雨霞 あめがすみ

過去に書き溜めたものを小説にするでもなくストーリーを纏めるでもなく公開します。

水色の日傘 30 中間のご挨拶

中間のご挨拶

水色の日傘は、元々は簡単な短編でまとめるつもりでした。しかしダラダラといつの間にか随分な展開になってしまいました。成り行きのまま思い出しつつ書いていますので、なにがどうなっていたのか思い出せないこともあります。情けないですがこんな状態で進めております。よろしくご容赦ください。

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本編です。

 

「おいええか、プレーかけるで」

ひと声かけて、私はプレーを宣した。

福田には意外な面があったようだ。それほど親しい間柄ではないのだが、私も彼にそんな面があることを知らなかった。私から見ても福田は青春ドラマのイメージはない。早く言えばダサい奴だ。その彼が、嫌いな徳田に謝意を表した。心理面でどんな動きがあったのか。

こういうこともあって福田は吹っ切れたのだろう。女子たちも大勢見ている前でデカいのを打たれるとちょっと辛い。ビシッと抑えて拍手喝采と行きたいものだ。しかし福田にもうそれはなかった。井筒がどんな代物であってもそれは関係ない。ここは全力を出すだけだと。

気持ちの在り方が身体の動きにどれだけ影響するか。それは私も以後の人生で嫌と言うほど知っている。現実に気持ちが、つまりは脳が委縮すると身体は全然動かない。しかし吹っ切れたり意気に感じたりすると驚くほど動くものだ。

福田は腰を屈めてランナーの太田をチロチロと目でけん制した。形だけのプロの真似だが、一応は気持ちの高揚というものだ。慎重を気取って腰を屈めたまま時間を取っている。井筒は我関せずの雰囲気で構えもせず立っている。福田がモーションに移って初めて構えを見せた。

 

意識して大きく振りかぶった福田は、いきなりど真ん中にストレートを投げた。速い球だ。元々福田はそれなりの球威を持っている。井筒は黙ってそれを見送った。ストライク。球には気が乗っているように思われた。

よしよしええどええど----長谷川が合図をしながら返球した。その後二球続けて内側の際どいところに投げて、いずれもボールだったが、井筒はわずかに腹をへこませて見送った。

次の球を、福田は外寄りに投げた。速い球でこれも際どいコースだった。打つ気配もなく突っ立っていた井筒はそれをちょっとバットを出して右手一本で軽くさばくように弾いた。狙った訳ではあるまいが、球は徳田の守備位置のほぼ真上を飛んだ。徳田は腕を伸ばして思い切りのジャンプをしたがグラブにちょっと振れて、球は外野に向かって転がっていく。

太田が懸命に走って三塁を駆け抜けた。井筒は行けると思って二塁に走ったが、足の速いレフト新井が転がる球に追いついた。一瞬の判断で新井はホームを諦めてセカンドに返球した。セカンド安井も守備は上手い。まぐれだろうが、ほぼドンピシャの返球を受けて素早く井筒にタッチした。

「アウト!アウトアウト!」

派手なジェスチャーで悟ちゃんが高らかに声をあげると三組から一斉に喝采があがった。実際小学生とは思えない見事なプレーだった。スリーアウトチェンジ。

しかしこの間太田がホームイン。井筒がアウトになる一瞬前に私がホームインを宣した。四組に六点目が入った。

 

タイミングは際どかったが井筒は何事もなかったようにそそくさと戻ってくる。井筒なら初級のど真ん中のストレートを長打することも可能だったろう。井筒は自分が主役になるのを避けているように私には思えた。以前の打席でもそれを感じた。

成りたて審判の田中君が思わず呟いた。

「あいつ上手いこと打ちよるがな。プロ顔負けやで」

チェンジで守備から戻ってくる徳田の表情に、これまでと違ったものが漂っていた。思い切り振って長打なら仕方がない。しかし、今のような感じでゴミでも払うように打った井筒にショックを感じたのだ。それはまさに、何事もない感じだった。

あいつ、俺より上手いかも知れん----徳田はそう感じた。

続きます。