フラメンコアンサンブル考 ポップ・フュージョン編【フラメンコ音楽論57】

現在、フラメンコ音楽論ではフラメンコアンサンブルの実技的な部分に的を絞って解説しています。

フラメンコのアンサンブルに関する専門用語と基礎知識については以下の記事をお読みください。

前々回はバイレ(踊り)が入った三位一体型のアンサンブルについて、前回はカンテ伴奏型アンサンブルについて解説しましたが、今回はカンテ以外のヴォーカルや楽器演奏を中心とした「ポップ・フュージョン型アンサンブル」について解説いたします。

ポップ・フュージョン型アンサンブルの概要

まず最初に、フラメンコポップ・フラメンコフュージョンの概要や歴史について、こちらの記事をご一読いただけると、今回の内容も理解しやすくなると思います。

詳細は上の記事で書いていますが、フラメンコポップ・フラメンコフュージョンの黎明期は1970年代で、パコ・デ・ルシア、カマロン、ローレ・イ・マヌエル、キコ・ベネーノといったアーティスト達から始まった音楽ジャンルですが、アレンジやアンサンブルなどの方法論確立という面ではパコ・デ・ルシアの影響力が絶大でしょう。

パコ・デ・ルシアがやったのは、それまでソロギターで演奏されていたフラメンコギターに、オーケストラやパーカッション(最初はコンガやボンゴ、後にカホン)を導入する事に始まり、ベース・鍵盤・管楽器・ドラムスと、様々な楽器や音楽要素を取り込んでいきましたが、その方法論は1970年代後半からカマロンの音源(パコ・デ・ルシアが伴奏を担当し、アレンジ面も受け持っていた)にもフィードバックされ、フラメンコ音楽全体のクロスオーバー化を推し進めました。

その後、このフュージョン化の流れは、トマティート、ケタマ、ビセンテ・アミーゴ、ディエゴ・アマドール、ニーニャ・パストーリ、ディエゴ・エル・シガーラ、ハビエル・リモンなどのアーティストに引き継がれ、2000年代にはオホス・デ・ブルホがクラブ系音楽とフラメンコの組み合わせという新機軸で若い世代から圧倒的な支持を集めています。

自分自身も2004年から2008年頃にかけて日本語のフラメンコポップに挑戦したことがあり、CDもリリースしているのですが、その経験もフィードバックさせて今回の記事を書いていきたいと思います。

フラメンコポップバンド「Galeria Rosada」での活動

ポップ・フュージョン型アンサンブルを大別すると、歌を中心としたポップ型と楽器演奏を中心としたフュージョン型に分かれますが、いずれの場合も、ロック・ラテン・ジャズ・ファンク・レゲエ・テクノ・クラブミュージック・クラシックなど、あらゆる音楽要素が取り込まれるため、アンサンブルに関しても画一的に論じるのは難しいでしょう。

ただ、ポップ型・フュージョン型ともに、前回解説した「パルマ・打楽器入りカンテ伴奏」「バンド型カンテ伴奏」がベースとなったものが主流派だと思うので、今回はそうしたものを中心に、前回の発展形という切り口で考察していこうと思います。

ポップ型のアンサンブル

ボーカルを中心としたいわゆるフラメンコポップは、ローレ・イ・マヌエルやキコ・ベネーノに始まり、マンサニータ、ディエゴ・カラスコ、パタ・ネグラ、ケタマ、ニーニャ・パストーリ、マルティレス・デル・コンパス、オホス・デ・ブルホなどへ引き継がれていきました。

今名前を挙げたアーティストだけでも、そのスタイルはバラバラで、制作やアンサンブルの方法論として同列に論じるのは無理がありますよね。

そこで、少々乱暴なカテゴライズかも知れませんが、ローレ・イ・マヌエルやニーニャ・パストーリなどの「純カンテ寄り」スタイルと、キコ・ベネーノやオホス・デ・ブルホなどの「一般音楽寄り」スタイルに分けて考えてみることにしましょう。

純カンテ寄りスタイルと一般音楽寄りスタイルでは、曲の作り方、歌に対するコード進行の付け方、コンパスの捉え方といった部分が大きく異なるため、アンサンブルの方法論も違いが出てきます。

純カンテ寄りのフラメンコポップ

純カンテ寄りスタイルのフラメンコポップは、カンテに近いメロディーと構造を持つ歌がクロスオーバー系アレンジに乗っているような楽曲を想定していますが、カンテは一般的な歌に比べて小節数やコード進行の変化ポイントがイレギュラーになりやすい傾向にあります。

純カンテ寄りフラメンコポップの制作・アンサンブル方法としては、大抵は前回解説した「パルマ・打楽器使用型」「バンド型」のカンテ伴奏アンサンブルに近いアプローチがとられる事になります。

どういう事かというと、まず、楽曲の核としてカンテに近いスタイルの歌があって、それにカンテ伴奏型アンサンブルの方法論(ギターとパルマを主体として歌を最も理解しているプレイヤーが軸となる)で伴奏を付けて土台を作り、最後の段階で様々な要素をトッピングしていくようなやり方ですが、リアルタイムのアンサンブルの場合はカンテ伴奏型アンサンブルと同様「イレギュラー要素の多い歌を複数人で伴奏する」という難しさは人数が増えるほど増していくでしょう。

一般音楽寄りのフラメンコポップ

フラメンコポップの歌でも、カンテの歌唱法からイレギュラー要素を取り除いていけば、一般的な音楽へのアプローチ方法で対処できる範囲が広がっていきます。

実際、カンテ風の発声法で普通のヴォーカルのラインを歌うスタイル(カンテの雰囲気だけ残した非カンテのヴォーカル)の楽曲はかなり多いですよね。

自分がやっていたGaleria Rosadaに関しては、歌は敢えてカンテの歌唱法を避けて、Jポップの歌唱法+フラメンコ的フレージングという組み合わせを試していますが、他にも様々なパターンが考えられます。

一般音楽寄りの発想で歌が作られている場合は、小節数やコード進行が整然としている傾向があり、純カンテ寄りスタイルに比べると遥かにバンド演奏に適していると言えるでしょう。

制作面では、最初にコード進行やリフから作ることが多いだろうし、歌を作る際も、Aメロ・Bメロ・サビなどのセクションごとにバラして作ったりと、「トッピング」としてではなく楽曲の根幹部分から異ジャンルの要素を取り込む余地が広がります。

アンサンブルに関しても、「Aメロ」「サビ」といったセクション処理や、コード進行、リズムパターンといった一般的なアンサンブルのルーチンが通用しやすいので、異ジャンルのプレイヤーが参加する場合もグッと敷居が低くなるでしょう。

フュージョン型のアンサンブル

次に、楽器演奏を中心としたフュージョン型のアンサンブルについて考察します。

フラメンコにおけるフュージョン型アンサンブルは、独奏スタイルのフラメンコギターに様々な伴奏楽器を導入する事から始まり、1980年代までの黎明期はパコ・デ・ルシアの独壇場で、ほぼ彼(と、そのバンドメンバー)が独力で確立した分野だと言っても過言ではないでしょう。

現在でもフラメンコフュージョン系の音楽は基本的にパコ・デ・ルシアのグループが確立したスタイルをベースにしたものが主流なのですが、ディエゴ・アマドール、ドランテス、ハビエル・リモンら鍵盤奏者によってハーモニーやアレンジの可能性が拡張されたりしている事も見逃せません。

フュージョン型アンサンブルも、基本的にはポップ型アンサンブルと同様に純フラメンコギターに近いスタイルのものほど小節数やコード進行が不定形になる傾向がありますので、純フラメンコギター寄りのスタイルと一般音楽寄りのスタイルに分けて解説していきます。

純フラメンコギター寄りのフラメンコフュージョン

純フラメンコギター寄りのフラメンコフュージョンは、多くの場合はフラメンコギタリストが自らの表現を拡張していった結果として出てきたもので、パコ・デ・ルシアに始まり、トマティート、ラファエル・リケーニ、ビセンテ・アミーゴ、ニーニョ・ホセレ、アントニオ・レイなどの音楽が該当します。

純フラメンコギターといっても、その音楽性や演奏スタイルは様々なものがありますが、一般的に普通のギター音楽とは曲の作り方が異なり「メインテーマ+ファルセータの集合体」といった様相になる場合が多いです。

音楽の内容を見てみると、ファルセータをベースとした部分の多くはフラメンコ独自の語彙で構成されていて、リズムへのフレーズの乗せ方が独特だったり、理論立ったコード進行などはあまり考慮されていないものが多い傾向にあります。

とくに古いスタイルのファルセータはほとんど和声的展開をしなかったり、意外なところでコードが変わったりするので、それにベースや他のコード楽器を入れていくのは至難というか、余程のセンスが無いと「ギター一本の方が良くない?」となってしまう場合がほとんどなんですよね。

純フラメンコギター寄りのスタイルの楽曲をバンド演奏しようと思ったら、フラメンコのコンパスに即した高度なアレンジセンスが必要になってくるので、結局はリーダーであるギタリストのアレンジ力に左右されることになるでしょう。

一般音楽寄りのフラメンコフュージョン

上記のように、フラメンコギターの特殊性から、純フラメンコギター寄りのフュージョンスタイルはかなり難易度が高いのですが、フラメンコギターの特殊性を取り除いて楽曲の構造を一般音楽に寄せていことで一般的な音楽の手法が通用しやすくなります。

また、ホルヘ・パルドやドランテスのようにギター以外の楽器をメインに据えるのも、新たなフレージングやハーモニーの可能性が大きく広がるし、このカテゴリーには発想次第で無限の可能性があると思います。

一般音楽に寄せたフラメンコフュージョンを制作・演奏する場合、一番簡単なのはルンバやタンゴなどの4拍子で取れるようなコンパスを採用し、小節単位でフレーズやコード進行を処理出来るような形です。

これであれば、異ジャンルのプレイヤーが参加したとしても、コード譜を頼りにアドリブソロを入れることも容易いでしょう。

逆に、一般音楽寄りのフュージョンスタイルで難しいのは、フラメンコ要素をどういう形で出していくか?というセンスとバランス感覚かもしれません。

フラメンコカラーを強調する方法として、歌が入ったポップスタイルならヴォーカルをカンテ風発声にしたりするのが最も簡単ですが、インストのフュージョンスタイルで同じような効果を上げようと思ったら、結局はギターの奏法頼みになりますよね。

だからといって、やたらとラスゲアードやゴルペを多用するのも大抵は楽曲を単調化してしまうので、そのあたりのバランス感覚が問われるところです。

歌やフラメンコギターに頼らずにフラメンコカラーを出そうと思ったら、コンパス、フレージング、ミの旋法系コード進行などで頑張るしかないのですが、このあたりはまだまだ未開拓であり、今後の発展が待たれるジャンルだと思います。

フラメンコポップ・フラメンコフュージョンに思うこと

今回は、フラメンコポップ・フラメンコフュージョンの制作・アンサンブルというテーマを考察しましたが、最後に、これらのジャンルについて自分個人的に思うところを書かせていただきます。

フラメンコポップ・フラメンコフュージョンも様々なスタイルがあるのは今回考察した通りなのですが、カンテ風発声法やギターの奏法部分だけ取り入れるスタイルは比較的お手軽に実現出来るし、一般の人にも分かりやすい面はありますよね。

でも、そういう形でやったとしても、結局はフラメンコの基礎の部分(コンパス感やテクニック)と非フラメンコの部分(作詞や作編曲による世界観構築能力とか)の両方で力量・魅力が無いとすぐに飽きられてしまうのでは?と感じます。

パコ・デ・ルシアやビセンテ・アミーゴ、シガーラ&ニーニョ・ホセレ、オホス・デ・ブルホ等がチャレンジしてきたように、表層的なものではなく、コンパス・フレージング・コード進行など、もっと深い部分から異ジャンルとクロスオーバーしたフラメンコ系音楽は独特の魅力がありますが、そういうレベルのものを日本人の我々が実現していくのは並大抵のことではありません。

さらに言うなら、フラメンコポップ・フラメンコフュージョンは日本では凄くニッチなジャンルで集客も難しいし、コスパ(かけた労力に対する対価)、タイパ(かけた時間に対する対価)なんかを気にしていたらとても出来ないジャンルなのかも知れませんね。

それでも、自分は30年くらい前からフラメンコポップ・フュージョンというジャンルに非常に魅力を感じていて、なんとかその魅力をPRしていきたいと思っていて、その思いがこのブログを始めた動機の一つにもなっているのです。

自分の出来ることは微力だと思いますが、日本でも「普通に」フラメンコ系の音楽が聴かれ、ライブなどにも人が集まるようになる日が来ることを夢見て、ギタリスト活動とこのブログの執筆を続けていきたいと思います。

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