にわかお城ファンの旅行記

にわか城好きの歴史探訪記

周りに影響されて城巡りを始めました。百名城スタンプ目当てだったのに気がついたら沼にハマっていました。

百名城 上田城 (27・長野県上田市) 2/2-真田氏の居城、本丸へ 東信の城めぐり旅⑥

引き続き上田城を散策。今回は本丸を回ります。

本丸の目玉はなんといっても3つの櫓と櫓門。特に東虎口は雰囲気がすばらしい。
さすがの人出も頷けるもので、復原頂いた判断に感謝です。
こんな櫓がまさか遊郭になっていたとは。

その1はこちら

tmtmz.hatenablog.com

お城:上田城(27)長野県上田市
HP:【上田城】真田氏・仙石氏・松平氏の居城 長野県上田市の観光スポット
訪問日:2016年8月、2022年5月

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訪問記

本丸下の段・西櫓

尼ヶ淵から登った、西櫓近くの西虎口から散策再開。
西虎口と言ってもどうしても西櫓に目が行ってしまいます。
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現存櫓のこの雰囲気、良いですよね。青空も相まってなおさら良い雰囲気。

石垣上から見るべく、先へ。足元の西虎口を見ていきましょう。
本丸の搦手にあたるこちらの虎口
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今は左手の櫓台石垣を失ってしまって虎口感すら乏しいですが、

奥の石垣には天端の切り欠き、礎石が残っています。
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写真左手の石垣天端に二か所切り欠きが見えるでしょうか。

発掘調査も踏まえて、こちらにも櫓門があったことが分かっています。
ここまではっきりと痕跡が見えると櫓門の想像もはかどるものです。
この写真の角度なら右手の櫓台が無くなっていることも気づきにくいですし。

虎口を抜けて本丸内部へ。

上田城本丸は、中ほど東西に石垣が走り、南北で高低差のある2層にわかれています。
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写真は東虎口付近ですが、こんな段差が東西に走り、実質2つの曲輪となっています。
北側の高い方を上の台、南を下の段と呼んでいたそう。
今は、上の台は緑広がる広場に、下の段は真田神社となっています。

まずはその真田神社と奥の西櫓へ。
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今の上田城観光目玉の一つ、真田神社は凄い人出。写真は頑張ってタイミングを計ったのです。
めげずにお参りを済ませて、

本殿脇に進むと、真田幸村
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第一次上田合戦の頃をイメージしたそう。

上田原合戦で武田信玄真田幸隆と兜を掛けたとされる兜松
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さらに真田井戸と呼ばれる井戸も残されています。
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この井戸からは当時の遺物も見つかっており、実際に重要な水の手でした。
井戸内には太郎山麓の砦に通ずる抜け穴があって、城兵の出入りや兵糧の搬入にも不自由しなかったのだとか。さすがに横穴は見えなかったな。

これらの先にあるのが、西櫓
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上田城に残る3つの櫓のうち、唯一ほぼ当時のまま残ります。仙石忠政の頃の建築。

低めの矢狭間や鉄砲狭間、すぐ開け閉めできる武者窓がつけられた武骨な姿が美しい。
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矢狭間はこちらの方が見やすいので再登場願いました。
どっちにしろ遠すぎて見えないかも。まあ何回見てもいいものなので

本丸上の台

続いては上の台へ
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こちらは下の段と違って見通しの良い景色が広がります。奥の土塁までくっきり。
土塁はさすが実戦経験豊富な城のもの、高いです。

土塁上に上がることもでき、本丸堀越しに二の丸をみることもできます。
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当然ながら遠く、高い位置を確保できています。
肉眼ではもうちょっと見やすかったんですが、写真は難しい。。

本丸には四隅などに計7つの櫓と2つの櫓門が建てられていました。
土塁から直接つながる位置にも北西隅櫓
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北東隅櫓がありました。
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また、北東の方角には鬼門よけの隅欠が施されています。
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この角度では分かりづらいので、ぜひ現地で。

東虎口櫓門・南櫓・北櫓

本丸散策最後は東虎口櫓門と南北のたちへ。
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移築先から帰ってきた南北櫓と再建された櫓門。良いですねぇ

内部は上田城で唯一の有料観覧区域となっています。もちろん見ていきましょう。
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まずは南櫓。西櫓同様の狭間や武者窓。武骨な雰囲気を感じます。

内部は結構きれい。移築の影響もあるのかな。
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梁には目新しい溝が掘られています。
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これは南櫓が移築され、遊郭として使われていた時の痕跡です。
櫓を遊郭にするとは現代人には理解しづらいですが、当時の人にとっては貴重でも無ければ、畏怖の念を抱く場所でもなく、ただの建物だったのでしょうね。

南櫓から櫓門内部を通って
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北櫓へ
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こちらも同様に武者窓や狭間が使われています。
当然ながら狭間は城外にのみ開けられていて、内側のこちらにはありません。

内部では展示のほかに上田城の歴史に関する動画が流されていました。
最初に見ればよかったかな笑

最後は、東虎口を抜けていきます。
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東虎口櫓門の足元には真田石と呼ばれる鏡石が置かれています。
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真田昌幸の築城の際に置かれ、真田信之が移封になった時に持っていこうとしたものの微動だにしなかった、と言い伝えられています。
実は今残る石垣を作ったのは仙石氏ですが、そんな伝説が残るほど、上田城と真田家は切っても切り離せない関係だったんでしょう。

あと地味にこちらを向いている狭間が気になります。

最後、東虎口櫓門を外から見返して、
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うーん逆光。。

本丸堀を越えたら
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再度二の丸にかえってきました。
このあたりは完全に博物館と公園の様相で、写真も撮り忘れました。

こんなコースでたどる人はまぁいないと思いますが、博物館で100名城スタンプを押すのを忘れないようにしてくださいね。
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モデルは東虎口ですね。そりゃそうか。

最後は、二の丸の虎口を抜けて、最初にくぐった二の丸橋を渡って、今の上田城外へ。f:id:tmtmz:20220503235343j:image
これで上田城散策は終了です。もう少しだけ関連史跡を見てまわります。

感想

満足度4/5

尼ヶ淵にそびえる様相、東虎口櫓門や南北と西の各櫓を見るとその人気も頷けます。
大手から本丸だけを見るのはもったいない。当然尼ヶ淵下からの景色もルートに入ってるか。

難攻不落や戦勝の歴史を踏まえると、その深い堀や断崖はさすがですが、縄張りはいささかシンプルな気もします。
実は真田氏の頃からは変わっているのか。それとも勝ったことで箔がついたのか。

アクセス

上田城