ョーゼフ ボーキン『巨悪の同盟―ヒトラーとドイツ巨大企業の罪と罰』原書房
2011

9784562046928

<「ユダヤ人がいると問題があるのか」と問える巨大企業体 IGの通史>


この本は、第一次世界大戦前から、ワイマール、第二次世界大戦を通じて戦後までの、戦争を背景とした巨大化学工業企業体IGの通史です。

空中窒素固定法でノーベル化学賞を受賞したハーバーとボッシュを端緒として、世界の化学工業の過半を牛耳るに至るIG染料

第一次世界大戦では、軍に硝石を供給する体制を整え、塩素ガス、マスタードガスなどの発明によってドイツの戦争を支える。

敗戦後は、フランス企業との相互利益供与関係を作り上げ、解体を免れる。

新たに取得した化学製品の特許を武器に、国内の個別企業体を連合して利益共同体(IG)としての化学工業カルテルを構築。

ワイマール期には、人造石油製造、合成ゴム(ブナゴム)などを武器に、アメリカのスタンダード石油と企業間協定を結び、国家間の利害を超越した企業連携を構築。

「硝石」生産と「人造石油」と「合成ゴム」などの戦略物資の生産独占をもって、ナチ政権に食い込み、巨大な人造石油工場都市を作り上げ、さらに強大な利益をあげる。

生産のための労働力が不足すると、強制収容所の収監者を使う。挙句の果てには、アウシュヴィッツ=ビルケナウの収容所に隣接して工場を建て自前の強制収容所まで作ってしまう。

さらに、殺虫剤研究の中途にうまれた有機リン系の薬剤(タブン サリンなど)を売り込み、ヒトラー指示下で大量生産させる。

敗戦後は、世界中に分散させていた覆面企業に利益を掩蔽させ、表面上解体されたようにして生き残り、復活を図る。

 

もう、「金のためなら悪魔とも契約するよ」「企業が儲けて何が悪いの」という姿を地でいく話です。

極め付けは、IG・ファルベンの経営者がナチの反ユダヤキャンペーン中、自社のトップマネージャーにユダヤ人がいることを追求されて放った言葉「ユダヤ人がいると何か問題があるのか」は、世界を牛耳るのは我々だといっているのと同じです。

ナチと癒着したIGの手法は、第二次世界大戦後アメリカに移り、アメリカ成長の裏舞台をささえることになります。

 

この書は、短文で構成されていて大変読みやすく、それでいて実に多くの情報が網羅されています。参考文献、注釈も多く、単にIG社の歴史通史としてだけでなく、戦争の背景にある民間企業の実態を学ぶ上で、非常に有用です。

(2021)