できないかどうかは自分で決める
さて1月も始まったばかりですが、年末から既に新年モードで飛ばしてた私にとっては、もう2月くらいの気分。飛ばし過ぎて、久しぶりに交通事故の後遺症の頭痛がぶり返しました😅。
助手席だったのですが、頭を打って脳震盪を起こした交通事故後は、メリメリと激しい頭痛で寝ても薬を飲んでもまったく効かず、劇薬のような強い薬(お医者さんが処方するやつで、赤いプラスチックの容器に入ってた)を飲むと今度は8時間は起きれないしで、ほぼ機能してませんでした。医者には治らないと言われたので、考えた末に退職して中南米旅行に出るという荒療治で自力で治したものの、たまにふとしたことで戻ってくる様です。
ていう長い前座は置いておいてですね…
運転が怖くなりました
もともとアメリカでは運転してなかったのですが(DCは車いらないし)、その交通事故以来、車を運転するのは絶対に無理な気がしていました。ふとトラウマに襲われて運転が危なくなったらどうしよう。そう思うと怖くて。
でも、子供ができたり、この先夫一人だけが運転できるというのはアメリカでは現実的ではないだろうな… とは思っていたので、2年前に再度挑戦してクラスをとり、今ではカリフォルニア女子のように、片手で運転しつつ130キロで平気でぶっ飛ばせるようになりました(いや、あんまりやりませんけどね!)。
つーか、やればできるじゃん。
私には無理???
交通事故以来ずいぶん時間がかかったのは・・・
周りにいた人が、「私には無理」と言ったから。
自分でも怖かったし、周りの人が私には無理だ、やめておけ、というならそうなのかな、という気になってました。夫は私が犬の糞を踏まないように、雑草があるところを歩かせないレベルなので(私の手をぐいっと引っ張って雑草からひっぺがします笑)、まぁ彼が言うのはわからないでもない。私は小動物を轢き殺せないだろうから、飛び出してきた小動物を避けようとハンドルを切って、むしろ事故で死ぬのは私の方だと思ったらしい。
でも彼以外にも、「私には無理」と言ってた人がいました。
今から考えると、なぜそんなことを言ったのかわかりませんが、結論から言うと、
運転できてるし、できるようになってマジで良かった!!!
です。自分で行きたいところに行きたい時に行ける自由もあるし、私が運転できなかったら、今の夫のコンディションでは不妊治療もできなかったし(数日おきに早朝40分運転してクリニックに日参ですからね)、夫の手術の帰りに私が運転して連れて帰ることもできなかったし、夫の代わりに私が運転して諸々対応することはできなかった。
何が言いたいかと言いますと、
自分に何ができて何ができないか、
それは自分が決めれば良いもので、
人にそれを決めさせてはいけない、
ということ。人がなんと言おうと、その人は自分の発言に責任を持ちませんからね。
人の発言なんてそんなものです。まぁ誰しも自分の人生を生きるので手一杯なのが、本当のところですからね。むしろ私を応援する人は、注意とアドバイスはくれても、「私には無理だ」とは言わないだろうと思います。そんなことを言う人は、あまり深く考えた上で言ってないか、本当には応援していないか、でしょうね。
でも、やればできてしまうこと、どうしても手に入れたければ誰よりも必死に頑張るから、奇跡的に手に入ることだってあるわけで。
自分の人生は、自分で決めよう。
もちろん思い通りにならないことは多々ありますが、それでも、少なくとも、努力して得られるものなら、人がなんと言おうと、少なくとも努力はしようじゃないか。結果として得られなくとも、何か別のものを得られるだろうし、「無理かどうか」は自分が決めたらいい。
ま、そんなことをふと思ったのでした。後遺症は良いリマインド。
私には、医者が治らないと言ったものを自力で治し、他の人が無理だと言ったことができたのだから、これからもまず自分が自分を信じてあげないと。うん、それでいこ!