ペンは剣よりも強く

日常と世相の記

芝健介『ヒトラー 虚像の独裁者』

 菅直人・元首相が1月21日付Twitterで、橋下徹氏(ら)の弁舌の「巧みさ」をヒトラーにたとえたことが維新の怒りを買い、党として、なぜか菅元首相本人ではなく、立憲民主党に謝罪・撤回要求をするという珍妙なことが起こっています。世間の耳目を引き立憲民主党を貶めようという魂胆でもあるのでしょうか。
 菅氏曰く、維新は菅氏本人には「何も言ってこない」のだそうです。噂によれば、国会内にある菅氏の議員個室の隣は維新の馬場幹事長の部屋とのこと。そんなに許せないんだったら、幹事長自ら菅氏の部屋に怒鳴り込んで行ったっていいくらいです。笑い話なのでしょうか、これは。

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https://www.newsweekjapan.jp/fujisaki/2022/01/post-32.php?t=1


 偶然ですが、芝健介さんの近刊ヒトラー ――虚像の独裁者』岩波新書)を半分くらい読みました。予備知識がないときつい部分もありますが、タイトルにあるとおりヒトラーの「自画像」の「虚像」ぶりがよくわかる内容です。ヒトラー自身の半生記でもある『わが闘争』(上巻)に、都合の悪いことは書かれていないのです。
 たとえば、ヒトラーユダヤ人憎悪と反ユダヤ主義はよく知られていますが、第一次大戦従軍中の「戦功」(これも疑わしいのですが)を讃えてヒトラーに「一級鉄十字章」が授与されることになったとき、彼を推薦し勲章を授与した上官はユダヤ人でした。ユダヤ人ということでもうひとつ挙げれば、ウィーンの極貧時代にヒトラーが絵はがきを売って糊口をしのいでいた頃、よく出入りして世話になっていた画商もまたユダヤ人でした。当時のヒトラーと親しかった人に言わせれば、ヒトラーユダヤ人ときわめて親密な交流があり、「反ユダヤ主義者ではなかった」のです(同書、14頁)。しかし、『わが闘争』ではそうした事実は一切触れられていません。

 橋下氏らは菅氏から弁舌が巧みであると形容されましたが、別に褒めているわけではなく、その含意は、聞き手は欺されるから警戒しないといけないということでしょう。この点、ヒトラーが『わが闘争』で大衆宣伝(プロパガンダ)について書いた部分を、芝さんはこう解説しています。

 ……プロパガンダを宣伝術とか政治広告とか呼ぶだけでなく、製品広告の方法を意識していたと感じさせられる箇所が『わが闘争』にはある。「たとえば新製品の石鹸を宣伝するポスターについて、…他の石鹸についても「品質良好」ですと書いてあったら、人びとは何というだろう。人びとはこれにあきれて首を横に振るしかないだろう。政治広告の場合もまさに事情はかわらない。プロパガンダの目的はたとえば正邪・理非曲直をただし種々弁別することにはないのであって、主張すべきただ一点をひたすら強調することにある」。成功・勝利のために操作はとどまるところを知らず何でもありというのがプロパガンダの要諦だという。「真実を追い求めることも相手に好都合に働くだけの場合が多く、大衆に向けては非現実であれ何であれ、教義・主義一点ばりの主張を通して絶えず自分が有利になるようにしなければならない」……「事実がどうであったか、は問題ではなく、本当の経過がそうでなくとも問題はない」…。
(同書、96-97頁)

 自分にとって有利かどうかが問題で、そのためには現実にありえないことだろうが、事実や経過が曲げられていようが関係ない――要するに大衆宣伝(プロパガンダ)では、嘘だろうが、ペテンだろうが、何でもありだというのです。維新の人たちが怒るのは、自分たちはそんなことをする集団ではないのに、ということでしょうか。

 弁舌が巧みという意味の “小ヒトラー” ならば、橋下氏にかぎらずそこら中にいそうです。ヒトラーも最初はそうでした。ちょっと弁舌がたって使えそうな奴だから…と目をかけられ、軍の講師(弁士)に取り立てられたのがきっかけです。その後の彼を押し上げて “大ヒトラー” にしていった力と同じものが、現在のこの国にあるのかどうかはわかりません。けれども、このコロナ禍で店を閉めることを余儀なくされ、職を失い、生活を壊されていく人びと、入院も診察も面会も制限される中、家族や親しい人の不条理な病死や事故死を受け止めなければならない人びと、いくら言ってもまったく気持ちに応えてくれない政治にはうんざりだという人びと、そうした人びとのあいだに、1920年代30年代のドイツがそうであったように、絶望感や怨恨(ルサンチマン)がさらに膨らんだら、と想像しないわけにはいきません。実際自分にもそういう思いは少なからずありますから…。





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