今回は、いわゆる陰謀論と呼ばれているものの何が正しく、何が間違っているのかという議論です。この点について、ハッキリと何が正しく、何が間違っているのかを確定することは難しいと思います。

ただし、真偽判別の難しさから、この議論を避けるのはナンセンスです。私たちは出来る限り、より確実な情報を獲得するための議論をするべきです。

そのためにまず、科学哲学の方法を参考に検討したいと思います。現代の科学哲学について陰謀論で議論されることはほとんどありません。しかし、科学哲学による議論を行うことでより明確に、正しさや間違いについての考え方について学ぶことは重要です。

次に、科学哲学では議論できない領域についても考えたいと思います。科学哲学は人間の偏見や間違いについて鋭い議論が続けられていますが、科学哲学は意図的な悪意についての議論をあまり積極的には行いません。

意図的に人を騙すことについての議論は、現在は科学哲学以外の領域で行われています。他者を意図的に偽情報を用いて自分たちに都合が良いように操作するというのは心理操作やインテリジェンスが取り扱っている領域です。
 


人びとの善意から発生する誤りと、人々の悪意から発生する誤りという両面から考えてこの点を議論したいと思います。

 

ヨーロッパの哲学の萌芽


中世ヨーロッパの哲学は主に聖職者によって議論されていました。このため当時のヨーロッパの哲学は神学的な要素が強いものでした。その後、ヨーロッパの哲学は、政治的な哲学と認識論的な哲学が発達していきました。

イギリスでは『新オルガノン』の著者、フランシス・ベーコンを皮切りに、ジョン・ロックの『人間悟性論』、ジョージ・バークリーの『視覚新論』・『人知原理論』、デイヴィッド・ヒュームの『人間本性論』に代表されるイギリス経験論が発達していきました。


大陸の方では、フランスのルネ・デカルトの『方法序説』、バールーフ・ススピノザの『神学・政治論』・『エチカ』、ゴットフリート・ライプニッツの『モナドロジー』など、多様な観点からの理性の検証が発展していきました。このようなヨーロッパ大陸の哲学をイギリス経験論と対比して大陸合理論といいます。


ドイツではイマヌエル・カントがデイヴィッド・ヒュームの『人間本性論』の影響を受けて『純粋理性批判』・『実践理性批判』・『判断力批判』と呼ばれる三冊の大作を書き上げました。カントの認識論はそれまでの世界観をコペルニクス的転回と表現されるような転回を見せた超越論哲学を生み出しました。ドイツではカントの強い影響を受けたドイツ観念論と呼ばれるものが発達しました。

 

分析哲学・科学哲学の発達


その後、ヨーロッパでは数学者や論理学者が哲学的な思考を試みました。分析哲学はドイツのゴットロープ・フレーゲの『概念記法』を皮切りに、特にイギリスやアメリカで発達していきました。

イギリスでは論理的原子論を提唱したバートランド・ラッセルを始め、ジョージ・エドワード・ムーア、そしてオーストリア出身で言語哲学の研究を行ったルートヴィッヒ・ヴィトゲンシュタイン、批判的合理主義を打ち立てたカール・ポパーらによって発展していきました。またポパーの批判的合理主義を学んだポール・ファイヤアーベントは認識論的アナーキズムという立場を打ち立てました。
 


そのほかにも、『感覚の分析』の著者で知られるドイツの物理学者のエルンスト・マッハや、アメリカのプラグマティストの提唱者であるチャールズ・パースなどの哲学などの影響を受けて現代の科学哲学は発達していきました。

 

科学的方法と疑似科学


科学では、知識体系・方法・実践が科学的であるかどうかを判断するためのいくつかの基本原則を受け容れています。一つに実験結果は常に再現可能であり、他の研究者によっても同じように検証されるべきと考えられています。

他にも認知バイアスを排除する必要も指摘されています。推論は、その思考・評価・想起するにあたり、不当に作成されている可能性があります。バイアスを減少させる対処法の一つとしてランダム化実験と呼ばれる方法があります。

前述したカール・ポパーは科学と疑似科学の区別について、反証可能性という基準を提唱しました。ポパーは相対性理論と占星術・精神分析・マルクス主義などについて、それが反証することが可能でできるのか、できないかで判断することができると考えました。占星術・精神分析・マルクス主義は反証することが許されないため、それは科学ではないというわけです。


一方でポパーの批判者であるポール・ファイヤアーベントは反証主義の重要性を認めた上で、科学と疑似科学を明確に区分けする方法はないとし、そういった考えがあることは望ましいことではないと考えました。
 

ガレージのドラゴンは実在するのか


20世紀末には、アメリカの天文物理学者カール・セーガンは、『悪霊にさいなまされる世界』のなかで、ガレージのドラゴンという話を提供しました。

セーガンは、彼のガレージに火を吐くことができ、見ることができないドラゴンがいると主張します。セーガンの訪問者は、様々な方法でドラゴンが実際に存在する方法を考えますが、すべての提示された方法は実際に機能しないとして拒否します。つまり、誰もガレージのドラゴンが実在しているということを反証することができないのです。

セーガンのは結論として、仮説を無効にすることができないこと、つまり反証することができないことは、真実であることを証明することとは同じことではないと言います。

 

科学哲学と陰謀論


陰謀論についてもこのような事例が沢山あります。陰謀論には反証することがほとんど不可能であることや、真実であることを証明することほとんど不可能であることで溢れています。

セーガンはバロニー検出キットと呼ばれる方法で、馬鹿げたことを見破るためのツールとして9つの方法を提示しました。


バロニー検出キットを簡単にまとめますと以下のようになります。①可能である限り事実の確認を行う。②あらゆる観点から証拠について議論する。③権威からの議論が常に信頼できるとは限らないと認識する。④複数の仮説を検討する。⑤自分自身の仮説に純粋に固執せず、偏見を持たないように最善を尽くす。⑥数値化できるものはデータをもって検討する。⑦引数がある場合、そのチェーンがすべてリンクすることを確かめる。⑧単純で、必要な仮定が少ない仮説を選択する。⑨仮説は検証または改ざんされうるかを確かめる。

また、論理的誤謬という20の方法を提示します。

論理的誤謬のいくつかを紹介すると、①議論者が議論そのものを批判するのではなく反対者を攻撃する方法、②特定の高い知識をもった人を正しいとすぐに信じる方法、③議論を相手にとって特定の方法で行わなければならないと規定する方法、④虚偽が証明されていないものは真実であり、真実であることが証明されていないものは虚偽であるとする方法など、他にも多くの重要な観点を提示しています。

 

偽情報と心理操作


科学哲学は相手が自分たちに嘘の情報を意図的に流し、更に心理を操ろうという意図を前提とした議論ではありません。しかし、これまで、世界では多くの政治宣伝が行われており、実際にソ連のKGBやアメリカのCIA、イギリスのMI6、イスラエルのモサドなどの情報機関が絶えず情報空間を主戦場として、壮大なゲームを繰り広げています。偽情報を用いるのは情報機関ばかりではなく、様々な分野の研究を行っているシンクタンクなども例外ではないでしょう。

アメリカの心理学者ジョージ・サイモンは、様々な方法で相手の心理を操作する方法を紹介しています。そのいくつかの方法を紹介すると、①真実を告げることを差し控えることによって嘘をつく、②間違いを意図的に認めない、③不適切な行動や発言に言い訳を繰り返す、④自分たちの行動の非がほとんどないと主張する、⑤自分にとって都合のよい賛同者を選び、都合の悪い批判者を排除する、⑥質問に直接答えずに、別のトピックに転換する、⑦気がつきにくい脅威を与えて相手を脅す、⑧相手の恐怖心や自己不信を利用する、⑨被害者のふりをする、などがあげられます。

アメリカの心理学者ハリエット・ブレイカーは、他者の脆弱な状態が悪用される要因であると指摘します。①相手を喜ばせたいという願望、②相手から承認されたいという願望、③相手の否定的な感情、怒り、不承認を表現されることへの恐れ、④自己主張と相手を否定する態度の欠如、⑤ぼやけたアイデンティティ、⑥低い自立心、⑦統制の所在が外部にある(行動や評価の原因が自分ではなく、外部にあると考える)


偽情報や心理操作の方法は、科学哲学の方法論と異なり、明確なメソッドが用意されています。他者を騙し自分の利益に導くことは、科学的な真実を追い求めることよりも実践しやすいと考えることもできるでしょう。