。私は太田君と一緒にここに来たくてなあ」

 彼女はそう言って笑うが、やはり眼の奥底には破壊と自壊への欲望と怒りとがあった。こいつは何にこんなに怒っているのだろうか。

「分かった。じゃあ、『ついてきてほしいところ』っていうのは、このへんってこと?」

 彼女は返事も頷きもしなかった。

「太田君、私のこと安永さんって呼ぶねんな」

 安永睦美はスピードを落として、透の真隣を歩き始めた。二人はセンター街を西の方へ進み続けている。そして「お前、とも言ったっけ」と彼女は透の顔を覗き込む。透は他人の呼び名を決めるのが苦手だった。人の名前を呼ぶ自分を想定するという習慣が透にはない。もちろんこの女に相応しい呼び名なんて透は知らない。それを彼女は見透かした。

「安永さんってのもいいけど、太田君が言うと何か気持ち悪いなあ。お前っていう方が自然な気がする」

「じゃあこれからお前って呼ぼか?」

「うーん。あんまりお前って言われると顔面パンチしてまうかも知れんけど」

「それは嫌や」

「やっぱり名字は嫌かなあ。ムツミさんとか、ムツミちゃんがいいな。安永って呼ばれるの、お母さんとかに見られたりしたら何か嫌やん。ほらお母さんも安永やし。私、下の名前睦美って言うねんで。一月生まれやからムツミ。知っとった?」

「みんな知っとうと思うで。仲睦まじいの睦美な」

 ふんふんと頷いて、「でもやっぱそれは今すぐじゃなくていいわ。よし、今度会ったときから、ムツミちゃんな」と彼女は言った。






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