三連休の中日、24日(土)は父の三回忌法要の予定です。
早いもので父が亡くなってもう2年。




コロナ禍でしたが、亡くなる前日から面会はできました。
耳は聞こえていたかもですが、会話はできませんでした。




その3週間ほど前に施設の自室からズームで話したのが最後でした。
職員さん2人になかば無理矢理ベッドから起こされながら『娘さんからですよ』と言われ、「お父さん!」と呼ぶと、しばしのち『〇〇かー?」と私の名前(いつもの父からの呼び名)を一度だけ呼んでくれました。





職員さんたちは、その頃父があまり起きてこなくなっているのを、どこといって悪いところはないのに頑張りが足りないという感じで捉えていたかもしれませんが、おそらく父はもう起き上がる力がないくらいしんどかったのだと思います。





父は職員さんには無言の抵抗をする中、私に呼びかけてくれたその声は意外にも明るく、優しく、張りのあるものだったので、そのあと許されている10〜15分の間、少しは話ができると思ったのですが、そのあとは何をどうしても起き上がろうとせず、職員さんたちもお手上げで「起きないみたいなので、ごめんなさい」となり、たったひと言だけでズーム面会は終わってしまいました。





数日後、施設から病院、また別の病院と移り、あっという間に亡くなってしまって、帰りたいと言っていた家に帰ることができませんでした。
そのことはやはり、とても無念だったろうと思います。
どうすればよかったんだろう、と今でも考えてしまいます。




母はいま、父の不在を寂しがりつつも、一人暮らしを母なりに楽しんでいるように見えます。
それだけ父の面倒を見るのはとても大変だった、そこから解放されて、自分のペースで生活できるので、体も心も少し軽くなったのでしょう。




私たちが様子を見に行くのもあまり歓迎されない、それくらい自分の生活のリズム、ルーティンを守りたいようです。
危なっかしいことがないわけではないけれど、もうしばらくは母のしたいようにするのが良いのかなと思っています。






詩吟が趣味だった父

河原で練習しているんでしょうか

亡くなってから出てきた写真です







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