私が不妊治療を始める当初から考えていたのが「後々後悔しないように、できることは全部できる間にやりきりたい」でした。

子どもは、もしいないならそれでもいい。
でも後々「あの時もっとああしてれば今頃子どもがいたかなぁ」とかの邪念は持たないようにしたい、と。
そのためには未来の自分に有無を言わせないくらいの実績が必要です。
「あの時あれだけがんばってあんだけの方法を試してできなかったんだから、できなかったってことだよ」と自分にぴしゃりと言い返せるくらい、実績を重ねようと思いました。

多分この目標が、多少気を楽にできた要因かもしれません。
私の不妊治療のゴールはある意味妊娠だけじゃなくて、実績を重ね終わったらゴールにもなり得たから、いわゆる「出口のないトンネル」ではなかったのかもしれません。

陰性だったときも、もちろんショックでしたけど、一つ実験結果を得たという思いもありました。
エジソン名言的発想で言うと「失敗ではなくて、この方法ではうまくいかないことがわかったんだから、成功だ」でしたっけ?
不妊治療は1回目失敗しても2回目成功することももちろんあるので、繰り返すことも必要ですけど、例えば人工授精を
「やったことない」と
「1回やって陰性だった、その後何もしてない」と
「4回やって全て陰性だった」
とではデータの価値が違いますよね。

やったことないならいやいやまずやってみようよと、1回陰性なだけならまだ一応のぞみはもってみようかと、4回だめなら…そろそろ他の方法を検討してみてもいいんじゃない?とか。
失敗したとしても、そのデータを1つ蓄積できたという意味で、無駄ではないわけです。
データが得られたのなら陰性でも成功なんですbyエジソン。

失敗の回数が重なることも、どこかでデータ収集に変換していました。
実際家のパソコンにそういう記録をつけていってたしPC

名言を引用しましたけど、悪く言えば、言い訳の証拠集め?でもありますタラー
だってこんだけやってあかんかってんし!
4回あかんかってんし!
このやり方あのやり方全部あかんかったし!
ていう証拠集め?実績作り?ともとれなくもないですがねー

でも悪魔の証明じゃないですけど、妊娠できることは妊娠すれば証明できますが、機能的に妊娠できそうながら実際妊娠できないことはしらみつぶしにあらゆる方法を潰していかないと(いっても?)証明できません。
未来の私は相当疑ってかかるだろうことは簡単に予想できるので、万全にデータ収集をしておきたい。
と思っていました。

と思ったら妊娠した、ていう…びっくり
いやもちろんそれが目標だったんですけど、まさか叶うと思ってなかったので、それくらい私は自分の妊娠力を信じてなかったので、今だに不思議な感覚です。

とにかく私にとって不妊治療は、成功することよりもチャレンジすること、続けることに価値をおいていたので、だから結果的にノンストップで続けれて妊娠することができたのかもとも思います。

旦那は、貯卵がなくなったらもう終了していいんじゃと思っていたみたいです。
なんだか意外に旦那のほうがスパン短いなと思った瞬間でもあります(というか私に気を遣ってそう言ってくれたんだと思います)。
私は、もちろん貯卵は使い切るつもりでしたけど、それでもまだ病院が違う手段をもっているならやろうと思っていました。

不育検査、移植方法、全部手詰まりになって同じことの繰り返しになってきたらやめようと思っていました。
それか、生理(内膜症)が耐えられなくなるまでのどちらかは。
それまでは階段を一つずつ登るように、ただ積み重ねていくだけだと思っていました。
そこまでやれば、妊娠しなくても、達成感と満足感をもって、真っ白な灰になって!?やめられるだろうと考えていました。

頭ではそう思っても、実際はもっとイライラしてましたけどね!笑い泣き