遡って振り返る「生活と世の中と思い出と」。
今回は1981年の第3弾として、この年に見たテレビ番組について綴っていきたいと思います。
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●本放送
◆ドラマ
当時小4~小5の時期だったので、本放送で見たドラマってあまりありませんが、リアルで記憶のあるもののみについて触れます。
「意地悪ばあさん」
…フジテレビ系で19:30から30分枠でレギュラー枠でやっていました。
先に長谷川町子さんの原作マンガを読んだことがあったので、4コママンガとしては認知していましたが、タイトル通りの意地悪モノで個人的にあまり良い印象はありませんでした。
しかしドラマで見ると、面白いと感じたものでした。
まず、主演の青島幸男さんの存在について、このドラマで初めて知りました。なので自分の中での青島さんは国会議員でも、都知事でも、放送作家でもない「おばあちゃん役者」なのです(笑) それこそ「ばってん荒川」さんと同じイメージです(笑)
スラップスティックの歌う主題歌も面白くて良かったです。♪ハッキリ言って…で始まる歌詞はこの時代を荒らしてると感じます。
夫婦役の河原崎長一郎さんと坪内ミキ子さん、浪人生役の三波豊和さんに、老け役の本官さんとしてイッセー尾形さんが配されたり、キャストも絶妙でした。
「いつか黄昏の街で」
…木曜日の「ザ・ベストテン」放送後のTBS22時台の「木曜座」の枠で放送されていました。小5だったので「ベストテン」を見た後に最初の一部だけ見ていた(親が見ていたのに居合わせていただけ)のですが、ジュリーこと沢田研二さんの主演ドラマで、大人の雰囲気が充満していた、そんな記憶だけが残っています。
またこのドラマの存在で「黄昏」を「たそがれ」と読めるようになりました。意味は分かっていませんでしたが、そんな言葉がある事だけは知っていました。
「おんな太閤記」
…この年のNHK大河ドラマでした。ほとんど本編は見たことがありませんでしたが、昨年亡くなった西田敏行さんが「もしもピアノが弾けたなら」のヒットで、西田さんの応援的にゲストとして佐久間良子さんが登場し、このドラマの存在を知りました。
「キッド」
…これは実際に見た事はなく、新聞のテレビ欄で知っただけのものでしたが、堺正章さんが主演のホーム刑事ドラマ的な雰囲気でした。主人公の名前が木戸一平でキッド?とか子供心に思っていましたが、そのようでした(笑)
「刑事犬カール2」
…それまで「刑事犬カール」を知っていて、本放送か再放送か、あるいは他のドラマ(大場久美子さんの「コメットさん」など)にも出ていたのでそれで知ったか?ですが、人気作のリメイクという事で見ようと思っては見れなかった事が結構ありました。そんなに毎回ワクワクするほど面白いと思っていなかった気がします。
「出逢い」
…TBS木曜20時台に放送された一連のホームドラマシリーズのひとつで「ザ・ベストテン」の放送前の時間帯にやっていて、親が見ていた部屋に居合わせて見ていました。レギュラー出演していた川﨑麻世さんの歌う主題歌「出逢い」の♪振り向けば 気がつけば そこにあなたがいた という当時18歳とは思えない大人っぽい雰囲気と歌唱もまた印象的でした。当時は「足の長いアイドル」としても有名でした。
池内淳子さんの存在については、この作品より以前と思いますが、この枠のドラマで知りました。
「なかよしケンちゃん」
…これまたTBSの夜のドラマで、この「ケンちゃんシリーズ」⇒石井ふく子ホームドラマ⇒ザ・ベストテン⇒木曜座(最初だけ見て風呂に入る)が小学生だった自分の木曜日のルーティーンでした。
ケンちゃん役として人気を博した岡浩也さんの主演最終作で、次の「チャコとケンちゃん」では弟のケンジちゃん役の方がケンちゃん(ケンイチ)に昇格しますが、主役はチャコちゃんの形となりこれをもって一連のシリーズも終了してしまいます。
ケンちゃんというと初代の宮脇康之さんのイメージが強い方が多いと思いますが、自分的には「ケンちゃん=岡浩也さん」です。
こういうドラマがなくなった事が、子供たちが伸び伸びと遊んだ「古き良き時代」の終焉を感じさせます。
「秘密のデカちゃん」
…TBS水曜20時枠で好評を博し終了した「噂の刑事トミーとマツ」の後番組で、同じ警察署で働く20歳も年の離れた男女が夫婦である事を偽り、兄妹として過ごす中で発生するドタバタを石立鉄男さんと大場久美子さんのコンビで演じられていました。いわゆる大映ドラマの刑事ものです。
本放送で見たのは終盤の一部分だけでしたが、翌1982年の夏休みに再放送でしっかり見ました。
ここからは、この年以前に始まっていたドラマについてです。
「それゆけ!レッドビッキーズ」
…前年1980年に放送開始され1982年春まで1年半以上放送が続き、この年は唯一年間を通して放送されていました。
主人公である監督の交代劇があり、斉藤とも子さんから山田由紀子さんへバトンタッチする回は朧気ながら記憶があります。
毎回キチンと見ていた訳ではなく、他の番組とチャンネルを回しながら見ていたので、あまり記憶にないですが、長いこと続いていたのは後から調べて気づきました。
「特捜最前線」
…1977年から10年間放送された刑事ドラマでしたが、22時台の放送でその存在自体も知らず、知ったのはこの年に初期の作品が再放送されてからで、その時に現在(当時)も放送中である事を知りました。
「西部警察」
…1979年からスタートし、1980年秋から見るようになりましたが、年間通して放送され、1月には福岡ロケの作品が放送されました。当時まだ「全国縦断ロケ」をやっておらず「地方ロケ」はありましたが、その第2弾として初めて前後編で製作されました。
また主演の石原裕次郎さんが倒れ長期離脱となり、西川きよしさんはじめ豪華ゲストの出た回もあれば、出演俳優の横顔を描く特番があり、ここでは殉職刑事たちの紹介もあり、ここで当時レギュラー出演していなかった舘ひろしさんの存在を知りました。
ちょうど最初の刑事役で殉職降板し、別の刑事役で戻ってくる前の事でしたが、「やかた?ひろし?そんな人がいたの??」という感じでした。まさかこの人がその年末には別の刑事役でカムバックするとは夢にも思いませんでした。
3月には、人気博していたリュウ役の加納竜さんがインターポール出向の形で降板し、峰竜太さんの演じるひょうきん刑事・平尾一兵が登場しました。
当時の峰さんは石原プロ所属で正直そんな売れてる役者ではなく、前年に「太陽にほえろ!」で人気を博した神田正輝さんの路線で、見事に花開いたように思いました。峰さん演じるイッペイはアイビールックにいつもウォークマンで音楽聴いてる今どきの若者風の刑事で、丸メガネにダジャレを連発するひょうきんキャラはそれまでの熱血漢の集まりだった大門軍団に新風を吹き込んだといえます。
「Gメン'75」
…前年くらいから見るようになりましたが、小5には刺激的すぎると親に言われて見なかった回もありました(笑)
この年の4月改編期の前に、一気に3人(さらに本庁の警視も一人)も刑事が抜けて女刑事3人を含む4人が加入し、オープニングテーマもあの有名なものからガラッと変わり、完全に別番組になったように感じました。
伊吹剛さん、宮内洋さん、中島はるみさんが抜け、本庁警視役の川津祐介さんも卒業し、代わって入ったのが范文雀さんとセーラさん、そして本庁の警部補役に江波杏子さんとなんと女性が3人も!加入となり、男性は鹿賀丈史さんのみでした。
スタート当初の70年代型Gメンからの脱却を目指していたのかな?と今にして思えば感じます。
オープニングのあの滑走路を歩くシーンと、新しいテーマ曲とが自分の中で全然リンクしませんでした。
鹿賀さんのものすごいアフロヘアも最初は衝撃でした。だんだんソフトな髪型になっていきますが。
「太陽にほえろ!」
…放送開始10年目を夏に迎えました。この年は前後編が多数つくられていた感がありました。神田正輝さん演じるドックがスキー1本で滑降するアクションを見せたのもその前後編のひとつでした。
人事的には殉職はなかったものの、主演の石原さんの病気離脱が大きな波乱でした。西部警察よりももっと主演色の濃い作品であり、ボス不在というのはまさに緊急事態でした。そのボスがいなかったから殉職がなかったともいえます。
そんな中、露口茂さん演じる山さんが指揮を執り纏め上げていく図式が成立し、そのチームワークで、指揮を執りに来た本庁管理官を撃退した回もありました。
秋にはスニーカー役の山下真司さんがわずか2年で、後輩刑事を待つ事なく「退職」の形で降板し、久々にイキのいい新人ラガー刑事として渡辺徹さんが颯爽と登場しました。当時ガリガリだった20歳の徹さんの若さ溢れるエネルギーとキレのいいアクションは、新たな風をチームに送り込みました。
疾走するラガー刑事
石原さんの病欠もありましたが、スコッチ役の沖雅也さんも春先に交通事故を起こして欠場し、復帰してもまた心身を害して欠場となり、結局10月からは年内いっぱい見る事はありませんでした。
一方石原さんは、この年最後の放送回で華麗な復活を果たし、その放送日(12/25)に合わせて「帰ってきたボス~ボスの'Xマス・プレゼント」とサブタイトルに冠されました。
◆アニメ
…水曜日のアニメとして見ていましたが、とにかく破天荒なアニメ、でした。
ペンギン村の愉快な仲間たちのぶっ飛んだ日常という感じでしたが、色々なキャラもインパクトがありました。スッパマンとか、サラダきのことか…。サラダきのこの「ハッキリ言って、イモね」のセリフに当時の「ハッキリ言って」という前置きが流行り出した事が感じられました。今でも使われる言い回しですが、自分はここで初めて聴いたのですが、最初の出どころはどこなんでしょうか??
「うる星やつら」
…「アラレちゃん」の後、そのままチャンネル変えずに見ていたのがこの番組でした。なんだあんな諸星あたるがモテるんだよと思っていましたが、大人になると分かってきました(笑)母性本能をくすぐるタイプ、放っておけないタイプというか…。
ここでのラムちゃんとあたるの関係って、この後の「THEかぼちゃワイン」へそのまま反映されてるな、と感じるのは自分だけでしょうか?
面堂の声が神谷明さんな訳ですが、それまで「ゲッターロボ」のリョウとか、ロボットアニメのカッコいいヒーローばっかりやってきたイメージがあったので、面堂の壊れていく時の声がある意味衝撃でしたが、その後のキン肉マンに繋がっていくんだなという事もまた後に理解できました。
「忍者ハットリくん」
…「ドラえもん」が日曜朝の時間枠から金曜19時へ移行となり、日曜の後番組としてこの枠で2年間放送されていました。
特段記憶に残るエピソードがある訳でなく、毎回ただぼんやり見ていただけでしたが、ドラえもんに比べて見てて落ち着く、ほのぼのした感があった気がします。
「じゃりン子チエ」
…10月に土曜夕方の枠で当初放送されていました。翌年春に金曜19時へ移行しますが、前編大阪弁のアニメって初めて見たので、関西人の我々からしたら落ち着くというか馴染みやすいものでした。
アニメ放送前から親がマンガ本を持っていたので知っていましたが、いざアニメで放送されるとなると、どんな感じだろう?と思って見たものでした。
今から考えたら、テツみたいなろくに働きもしない父親を持つ子って現実的にかなり変な目で見られると思いますが、ここでのテツは「テッちゃん」と親しまれたり、人気者ではないけど、つまはじきにもされてない不思議なキャラである事を感じます。
個人的には、当時小学校の担任の先生が、これに出てくる猫の「小鉄」がお気に入りだったのを思い出します。
映画化もされて、そこでは当時の関西著名人が声をあてる豪華なキャスティングでした。
「ドラえもん」
1979年から放送され、日曜朝の時間帯で2年間親しまれてきましたが、この年4月からゴールデンタイムへ移行し金曜19時からとなりました。
「おはようスパンク」
…アイちゃんと犬のスパンクの交流が描かれますが、スパンクの「○○だワン」は学校で結構流行ったように思います。また個人的に、つかせのりこさんといえばこのスパンクの声が最も印象的でした。早世が惜しまれますが…。
「怪物くん」
…1980年にスタートしましたが、この年のみ1年通して放送されました。
「新・ド根性ガエル」
…以前から再放送でよく見ていた「ド根性ガエル」のリメイク版です。
当時「新・刑事犬カール」が裏番組で、リメイク版がかち合っていましたが、たぶん自分はド根性ガエルの方をよく見ていて、カールをあまり見切れなかったと思います。
駆け出しのころのとんねるずが主題歌「ピョン吉ロックンロール」を歌っています。
「ダッシュ勝平」
…バスケアニメで日曜日にやっていました。
今も活躍中の田中真弓さんといえば個人的にはこの勝平役です。
エッチで、でもキメる時はキメる憎めない主人公という感じの勝平。誠一郎という喋る大型犬の印象も強くあります(笑)
また個人的に当時小学館の学習雑誌で見ていた「ガンバ六平」というマンガと激しく混同します。原作者も何も違うのですが…。
「フーセンのドラ太郎」
…土曜日夜のアニメで「男はつらいよ」の動物版?というか、寅さん映画のキャストをすべてネコとネズミにしたというある意味意欲作でした。
「名犬ジョリィ」
…NHKでやっていたアニメです。
白い大型犬のジョリィと、少年セバスチャンの冒険もので、互いの母親探しをするというものでした。
このセバスチャンの声が当時「ドラえもん」ののび太で人気を博していた小原乃梨子さんの掛け持ちという事で話題になりました。
「ヤットデタマン」
…タツノコプロのヒット作「タイムボカンシリーズ」の作品です。この次の「逆転!イッパツマン」まで続くのですが、この辺りになってくると本当に記憶がなくて、見ていたはずなのに今You Tubeなどで見返しても全然思い出せず、自分の中でタイムボカンシリーズは前作「オタスケマン」までなのかな?と感じました。
◆バラエティー
「ザ・ベストテン」
1978年に放送開始されていましたが、当時マッチこと近藤真彦さんのデビュー曲「スニーカーぶるーす」を覚えたい!という理由で、親の許可を得て2月から見させてもらいました。以後、木曜夜のルーティーンに定着し、またヒット曲とこれを歌う歌手もリンクするようになりました。
「ザ・トップテン」
こちらはこの年4月に放送開始となりましたが、日テレの前番組「紅白歌のトップテン」の後番組として、それまでのスタイルに他局(TBS)である「ザ・ベストテン」の要素をミックスさせたものでした。
結果的に「ベストテン」と同じ形式になりましたが、大きな違いは「トップテン」は渋谷公会堂などからの公開生放送という点で、観客を入れて生放送をしていたという点でした。なので修学旅行生が観客として毎週のように紹介されていました。
前番組を全く見た事がなかったので知りませんでしたが、司会の堺正章さんと榊原郁恵さんは前番組からの続投だったそうで、トントンとあだ名された郁恵さんがブタのぬぃぐみるを持って司会をしていたのが印象的でした。
「欽ドン!良い子悪い子普通の子」
「ザ・トップテン」を20時から、そしてこの「欽ドン!…」を21時から見るのが当時、この年からの月曜夜のルーティーンでした。
フツオ、ヨシオ、ワルオの3人が人気を得て「イモ欽トリオ」として「ハイスクール・ララバイ」でデビューしヒットするなど、一躍時の人(たち)となりました。
以後1985年春に終了するまで、月曜はずっと欽ドンを見ていました。